509 「見舞い(2)」
そうして到着したのは、凄く大きな病院だ。
高層建築のビルが何棟も並んでいて、病院の一階には飲食店などのテナントが何店も入っていた。
けど、待合場所を指定されてから地図で場所や経路の確認もしていたので驚きはない。
むしろ長年意識不明なら、大病院の奥で眠り姫な方が相応しいだろうと思った。
それにハルカさんの家は、海外で活躍しているとはいえ著名なお医者さんだ。この病院の要職に知り合いの一人や二人いても良さそうなものだろう。
「あっ!」
そんな事を思いながら、ハルカさんのお母さんとオレ達の保護者格でもあるシズさんが見舞いの手続きをしている間、待合で待っていると予期せぬ顔見知と鉢合わせした。
そしてオレ達が何かを言う前に、向こうが口に人差し指を当てる。
「確かショウ君だったな。どうした、怪我か病気か?」
「み、見舞いです。えーっと、タカシさんは?」
そう、聖魔タカシ。向こうで最も有名な『ダブル』の一人だ。
「ここの知り合いに会いに。だが、こんな偶然があるんだな。向こうでなら『神々のお導き』とでも嘯くところだ」
『神々のお導き』だけを向こうの言葉で言って軽くおどける。
お医者さんな感じの、向こうでは聖人で性人なタカシさんだけど、こちらでもいかにも気さくなお医者さんだ。
それに白衣じゃなく高そうなスーツ姿なので、言葉通りこの病院の医者ではないのだろう。
それにこの病院の医者なら、ハルカさんの事を知っていただろう。
「それで、何しに?」
「ハルカさんのお見舞いです」
「やっぱりそうか」
オレの爆弾発言に、タカシさんが納得げに何度か頷く。
これにはこっちが少し驚かされる。同時に、凄くラッキーなんじゃないかとも感じた。
けど不躾すぎるので何も言えないでいると、タカシさんの方から再び口を開いた。
「それにしても凄すぎる偶然だな。それで、単なる見舞いじゃないんだな。確か今日だろ?」
「ご存知なんですね」
「ネットでもノヴァでも、その話で持ちきりだ。色々尾ひれは付いているがな」
そう言って軽くウインクする。
それに小さく苦笑で返した後、言葉を続けようとしたが、小さく遮られる。
「分かってる、シズ君も来ているんだろ。そちらは妹さんだね。初めまして。もう一人のお嬢さんも。
僕はタカシ。『ダブル』ならこれで分かるかな?
で、ここで会ったのも、まさに何かの縁というやつだ。多少嘘をつくが、見舞いに同行させてもらって構わないか?」
突然の申し出に、左右の二人を見る。
玲奈は困惑げだけど、トモエさんは面白がっている。
「オレの一存では何とも。あと一応オレ達、ハルカさんの事故前のゲーム仲間って事になってます」
「じゃあ僕もそのゲーム仲間で良いかな? 単なる知り合いでも良いけど」
「タカシさんが構わないのでしたら。それで、何とお呼びすれば?」
「ん? タカシで良いよ。本当の名前だから。おっ、マジでシズ君だ。やっぱり美人だなあ」
その時、一瞬タカシさんの顔が緩むのをオレは見逃さなかった。
確かに今の顔は性魔だ。
けど、シズさんとハルカさんのお母さんが来てからの話術は、オレなんか足元にも及ばない巧みさだった。そしてあっという間に、凄く自然に見舞いの一行に加わっていた。
しかも、すぐにも電話で連絡を取って、病院内で色々と便宜も計ってくれていた。
主治医らしい人が途中で合流すると、タカシさんと小声で言葉を交わしている。
そして病院内のかなり奥の静まった部屋。
区画からして値が張りそうな部屋の前。
「どうぞ。最初は私も同行しますが、すぐに席を外しますね。5分ほどですが、話しかけてあげて下さい。遥も喜びます」
そうして静かに部屋の中へと入ると、中は個室で窓際の中央奥にベッドがあり、周りにはたくさんの機械などが置かれている。
そして何本かの管が機械からベッドへと伸びて、純白の布団の中へと潜り込んでいく。
そしてその布団と大きめの枕の間に彼女の穏やかな顔があった。
「遥、お友達が来てくださったわよ」
月並みだけど優しいお母さんの声だ。
そして優しげな表情でオレ達を見る。
「普通に寝ているようにしか見えないでしょう」
「本当ですね」
素直に言葉が出たが、予想と少し違っていた。
痩せこけて土気色の肌と、『夢』の向こうの彼女は言った。けど、少し痩せている程度で顔色は良いとは言い切れないが普通だ。
そう、あまりにも普通だった。
オレ以外のみんなも、少し驚いたり意外そうな表情を浮かべている。ノーマルな表情のままなのは、飛び入り参加のタカシさんだけだ。
そしてオレ達の顔を見て、ハルカさんのお母さんが口を開く。
