146「待ち伏せ(1)」
翌日、ボクっ娘に馬乗り状態で起こされた。
それだけなら至福の一瞬かもしれないが、毛布越しな上に腰じゃなくて腹に乗ってる。
物理的な圧迫がハンパない。
いっぽう現実では平凡な夏休みの一日で、ほとんどを宿題に費やして家族に気味悪がられたくらいだ。
その為こっちでの緊張感は継続していた。筈だ。
「あっ、やっと起きた。ねえ、これも夢の情景でしょ」
「腹が圧迫されて地味に苦しいから、夢のままで良かったよ」
「ひどっ。美少女が献身的に起こしてあげてるのに」
「夜中だから静かにね。それで何かあった?」
ハルカさんは、シズさんに普通に起こされたようで、もう起き上がりつつある。
「探知魔法、魔力感知魔法で、複数人が引っかかっている。ただし、監視しているだけのようだ。街の街路の影になる二つの場所に1人ずつ。途中で交替するのも確認した」
「見張りだけって事かしら」
「けど襲撃って、夜中3時ってのが基本じゃなかったっけ?」
「となるとこの後だね。ボク達も起きてた方が良いかな?」
「ちゃんと寝てね。飛んで逃げてる途中で強制睡眠とかされちゃ目も当てられないわ」
「あーい」と暢気に言いつつ、二人が床に付いてオレとハルカさんが番を引き継ぐ。
と言っても、交替でカーテン越しに外を見張る程度で、特にやる事もない。
同じ部屋に二人が寝ているので、会話も小声で必要最小限だし、変な会話をしたりもしない。
そして結局、オレ達もしくはこの宿を見張る連中は、見張る以外で動く事は無かった。
オレにとっては、ハルカさんと二人きりでゆっくりまったりと話ができたのが収穫なくらいだろう。
「警戒し過ぎだったねー」
朝になり、ボクっ娘が窓から外を見るが、もはや怪しい人影はない。
「こっから飛行場までが本番だろ」
「睡眠妨害という手が『ダブル』同士の嫌がらせにある。連中は、私達にプレッシャーを与えるのが目的だったのかもな」
そう言ってシズさんが腕組みする。
強い相手でも、弱らせる方法はいくらでもあるという事を言いたいのだろう。確かにありえそうだ。
みんなもそう思ったようで、頷いたりしている。
そしてそれだけじゃない。
「それじゃ朝食後に、まずは私とショウが買い物に行くから、少し間を空けて二人が出て」
「ロビーで見え見えの演技でもしておくか?」
「あ、それいいね。大声で「買い物行く」「じゃ後で合流」とか言い合おうよ」
ボクっ娘がとても楽しそうだ。
映画とかドラマ好きなんだろうと思えるが、ボクっ娘の言うところのもう一人の天沢さんの事を思うと、小説好きというべきだろうか。
「あからさまだと、かえって警戒されない?」
「じゃあねぇー、ボクらはヴァイスの様子を聞くってことで、『帝国』商館に寄ってくよ。そうしたら変な連中も『帝国』商館の辺りからは離れるでしょ。そのスキに、裏口とかから一気に飛行場に行くの。ナイスアイデアでしょ」
「そういうシチュエーションをしたいだけだろ」
「バレた?」
と言って舌をぺろりと出す。
「バレバレね。けど何もしないより良い作戦だと思うわ」
「とにかく、まずは腹ごしらえだな」
そして食後、万全の準備を整えて行動開始。
オレとハルカさんの荷物の多くは二人に預けてあるし、買い物も実際しないので身軽なものだ。
そしてハーケンの街は、基本的に武装自由の街なので装備面での不安もない。
ただしそれは相手にも言える事だし、この街の警備隊は無法者には容赦ない事でも有名なので、やり過ぎには気をつけないといけない。
だから、過剰な装備で街をうろつかないのも、ある種の不文律になっているそうだ。
一方で、街をぶらつく間に、逃走箇所を一度チェックするのも忘れない。
