499 「報告と準備(1)」
幸せな寝床から意識が覚醒すると、枕元のスマホを手に取る。
まだ朝の5時頃。メッセージはないし、『アナザー』サイトへの書き込みもない。
検索サイト、SNS上の検索で調べても、昨日の出来事の情報がアップされた様子はまだない。
それを確認した上で、日課の『夢』の記録を始める。流石に記録する事が多いけど、今日は『アナザー』講演会の日なので、ノートにもメモをまとめないといけない。
そのせいで、今日は最近の日課だったランニングや軽い筋トレも無理そうだ。
しかも書き終えた頃に、扉に気配を感じた。
「用があるなら入ってこいよ」
言葉をかけると遠慮がちに扉が開き、悠里が入ってきた。まだ寝間着姿だけど、夏のように露出度が高くダブダブではない。
まあ、普通の寝間着なんだけど、こうあって欲しいと思える。
ただオレのベッドに座り込むのは変わっていない。
「昨日の事書いてたのか?」
「うん。ちゃんと記録しとけば、後からでも思い出しやすいしな」
「そんな事だけマメなんだな」
「最近は勉強とか色々マメにしてるつもりだぞ」
「そんな事聞いてないっての」
相変わらず理不尽。
まあ、いつもの事だ。
「それで、何の用だ? 話し合いなら向こうでする方が良いだろ?」
ちゃんと聞いたのに、睨みつけるように見返してくる。
そして10秒ほどしてから、ようやく口を開いた。
「……ハルカさんがこっちで目が覚めたらどうするのか、ちゃんと聞いとこうと思って」
(なるほど。後で考えるとか、前に言ったよな)
そう思いつつ、ぼんやりと思っていた事、考えていた事をまとめようと少し考える。
「……黙るなよ。目覚めたら考えるとか、考えなしとか言うなよ」
「分かってるって。ただ、レナも簡単に入れ替われるようにするとか言ってるから、ちょっと考えてただけだって」
「レナのせいにすんな」
かなり怒っているけど、確かに先に話す事じゃなかったかもしれない。
「しないって。とにかくハルカさんとは、目覚めたら一度ちゃんと会う。それはハルカさんとの最初の約束だからな」
「それはいい。それで、関係とか、そういうのは?」
「こっちでは天沢玲奈と、向こうではハルカさんとお付き合い続けるよ。二人がオレに愛想尽かさない限りな」
「向こうのレナは?」
「後妻とか妾で良いとか、一番争いは二人に譲るとか言ってるけど、レナの事は向こうで3人で相談。レナ同士の相談は、他が入って話せそうにないから、答えを聞いてからになるだろうけど」
「うん。じゃあ、シズさんとトモエさんは?」
妹様は、ある程度納得げな表情の後、また爆弾を投げつけてきた。
「えっ?」
「えっ? じゃねーよ」
「けどさ、シズさんはタクミを向こうに呼ぶ気だから、オレの出る幕じゃないだろ?」
「シズさん、タクミさんには義理を果たすだけだと思う。トモエさんは?」
「あの人は、正直まだよく分からない。大胆すぎて本気でも冗談に思えるし、逆に冗談が本気に思えたりするから」
オレの言葉が通じたらしく、悠里は腕組みまでして考え込む。
そして数秒後に、そのままの姿勢で目を開く。
「確かにトモエさん、お前にちょっと興味があるって程度な気はする。けど、他に相手がいなかったら、トモエさんお前に告ってるよ。それくらい距離は近い」
断言だ。
中学生のくせに、どこでそんな心の機微が読めるようになってくるんだろう。
末恐ろしい気もするけど、これが陽キャと言うやつなんだろう。
「シズさんもそうだと?」
「うん。シズさんはタクミさんより、お前に恩義とかそういうの感じてるだろ。一緒に居る時間も全然違うし距離も近いと思う。
