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日帰り異世界は夢の向こう 〜聖女の守り手〜  作者: 扶桑かつみ
第2部

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161「入れ替わり(1)」

 その日の現実世界での目覚めは、少しだけ現実と『夢』が逆転したような感覚に襲われた。


 何しろ向こうではふかふかベッドのある高級宿に泊まり、こっちではテントの寝袋だ。

 向こうでの野営は毛布をかぶるだけなので違いはあるが、夏用の薄い寝袋なので感覚的にはあまり違いがなかった。


 そしてまるで向こうで起きるように、日の出前くらいに目覚めた。

 同じテント内には1年生ばかり4人の男子生徒が寝ていたが、オレ以外の3人はまだ寝ていたので、なるべく静かにテントの外へと出る。


 特に目的はないが、まだ明け切らない早朝に起きて散策するのは、向こうでも時折あったことので、そういう意味では馴染み深い感じすらする。


「こっちでテントとか、なんかあっちとこっちが逆転したみたいだな」


「ショウもなのっ!」


 あっちで聞き慣れた叫び声の先にレナがいた。

 しかし雰囲気はボクっ娘のものだ。

 メガネをかけているなどの外見以外、ちょっとした仕草や表情もボクっ娘のもの以外あり得なかった。


 走り寄ってくる玲奈の姿のボクっ娘は、目の前まで来ると大きく目を見開いたままオレを少し見上げる。

 身長がこっちでもあっちでも同じ150センチくらいなので、自然と見上げる格好になるところだけは変化無かった。


「えっと、ついにこっちの人格まで向こうのレナになったのか?」


「分かんない。目覚めたらテントの中で、叫びそうになったよ」


「向こうで眠った記憶はあるわけだな」


「うん。それでいつもなら、ボクは夢の中のように把握できる程度でしか、こっちのことは意識できないんだけど。今はフルコントロール状態だよ」


 元気なボクっ娘のものの話し方だけど、今はそれに少し混乱した心の状態が反映されている。

 そうしていると、少し玲奈と雰囲気が重なるようだ。


「もう一つの人格というか、本来のレナは完全にお前らの中に、何て言うか眠っているのか?」


「それがね、何となく意識というか認識はできてるんだ。だからもしかしたら、いつものボクの状態で逆転しているのかもって気はする」


「それってつまり、向こうで目覚めるのがこっちのレナかもしれないのか」


「そう、かもしれない……どうしようショウ」


 言葉を重ねる度に、初対面の時のようにオロオロしていく。

 そうしていると、こっちの玲奈の雰囲気に少し近くなる気がする。

 ボクっ娘は、戦闘以外だと案外精神的に打たれ弱く、その辺は玲奈と同じなのだろう。


 そのレナは、オレに救いの目を向けているのだけど、何かが出来るとは思えない。

 それでも言葉をかけてやるべきだという事くらいは分かる。


「とにかく、こっちでは天沢玲奈を演じろ。それとシズさんには、メールかメッセージで取りあえず現状報告。シズさんが向こうで起きたら、とにかく向こうのレナが起き抜けに驚いて勝手に行動させないようにしてもらう」


