431 「竜の里への帰還(2)」
「石臼ではなく発電装置だ。災害用に手で回す自家発電装置があるが、あれのデカイヤツと思ってもらって良い。
発電機はノヴァでそれなりに使われとるが、量産には程遠いのが現状だ。精密な金属部品が多数必要なので、手練れの錬金術師やドワーフの職人技に頼っているからな。
そしてこれは、稀代の錬金術師である我輩手製の装置であるぞ。
……あの、少しは褒めてくれないか? 頑張ったんだし、な?」
「あ、はい、すいません。色々して下さった事には、凄く感謝してます。けど、全然理解が追いつてなくて」
「ま、まあ、それは仕方ないな。しかし、レナ君はいつにも増して反応が薄くないか? そんなに訳の分からんものに見えるか?」
「い、いえ。でも何がどう凄いのか、全然、その、ごめんなさい」
「いや、そこまで恐縮されても、こっちが困るんだが。それより、どうかしたのか? 体調でも悪いなら、すぐに休んだ方が良いのではないか?」
玲奈の様子がいつもと違う事に気づいているし、一応気遣いもできるところは善人なのだけど、レナの事は前に一度話したのにそこに考えが至れてないのは、隠キャだからだろうか。
「あのレイ博士、今レナはこっちとあっちで人格が入れ替わってるんですよ。前にちょっと話しましたよね」
「お? おーっ! マジか! マジでそんな事が起きるんだな。なるほどー。言われてみれば、納得だ。いや、すまんな、妙な事言って。しかし、自分らの周りは相変わらず妙な事ばかり起きとるなあ」
妙に感心されてしまった。
「い、いえ、全然。あ、そうだ、初めまして」
「お、そういう事になるのか。うむ、初めてまして。なんとも妙な気分だな。で、また元に戻るのか?」
「戻って欲しいですけど、いつ戻れるかは全然」
「まあ、解離性障害だものなあ。任意で簡単に入れ換われたりしたら苦労はないわな」
腕を組んで一人納得のご様子だ。
こういうところは、博士らしく学のある人っぽい。
「それより説明はもう終わりですか?」
「あ、ああ、聞いてるれ聞いてくれ。というか、スミレ頼む」
「はい、元主人様。ショウ様、レナ様、では元主人様に代わり、不詳スミレがご説明させて頂きます」
そう言って図面片手に説明してくれた。
今まで他の人にも説明してきたらしく、専門用語も噛み砕かれてたのである程度理解できた。
要するに手動の発電機で電気を起こして、電気モーターでプロペラを回して進むという仕組みだ。
けど、今この世界にある技術はまだ未熟なので、エンジン一つにプロペラが4つも付いて推進力を増す構造になってたり、どこかスチームパンクっぽさがある。
しかし、この世界の飛行船と違って、尾翼や舵が飛行機の技術が応用されてたりと、随所に現代知識が活かされてもいるらしい。
そして発電機を回すゴーレムは充填式の魔石で動くので、この世界だと補給いらずなのだそうだ。
ただし、蓄電バッテリーの技術はまだまだ未熟なので、動力室に隣接するバッテリー庫の電気では数時間しか動かせないので、基本発電装置を動かし続けないといけない。
しかも常時稼働はお勧めできないしマメに整備も必要なので、一日中進むのは難しいそうだ。
だからこの世界の一般的な飛行船と同じく、飛行船を牽引する飛行生物が夜に休むように、夜間の一定時間は空中か地表で停止する事になる。
それがスミレさんの、言葉を噛み砕いた説明のあらましだ。
「だいたい分かりました。それで、どのくらいで『帝国』の『帝都』まで行けますか?」
「ふ、普通なら二週間くらいかかりますよね」
「ほう、入れ替わってもシュツルム・リッターの知識は受け継がれているんだな」
「あ、はい、知識と技術は全然問題ありません。戦闘はダメですけど」
「我輩も戦闘はダメダメだから、気にすることはないぞ。それより時間だったな。普通に飛べば10日ほどだ。何しろ並みの飛行船より速いからな。多少無理をすれば一週間で行けなくもないぞ」
「無理や止めて下さい。そのあと、最低でも邪神大陸に行きますから」
「そうであったな。まあ、普通に飛ぶ分には世界一周でも楽勝だ。吾輩が整備で乗り込むからな」
「俺達もな」
それまで黙ってた矮人のフェンデルさんが、当然とばかりに博士に言葉を合わせサムズアップを決める。
息もピッタリで、すっかり意気投合している。
