422 「次の一歩に向けて(1)」
『帝国』への協力要請は難しかった。
国内の魔物掃討に忙しかったのが一番の理由だ。
オレ達を襲ってきた連中はともかく、自分たちが壊滅した相手を何とかしないといけないからだ。
ゴード将軍も、そちらにかかりきりで連絡すら難しい。
マーレス殿下も宮廷内の事で忙しいらしく、魔物討伐の感謝、見舞いの言葉の簡単な、当人のサインだけ入った代筆の手紙をもらっただけだ。
そしてマーレス殿下だけど、バッコス第三皇子の急進派は魔物に利用された事で大失態となったけど、邪神大陸の魔物を討伐しなければというので、自力による邪神大陸進出派が元気になった対応に追われているらしい。
しかもマーレス殿下が庇護している形のオレ達が、二度にわたり大量に強い魔物を倒した事で、穏健派内からも殿下は邪神大陸進出派なのではと見られ始めているのだそうだ。
面倒臭い限りだ。
何にせよ、『帝国』がすぐに邪神大陸に飛行船を出すのは難しかった。
一方、我がエルブルス領のシーナにある飛行場にある飛行船だけど、こちらも問題を抱えていた。
これがリョウさんとのメッセージのやり取りだ。
《飛行船の整備状況はどうですか?》
《前にほぼ完了と伝えたけど、重要部品が足りないって》
《何ですか?》
《浮遊石の結晶。備え付けのやつが一部壊れてしまってるらしい。博士が困ってた》
《具体的には、どれくらいのものを幾つ?》
《2つ。中型か大型の戦闘用飛行船のもの》
《了解です。すぐ手配します》
《すぐって事は、飛行船必要になった?》
《なるかも、です》
《了解。じゃあ、出発の準備とか進めた方がいい?》
《部品を送り届ける事もあるので、そっちはゆっくり目でも進めてもらえると助かります》
《了解》
《無理言ってすいません》
《全然平気。むしろ異世界の冒険らしくなって来て、ちょっとワクワクしてる》
リョウさんには、まだハルカさんの事は伝えてないので、そんな感じだ。
そしてその夜、次は『夢』のこっちで相談だ。
場所はハルカさんを寝かせてる聖女二グラスの大神殿。
聖女とゼノビアさん頼りだけど、何だかかんだでここが一番安心できそうだし、『帝国』に直に借りを作りたくもないので、選択肢はここしかなかった。
オレ達も、ここの一角に寝泊まりしている。
『帝国』のマールス殿下の部下の人は、『帝国』の恩人なのでもっと良い場所にとしつこく言ってきたけど、主人、つまりハルカさんの治療なら大神殿が一番で、従者として側は離れられないと突っぱね続けた。
それに豪華すぎる場所は性に合わない。
「浮遊石の結晶か。他は大丈夫なんだな」
「ええ、何度かやり取りしてますが、レイ博士とドワーフの人達が頑張ってくれてるみたいです」
「でもさあ、届けるって宅配とかないし、どうすんのさ」
「郵便屋さんなら、ここに居るよ!」
悠里のツッコミに、ボクっ娘が意外に元気よく名乗りをあげた。
「けど、届けるだけで何日かかる?」
「ここからだと、少し急ぎ足で一週間くらい。最速で飛べば5日かな。魔石とか一杯いるけどね」
「そこから取り付けて、この大陸まで2週間くらいだっけ?」
「そんな感じだね。で、あとは邪神大陸の場所次第。西海岸とか言われたら、さらに2週間くらいみとかないとダメだよ」
「あー、それは大丈夫。飛行船なら、こっから一週間もかからないから」
「じゃあ決まりだな。早速『帝国』と交渉だ。第三皇子に面会の申し込みを出そう」
話し合いは朝食後のことだったけど、これで当面の話はまとまった。
そしてその日の夕方、久しぶりにマーレス殿下と少しだけ会う事ができた。
「我が友よ、そしてルカ殿の従者の方々、この度は魔物討伐の礼と、ルカ殿の見舞いが出来ず、このマールス誠に申し訳なく思う」
そう言って、マーレス殿下が椅子に座ったままでだが頭を下げた。
凄く真面目モードだ。
「頭を上げてください、殿下。それに今、御言葉をいただきました」
「だが貴殿らが来てくれたからこそ、こうして会って言葉にも出来ただけよ。恩人の窮地に対し、何も出来ない我が身と我が祖国が恥ずかしい」
「ならば、と言うわけではないが、手紙にて頼んだものを早々に手配頂けないだろうか」
後を継いだ形のシズさんの言葉に、マールス殿下が少し笑みを浮かべる。
悪戯っ子の笑みだ。
「それならば、ここに。この程度はすぐに用意できねば、こうして我が友と恩人達へ顔向け出来んからな」
そう言うと、御付きの人が持っていたアタッシュケースっぽいカバンを抱えつつ開ける。
そして中には、エメラルド色のドロップ状の半透明の石が二つ箱の中で固定されて入っている。
以前ハーケンで『帝国』に譲ったものとほぼ同じだ。
けどその透明度は少し低く、文様や文字もない。
それに感じる魔力も少し違う。
「できる限り良い品を用意させた。すぐに用意できるもので、『帝国』にこれ以上のものはない。
それと、ついでなのでもう二つ用意させた。これで大型飛行戦艦でも存分に機動させる事ができるぞ。まあ、貴殿らのような魔力保持者が多数いれば、の話だがな」
そう言葉を続けて、さらにニヤリと笑う。
その後ろでは、もう一人が同じようなカバンを開いて見せる。
「ありがとうございます」
思わず椅子から立ち上がり、深々と頭を下げてしまう。
「何のこれしき。ワシは臣下に命じただけだ。それ、頭を上げよ我が友ショウよ。それより急ぐのか?」
「そうですね。どうだレナ?」
「まあ、明日の早朝出発だね」
「流石疾風の騎士。しかし一人で行くのか? 無用心ではないか?」
マーレス殿下が、かなり神妙な表情でボクっ娘に問いかける。
女性の一人旅を危惧してるって感じだ。
『帝国』にも女性の竜騎兵がいないから、危険に思えるのだろう。
「神殿の郵便業務は、いつも一人だよ。でも今回は、領主様にも付いて行ってもらおうかって思ってるけどね」
「アレ、そうなのか?」
初耳だ。
思わず間抜けな返答をしてしまう。
それにボクっ娘が、ダメだなーって顔をする。
「向こうで飛行船に乗り込む人、乗り込もうとする人を選ばないとダメでしょ。ぼくじゃあ選べないし」
「そっか。そうだな」
「私は行かなくて大丈夫?」
「ライムだと、ボク達より時間かかるでしょう。今回はその荷物を届けるだけだし、ハルカさんの側に居てあげて」
「分かった。気をつけてね」
「まあ、伝書用の神殿伝いに行けば、道中の危険はまずないよ。空でボクらに追いつけるのは、それこそ世界竜くらいだし」
「そうか、世界竜の元に領地があるのだったな」
マーレス殿下が、さらに言葉を続けたそうに口にする。
聞いてくれって事なので、友達と言われた以上聞かないわけにもいかないだろう。