「そうだね。今同じ部屋で寝てるもんね」


「うん。オレも起きたらすぐそっちの部屋に行く」


「それでシズさんへの連絡だけど、ここに早めに来てもらう?」


 質問に対して少し考えるが、こっちとあっちの関係性を考えるとできる事は殆どない筈だ。

 そしてそれがすぐに頭に思い浮かばないほど、ボクっ娘はテンパっているというこ事だ。


「来てもらっても、何かが出来る訳じゃないだろ。実際、オレもこうして可能性を話すくらいしか出来ないし」


 この言葉で、ボクっ娘も少し冷静になれたようだ。


「それじゃ、ボクがこっちで徹夜で起き続けるってのは?」


 冷静になったと思ったが、間違いだった。まだおかしい。


「それで一日は向こうでレナは、どっちの人格にせよ起きずに済むけど、それって問題を1日先送りするだけだろ」


「だ、だよね。どうしよう」


「出来る限り、こっちで一緒でいられる間に解決策を探そう」


「ボクも早い方がいい。家族相手に怪しまれない自信ないよ」


 やっぱり、心理面での打たれ弱さは、玲奈もボクっ娘も変わりないというのが良く分かる雰囲気と表情だ。

 今日一日この調子でいけば、部員に怪しまれることも少ないだろう。


「取りあえず、ボクって主語は厳禁な」


「う、うん。私、天沢玲奈です」


「うわっ、めっちゃ嘘臭い」


「ひ、酷いよ。どっちもボク、じゃなくて私なのにー」


 そこでテントがごそごそとする気配があったので、少し離れることにした。

 取りあえずトイレの方に向かっておけば、戻ってきても怪しまれないだろう。


「で、何か心当たりとかないのか?」


「ちょっと、もう一人の天沢さんが不安定かもって気はしてた」


「やっぱ、オレが何度かこっちのレナにネタ振ったからかな?」


 オレが一番気になるところだ。しかしボクっ娘は、ゆっくりと首を横に振る。


「その可能性はあるかもだけど、同じ事は前にシズさんにしてもらったけど効果無しだったんだよ。結果はともかく、こんなに効果覿面こうかてきめんとかあり得ないよ」


「そもそも、解離性障害、二重人格な時点で、何が起きるか分からないんじゃないのか?」


「かもしれないけど……」


「何か別の切っ掛け、トリガーがあったとか?」


 そこでフト思いついた事を口にしてみた。


「なあ、今日の起き抜けのレナの言葉の意味って?」


「そりゃショウもボクと同じ状態かと、ってそんなワケないよね」


「入れ替わる以前の問題だからな」


「じゃあ、ショウこそあの言葉の意味は?」


「単に、あっちじゃフカフカのベッドで寝て、こっちはテントだから、生活が逆転したみたいだなって思っただけだ」


 オレの言葉に一瞬納得したようだけど、そこから「アッ」という何か気づいた表情になる。


「なるほど。じゃあ、それがトリガーだったのかな」


「えっ、そんな事が?」


「ボクはもともと、天沢玲奈が怖いけど向こうに行くために現れたんだろうけど、ショウのアプローチで揺らいでいるところに、一見環境が逆転している状況が起きたから、ボクらの中身が勘違いして入れ替わったとか、ないかな?」


 首をかしげる姿は、玲奈の姿でボクっ娘ぽいのでギャップ萌えでかわいい。

 けど今は、それを堪能している時ではない。


「ないかな? とオレに聞かれてもなあ。まあ今の事も含めて、シズさんに相談だな。それと向こうで起きたら、みんなで相談だ」


「頼むねー」


「出来る限りの事はしてみるよ。ただ、その結果、二重人格としてのお前、『ダブル』のレナが消えても恨まないでくれ」


「うん。それは前にも話してるでしょ。いつ消えてもいい覚悟は前々からできてる。だからボクは、毎日全力で過ごしてきてるからね」


 彼女のどこか刹那的とも言える全速力な行動原理を改めて言われたが、オレとしては力強く頷くしかなかった。

 そしてその後、少し表情を軽くするよう心がける。


「まあ、取りあえず今日は、何か思いついたらその時教えてくれ。それ以外は天沢玲奈を演じるしかないな」


「らじゃ……じゃなくて、う、うん、分かった」


「けっこう様になってきたな」


「でしょ」


「いや、そこで戻るなよ」



 その後みんな起き出して、今日のスケジュールをこなしていった。といっても、キャンプや野外活動で遊ぶだけで、文芸部的な活動はほぼゼロだ。

 一応、森の木漏れ日の中での読書タイムや批評会的な事はしたけど、贅沢な環境で本を読んでいるだけで、普段していることと変わりなかった。


 近くの川で川遊びもしたが、小さなお子さまでもオーケーな浅すぎる小川なので水着で遊ぶほどでもない。

 それに水着を持ってきているわけでもないので、嬉し恥ずかしなイベントからはほど遠かった。


 それ以前に、文芸部員はほぼ陰キャの集まりなので、水着で遊ぶとか陽キャな遊びが行われる筈もなかった。

 そうした中で、無駄に動きの良い中身がボクっ娘のレナは、周りから少し意外がられていた。


 なおオレ自身は、自分でも気付かないくらいに野外での活動に慣れているのが実感できたが、経験に体の方が今ひとつ追いついていないのを痛感した事の方が収穫だった。

 これからちょっと鍛え直そうと思うほどに。


 そんな事よりも、キャンプの醍醐味を楽しもうという鈴木副部長の方針で、三食のうち最低1食は自分たちで作る予定なので、食事を作るのと食べるのが一番のイベントだった。

 バーベキューなら楽だけど、カレーとか比較的簡単な料理でも、高校生だとそれなりにハードルのある料理だ。


 そしてその日の夜は、昨日が怪談話だったので肝試しとなったが、こちらも特に何も無かった。

 中身がボクっ娘のレナが、周りの予想に反してケロッとしているのを少し訝しがられていたくらいだ。

 もっとも、後で聞いたことだけど、玲奈も肝試しやホラーは平気らしい。


 そうして無難に一日が終わったのだけど、中身がボクっ娘となった天沢玲奈は、怪しまれる事無く違う人格を演じていた。

 本来の彼女に戻るのは、オレだけに話をしてくる時くらいだった。


 もっとも、重要な事に気が付いたりすることもなく、話してくる内容も「せっかくの文明世界なのに、なんで何もないキャンプ場なんだろ」と言った愚痴や、彼女が体験できない僅かな文明の文物に対する感想ばかりだった。


 ただ、そう言う事を話しているときのボクっ娘は、確かに向こうの住人だった。こっちの事は、知識として知っているに過ぎないとしか思えなかった。


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