「構わないんですか? 危険もあると思いますよ」
「禄は出るのだろう。なら、どこで働こうが同じだ。それに、念願のこの船が動くんだ。整備してきた俺達が行かないでどうする」
「そういう事でしたらお願いします。給料、禄も危険手当込みで弾ませてもらいます」
「その言葉が聞きたかった。仲間も喜ぶだろう。まあ、後は乗組員の選抜で良いな。では俺はこれで。後は同郷で話し合ってくれ」
それだけ告げるとフェンデルさんは出て行った。早く言ってくれれば、もっと早くこの件を話せたのに、会話だと受動的な人なんだろう。
そして入れ替わりに、リョウさんが入ってくる。
動力室が狭いせいかと思ったけど、違ってた。
「レイ博士、艦橋の調整終わりました」
「おお、ご苦労さん」
「リョウさんも手伝ってくれてたんですね」
「一応魔法使いの端くれだから、魔力の調整とか出来ることだけね。凄いのはレイ博士だよ」
「そう褒めるでない。リョウ君も、魔力稼ぎと絵描きの傍、尽力してくれておる。特に自分から連絡を受けてからは、魔力も多少増えた事もあって助かっておるぞ」
「あ、もう魔力増えたんですね」
「万年CランクがBランクになったくらいだけどね。でも、魔法の矢は2本が3本になったよ」
「威力も増しておるし、並の相手なら十分に戦えるであろう。先週くらいからは、パワーレベリングから魔物狩りに移ったしな」
「でも全然だよ。ショウ君達の話とか見てると、差が有り過ぎて恥ずかしいだけだし」
「いやいや、ショウ君らみたいなガチ勢と一緒にしちゃいかんぞ」
「そういう博士も、十分Sランじゃないですか」
「我輩はたまに遠くから魔法の矢を使う以外、自分で戦闘した事ないから自分と変わらんぞ。魔力なんか、地道にパワーレベリングしてたら、そのうち溜まってくる」
「パワーレベリングって地道にするもんなんですか? ある意味パワーワードですね」
思わず突っ込んでしまった。
隣で玲奈もクスリと笑ってる。
けどレイ博士が、雑談も終わりとばかりに真面目モードに入る。
ただし誤魔化し半分なので、今ひとつ緊迫感に欠ける。
「そ、そうかもな。それはさておき、そろそろ自分らが『帝国』から運んだと言うブツを見せてくれんか」
もう少し弄ってもよさそうだけど、これが本題というか本命だ。
「はい、このカバンと」
「このカバンの中にあります」
二人してアタッシュケースのようなカバンを掲げる。
「2つずつ入ってるという事か。では拝見をば……良い品だな。……最高級品だぞ、これ。自分ら、『帝国』にどんだけ吹っかけられた?」
そそくさと仕事人の勢いで、レイ博士がオレが持ってたカバンを開けて驚く。
すぐにも、魔法陣2つ使う上位の鑑定魔法をすぐにも構築し、さらに手に取って色んな角度から見入っている。
こう言うところは熟練の錬金術師を感じさせる。
「『帝国』のマーレス第二皇子から頂きました」
「そうか、リョウ君が伝えてくれた通りか。しかし、どんだけ『帝国』に恩を売ったんだ? これだけで並の大型飛行船が買えてしまうぞ」
なるほど、マーレス殿下が自慢げにくれたわけだ。
「そうなんですね。まあ、悪魔とか魔物が操る竜騎兵とか結構倒したし、何より向こうのゴタゴタに巻き込まれたから、お礼とお詫びでしょう」
「オクシデント最大の国の恩人かぁ。上級悪魔を呆気なく倒した事といい、もはや自分ら勇者一行並だな」
「そのオレ達の勇者様が倒れて困ってるんですから、博士も助けて下さいよ」
「アレ? ショウ君が勇者枠じゃないの?」
リョウさんがさも不思議そうな表情で問いかけてくる。
何を言ってるんだ、この人は。
「ハルカさんが勇者枠に決まってるでしょ。オレ達の主人なんですから」
「それにハルカ君は、攻防走、もとい、剣、攻撃魔法、防御魔法、回復魔法とオールラウンダーだからな。まさに、古典のゲームで言う所の勇者と言えるだろう」
「なるほど」
「確かにそうかも」
リョウさんと一緒に玲奈まで感心している。
まあ、昔のゲームを例に出されてもオレには分からないが、そういう能力的な事ではないとは思う。
けど、わざわざ違うと言うほどの事でもないし、そもそも勇者とかどうでも良い。
今はとにかく、みんなの協力を得てハルカさんに無事目覚めて欲しいだけだ。