それにタクミさん良い人だけど、ああいうタイプって自分から良い人で終わってくタイプじゃね?」
中坊の陽キャに分析されてしまうタクミも可哀想だけど、確かにちょっと分かる。
向こうに少しの間行った時もそうだった。
「それじゃあ、お前がタクミを貰ってやれよ」
「ハァ?! 何言ってんだ、このクソっ!」
「シーッ、まだ早朝だ」
「アッ」と口を塞ぐけど、もう起きてる両親に聞かれただろう。
まあ、今までも似たような事があったし、今更かもしれない。
思わずため息が漏れる。
「なんで朝から、お前とこんな話してんだよ。それに今は、ハルカさんだろ」
「今だから、わざわざ聞きにきたんだろ! まあ、私は素敵なお姉ちゃんが一杯増えるから万々歳だけどなっ!」
そう言って立ち上がり、ドダドタと部屋を出て行った。
朝から慌ただしかったけど、とにかく玲奈を誘って学校へと向かう。
もう大沢先輩の事は問題なさそうだけど、少しでも長く玲奈と居られる状況を覆す気にはならない。
それに今日は、色々と話すことがあったので都合も良かった。
「そっか。私も入れ替わりで良いと思う。それよりも、もう一人の私と会えるなんて思わなかった」
「まだ決定してないし、どういう形かも分からないから、諸々分かったらまた教えるな」
「うん。お願いね」
玲奈は満足そうだ。
ただオレとしては、もう一つ聞くべきだろう。
「あのさ、向こうのレナと全くの別人になって、向こうで出現できる選択は保留みたいだけど、そっちはまだで良いのか?」
オレの言葉に、玲奈がほんの少し考える仕草を見せる。そしてオレに強い視線を向けてくる。
「正直ちょっと魅力的だけど、もう一人の私がたまにこっちに来たいって言ってるんでしょ。それは尊重したい。
もし、完全に別々になっても、もう一人の私がこっちに来られるのなら、話は別だけどね」
そう最後に悪戯っぽく締める。
その仕草や表情は、春の頃からは想像もできない。そして同時に、もう一人の私、向こうのレナとも大きく違っている。
「その辺も、『世界』に聞いてみるよ。それでこっちの天沢さんは、調子どう?」
「調子って?」
「新しい、お仕事?」
電車内なので誰かに聞かれるのも問題あるかと思い、何と言うべきか悩んだ末の言葉にも、玲奈はすぐに理解を示してくれた。
「まだ始めたばかりだよ。でも、シズさんが言ってるように良い事務所だから、見学とかレッスンとか勉強させて貰っているところ。それに、ものになるかも分からないよ」
「玲奈ならいけると思うよ。根拠ないけどな」
「なにそれ」
そう言って楽しそうに笑う。
偽りなく楽しそうに笑っているなら、本当に何も問題ないのだろう。
そんな満足感のまま学校の下駄箱まで来たら、タクミが待ち構えてた。
とりあえずスマホを確かめるが、メッセージなどは入ってない。
不意打ちという事だ。
「どうした?」
「どうした、じゃないだろ。何平然としてるんだ。ネットとか見てないのか?」
「神々の塔での話か? 早朝に確認したけど何もなかったぞ」
「もう出始めてる。しかも複数。どっちも神々の塔に行って、中に入ったヤツから聞いたって事だ」
タクミは最近では珍しいほどの興奮度合いだ。
オレはそれほど凄い事態だとは思ってないけど、色々有りすぎてオレの感覚が麻痺してるのかもしれない。
「中に入ったヤツから聞いた程度なら大丈夫だよ。大した事を話した人はいないから」
「いやいや、十分大した事だろ。世界の謎とかを明日話す的な事言ってたし。で、ショウはもう知ってるのか?!」
「いいや、知らない。興味ないし。中で聞いたのは別の人。3人とも有名人だし分別もある人だから、話せる事しか話さないと思うぞ」