「私どもも驚いています。もちろん、十分な措置はとっていますが、普通では考えられないくらい体調は良好なんです」
「だろうな。僕も何人か長期の意識不明患者は見たが、ここまで良好なのはないな」
「今にも目を覚ましそうですね」
医者の言葉より、玲奈の言葉の方がオレの心にはストンと落ちた。
玲奈の二重人格の影響でこちらに魔力が漏れていたように、向こうの『世界』からすれば異常な状態のハルカさんにも、こちらに魔力が漏れて体の維持に役立っていたんじゃないか、などと思えてくる。
そうして少しの間みんなが感慨にふけっていたけど、ハルカさんのお母さんが「じゃあ、しばらくお友達同士で過ごして下さいね」と、主治医と一緒に部屋を後にする。
タカシさんも、社交辞令的に「オッさんですが友達なので構いませんよね」と冗談交じりに断り、さらに医者同士で一言何かを言っていた。
そして部屋を出て数秒してから、タカシさんが小さく手を叩く。
まるでこれから手術を始めます、といった雰囲気だ。
「さて、早速かかろうか。正確な症状は分かっているのか?」
「まだです。これが初めてのお見舞いですし、玲奈の体内にプールされてる魔力はこの時まで使うのを控えてました」
「でも、この数日調べたり感じたりする限りは、調べる魔法と癒す魔法の両方を使っても大丈夫と思います」
そう答える玲奈は、ここ数日、ボクっ娘の指導で感じられるように、それでいて絶対に魔力を使わないように鍛錬を積んでいた。
そのおかげで、こうしてある程度は答えられるようになったのだ。
「少し不確定だが、こっちの世界じゃ魔力も感じられないんだから当然か。君を信じよう」
「あ、あの天沢玲奈です」
「レナ? 確か大鷲の使い手に居なかったか?」
「そ、それが私です。厳密には少し違うんですけど」
「ん? ま、今はいいか。兎に角、状況は整っているんだな。その点は信じよう。で、誰が治癒魔法を? 僕は補助で良いのか?」
医者らしく、必要な事を矢継ぎ早に聞いてくる。
実際の医療と治癒魔法の両方に凄く慣れた人がいるのは、凄く心強い。
シズさんも、医者としてのタカシさんを前にすると、一人の女の子に見えるから不思議だ。
そのシズさんが口を開いた。
「魔法は私がする予定でした。最近覚えたばかりですが、練習は何度かしています。それと構築時の補助を妹のトモエがします。
玲奈はとある事情で魔力があっちから体に漏れて、体内にプールされているのでバッテリー役です。
あと、ショウが神々の塔の『世界』と名乗る管理者か支配者が、ここに補助を行う為の窓口になります」
タカシさんは黙って聞いて、少し考えてから口を開いた。
「つまり、治癒魔法自体はシズ君が構築しなくても構わないのか?」
「そうです。誰でも構いません。今日、偶然タカシさんに会えるとは、考えもしてませんでした」
「頼むオプションはあったんだけどね」
トモエさんの悪戯っぽい声に、タカシさんが片眉を上げる。
「今の旅に同行してる人に、タカシさんとアポが取れる人が居るんですよ。ルリさんで分かりますか?」
「ああ、ルリ君か。近所で店をしてるから、週一くらいで飲みに行ってるよ。彼女の料理は美味いだろ。確かに、IDとか電話番号も互いに知ってたな。すぐに連絡くれればよかったのに」
「こっちで、小娘がホイホイと連絡するわけにはいかないでしょう」
流石のシズさんも苦笑気味に返すけど、タカシさんは表情から否定してる。
「確かに僕も暇じゃないけど、一報くらいくれても良いだろ。知らない仲じゃないし、ハルカ君には色々骨を折ってもらった事もある」
「そう、ですね。それじゃあ、魔法構築の主導をお願いできますか?」
「勿論だ。任せてくれ。魔法が使えるなら、このくらいわけない。だが、念のため補佐はよろしく。で、魔法は普通に構築していって構わないのか?」
「『世界』からはそう聞いてます」
やる気満々なタカシさんに気押されるように返すと、「うん」と意外に淡々とした返答があり、すぐにも魔法陣が浮かび上がる。
小さな魔法陣が3つタカシさんの前に浮かび、タカシさんが手をハルカさんにかざす。
一方、魔法の構築が始まると、体感的にオレの体の奥底から何かが通るような感覚があった。
そしてその感覚がタカシさんと玲奈に伸びていって、少し遅れて玲奈の体からタカシさんに魔力が流れて行くのが、ごくわずかに感じられた。
向こうでの魔力の活性化のように見えたりはしない。
タカシさんが作った魔法陣も、向こうで見るよりおぼろげで光もかなり弱い。
「症状は分かった。しかし癒すとなると、不確定要素もある。だから完璧を期すため、第四列の『完全治癒』を使う」
タカシさんが一度全員を見回してそう言い切った。





