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日帰り異世界は夢の向こう 〜聖女の守り手〜  作者: 扶桑かつみ
第五部 『帝国』編

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444 「眠り姫の母(1)」

 『夢』で神殿の総本山のある総大神殿イースへと到着した次の朝、オレはかなり緊張していた。

 ハルカさんのお母さん、山科薫さんと会う約束をしてるからだ。


 場所はトモエさんの通う高校から比較的近くの喫茶店。

 加えて返事には、交通費など全額負担するのでご足労お願いしますと書かれていた。

 こっちの素性を知らせたから、学生だから気を遣わせたのだろう。


 向かうのは、オレ、玲奈、そしてトモエさんだ。

 玲奈は辞退しようとしたけど、女性が多い方が少しは向こうも構えなくて良いだろうと、少し強引に連れて来た。

 一方シズさんは、仕事でどうしても都合がつかなかった。


 現地に着くと、周辺は一部に古い街並みが残る住宅地で、常磐家や天沢家の辺りと少し似ているらしい。

 ただし、かなりの高級住宅地なのだそうだ。


 そして送られた地図を頼りに、さらには比較的近辺の地理に明るいトモエさんの先導で目的地へと赴く。

 そこは落ちつた少し古い洋館風の建物。

 店の周りに樹木も多く植えられていて、建物にも蔦が絡んでいたりする。


 入口の前の小さなメニュースタンドには、まだモーニングサービスの内容が貼り付けられている。けど10時ともなると、休日とはいえ店内に人影は少なそうだ。

 ただ外からでは中の様子はあまり分からないので、トモエさんを先頭に店へと入る。


 迎えた店員に軽く事情を説明すると、既に奥まったテーブル席に相手は到着していた。

 そして示されなくても、目的の人物だと分かる女性が座っている。


「初めまして。ご連絡させていただいた、月待翔太です」


「山科遥さんの後輩の常磐巴です」


「あ、あの、連名させてもらっていた天沢玲奈と申します」


 こちらの立ったままの自己紹介を黙って聞いていた女性は、聞き終えると静かに口を開いた。


「山科遥の母、薫です。本日は私どもの為にお時間を割いていただき、ありがとうございます。さあ、まずは腰を掛けてください」


 そう言いながら丁寧な手の仕草で席を示す。

 そしてこちらが椅子に腰掛けると、「好きなものを頼んでくださいね」と、柔らかい表情を浮かべつつメニューを差し出す。


 そして気がついたけど、良く考えたらこっちが3人なので、1対3で相対せる席を取ってあった。

 何事も行き届いている人だ。

 マナーコンサルティングの会社を共同経営していると、やはり隅々にまで気が回るのだろう。


「少し不思議ですね。こうして、全然予想もしなかった娘のお友達とお話しするなんて」


 一通り注文を終えたオレ達を見て、表情とともに口調も少し崩した。


「あ、あの、今日は不躾な連絡に応えて頂いて、本当にありがとうございました」


「とんでもありません。こちらこそ、良く連絡を下さいました。今日は私の知らない遥の事を教えて下さいね」


 そう言って少し寂しげに微笑む。

 見た感じしっかりしているし、普通にお母さんな感じの表情に思える。

 予想より若いイメージで、ハルカさんが歳を重ねたらこんな感じになるのか、と思わせる風貌と雰囲気だ。


(それでも、ハルカさんの方が美人度は上かな)


 少し余裕が出たので、そんな事も思えた。

 けど気を緩めてる場合じゃない。


「あの、先だってご連絡した通り」


 そう切り出したところで、手を小さく出され言葉を止められてしまう。


「ごめんなさいね。どんな人か直に会ってから、お話ししようと思っていた事があるんです。だから、先によろしいでしょうか」


「は、はい」


 何と答えて良いのか分からないので言葉短く答え、さらに目線を左右にやる。

 左右に座った二人も、何だろうと疑問系な眼差しだ。


「まず最初に誤解を解かせていただきますが、娘は、遥は亡くなってはいません」


「本当ですかっ!」


「し、ショウ君」


 玲奈がとっさにオレの手を持つ。

 それですぐに失態に気付けれた。

 周りは見てないが、一瞬店中から注目の的だろう。


「ご、ごめんなさい」


「いいえ、こちらこそ、メールで先にお知らせするべきだったかもしれません。ですが、先ほど申し上げた通り」


「はい。胡散臭いですよね」


 その言葉にハルカさんのお母さんが小さく苦笑する。


「だったかもしれません。ですが、きちんとお話しさせて頂きますね」


「お願いします」


 オレの返事に小さく頷く。


「亡くなってはいないと言いましたが、現状では死んだも同然なのは確かなんです。下さったメールで予測されていた通り、意識不明の期間が長いので高校は自主退学させました。留年はプライドの高い娘も嫌でしょうし、いつ目覚めるとも分かりませんから」


 そう言って苦笑する顔は、確かに娘を心配する母の顔って感じだった。

 そこにトモエさんが切り込む。


「それでご容態は?」


「今現在も意識不明です。ですが、主治医の説明では、植物人間というほど酷くはなく、脳死もしていません」


 キッパリと言い切って、こちらを真っ直ぐ見つめる。

 オレとしては大きな収穫を伝える朗報だ。

 これで少なくとも、戸籍などファンタジーとは無縁の奇蹟については考えなくて済む。

 そしてオレ達の顔を見て、また少し微笑んだ。


「皆さん、本当に娘の事を心配して下さっていたんですね。

 事が事ですから、娘の学友にも話せませんでしたし、そもそも私は娘がどういう事をしているのかすら殆ど知らなかったのです。だからこうして、わざわざお話を聞いて下さり、足を運んで下さった事は非常に嬉しく思っています」


「オレ達も突然音信不通になって、連絡も取れずじまいで何もできませんでした。

 偶然、こちらの常磐さん姉妹を通じて噂を聞いて、無礼を承知で連絡してしまっただけなので」


「そういう行動力は、娘は好きだと思いますよ。と言っても、どちらかが彼女さんなのかしら? ごめんなさいね」


「「い、いえ」」


 オレと玲奈がハモって返事を返してしまう。

 それにクスリと笑みを浮かべた。

 これで人間関係は把握したという事だ。

 けど笑みは一瞬で、すぐに真剣な顔に戻る。


「お話、続けさせて頂きますね。娘は昨年5月に交通事故に遭い、一時は命の危険もありました。辛うじて一命は取り留めたのですが、意識が戻ることはありませんでした。もうかれこれ1年半近くになります。でもね、」


 そこで一旦言葉を切ったが、嬉しそうな表情に変わる。


「先月の半ばくらいから、脳波が少し強くなっているんです。それに今二週間ほど前には、ほんの少しなんですけど体の一部が動いたんですよ」


 本当に嬉しそうだ。

 良い兆候なのだ。


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