「興味ないって……」
「詳しい話は放課後な、じゃあ後で」
「せめて昼に聞かせてくれ」
「先行発表はなし。けどまあ、相談もあるしタクミにだけの話があるから、昼に会うか?」
「ボクに? 分かった。じゃあ昼に」
そして昼、適当な時間に自分の教室で恐らく待っていたタクミを誘い、そしてあまり人気のない場所へと向かう。
玲奈はグループから昼抜け出すのが難しいので、オレとタクミだけだ。
そしてシズさんが、タクミを復活させようとしている事を告げた。
けれどもタクミは平静だった。
「その話か。シズさんからメッセージもらった。で、時間指定してくれたら電話するとも書いてたから、朝のうちに電話もしてある」
「あ、そうなんだ。まあ、シズさん自身からそりゃ言うよな。悪い。それで、どうするんだ? オレとしては来て欲しいんだけど」
「良いのか? シズさん取っちゃうぞ」
「シズさんは誰のもんでもないよ。それにオレは、シズさんには悪いけどそれどころじゃないし」
「だろうな」
「聞いたのか?」
「ちょっとだけ。ハルカさんが実は、長期間の寝たきり状態で、それを助ける方法を探してたってくらいだけど」
「それで大体全部だよ。で、タクミにも協力して欲しいんだ」
「何を?」
少し驚いた、意外と言いたげな表情だ。
「そこまではシズさん話してないんだな。えっとな、ハルカさんを助けるために、向こうの魔法をこっちで発動させる必要がある。けどそれには、1000人の日本人『ダブル』が2時間向こうで睡眠時間が長くなるんだ。その事を伝えるから、ネット上で拡散したいんだ」
「なるほどね」
そう言って少しうつむき考え込む。
そしてすぐに顔を上げた。
「それはいつするんだ?」
「今週の土日のどちらかの予定」
「まだ決定じゃないのか?」
「こっちで寝たきりのハルカさんを見舞いの形で会いに行かないといけないんだけど、まだ連絡を取ってないんだ」
「早くしないと」
「メールでも、学生が朝や昼間に送って変に思われたくない。だから今晩送る予定」
「なるほど、まあ無難なところか。……土日ねえ」
そう言うと、今度は腕組みに入る。
タクミが腕組みまでするのは珍しい。
「放課後までに考えておいてくれ。放課後の講演会の後でみんなにも話して協力を呼びかけるから」
「うん。協力は是非させてもらうよ。まあ、方法とかはちょっと考えとく」
「頼むぜ、マイフレンド」
爽やかな返答に思わず言葉が出てしまったが、怪訝な顔をされる。
「なんだ? 気持ち悪いぞ」
「あ、そう? 最近向こうで『我が友』ってある人からよく言われてるんだ」
「あみーくす? 日本語で話せ」
そう言って軽くデコピンされる。
「イテッ。えーっと、私の友達、かな? もうちょっと時代がかった感じで」
「なるほどね。それにしても、無意識に向こうの単語が出てくる事が増えてるぞ。気をつける必要もないだろうけど、意識するようにした方が良いんじゃないか?」
「忠告痛み入ります。どうも、向こうでしか聞いた事ない単語や言葉を、そのまま頭が勝手に覚えてるみたいな感じだ」
「そういう話を聞くと、やっぱりちょっと行きたくなるな」
「来れば良いだろ。待ってる」
「気楽に言うなよ。今度は僕がシズさんに恩を受けるようなもんじゃないか」
「いやいや、恩返しだろ。あの場でシズさん助けられたの、タクミしかいないんだし」
「ショウの話を聞いてると、なかなかそうは思えないよ」
「じゃあ、今日も驚かせてやるよ」
「期待してる」
そう言って笑みを浮かべ、自然とグータッチをする。
この習慣はタクミが向こうに行った時から始めたが、その後も自然と続いていた。