城壁と街並みの間には10メートルほどの空間がとられているし、城壁も高い。城壁に上がるには、別の場所から階段で上がるのが無難なようだった。
「さて、4つ半の鐘も鳴ったし、そろそろ仕掛けるか?」
「見逃してくれそうにないし、頃合いね」
そんな事を囁き合いつつ、徐々に人気の無い方向に向かう。一見飛行場への近道をしているようにも見えるルートだ。
この街の地理は何度か来ているハルカさんが多少明るいので、道案内はハルカさんに任せてオレは周囲への警戒を厳重にしつつ移動する。
そして人気の少ない相手にとって格好のエリアに入ったところで、オレとハルカさんは一気に駆け出す。
それも飛ぶような速さでは無く、普通の相手が付いてくるより少し速いくらいで駆ける。
ただし、少しばかりオレ達の方が甘かった。
「素人がどう動くかなんて、とっくにお見通しなんだよ!」
顔を覆う兜や目元以外を布で隠した多数の男達が、オレ達が進もうとした細くやや暗い道を塞いでいた。
後ろからも、足音複数が駆け足で近づいてくる。しかも集まってくる足音は、さらに増えつつあるようだった。
しかもお約束の様に人通りは無い。
「オレ達を素人って言う事は、お前らが玄人なのかよ?」
「神官に手を挙げる事の意味を理解していますか?」
オレの挑発がてらの言葉より、ハルカさん静かな言葉の方が、ずっと連中には効いているようだ。明らかに狼狽している者もいる。
しかも狼狽しているのは、前にいる魔力持ちだ。
むしろ後ろから追いかけてきた、比較的素早い動きの連中の方が態度に変化は無かった。
つまり目の前の一部もしくは全員が「素人」で、後ろの連中の方が「玄人」なんだろう。
予想通りの狼狽している者の小声が聞こえてくる。
しかもそれが、だいたいどんな連中なのかを自ら教えてくれるものだった。
「やっぱり神官はヤバいって。ちょっと前にも、神官に手を出したヤツの噂がネットに出てたし」
「うるさい! 俺達があのクソをやって、どうせ腕力のない神官は、雇ったチンピラどもに相手させれば問題ない。そのために弱いとはいえ魔力持ちのチンピラを大金はたいて雇ったんだ」
こうして実際に自らの悪事を目の前で喋られると、なんか一気に脱力しそうになる。
チラリと横を見ると、ハルカさんは一見ポーカーフェイスだけどったが、オレと一瞬交差した瞳はウンザリだというのを伝えていた。
それを確認して、茶番を終わらせようと決める。
「3人でダメだったから7人がかりか? 懲りてないな!」
「!?」
覆面をしていればバレないとでも思ったのだろうか。最初からちょっと既視感があったが、もう相手の素性はバレバレだ。
冒険者ギルドのホールで因縁を付けてきた3人組と、おそらく歓迎会にいた地味なテンプレ4人組だ。
この4人組は、オレたちの情報収集をしようと歓迎会に参加したのだろう。そう言えばろくに会話もしなかったが、聞き耳だけたてていたのだろう。
パシリかっての。
それはともかく、オレの言葉で正面の連中の狼狽しているスキをついて、ハルカさんが即座に魔法を構築する。
『防殻』の魔法だ。
相手は狼狽していたので、阻止する動きすらしなかった。
「これで普通の武器はほとんど通じません。今なら見逃します。立ち去りなさい。ただし、これ以上狼藉を働くのなら、神々の奈落へ落ちる事になるでしょう」
「神官気取りが偉そうに言ってんじゃねぇ! オイっ! お前らにいくら払ってると思ってるんだ! さっさとそのクソ女を捕まえろ!」
今の言葉で、もう冒険者でも『ダブル』でもなく、ただのチンピラもしくは犯罪者にしか見えなくなった。
オレの心象は、最初の頃に出会った盗賊だった『ダブル』以下かもしれない。
今の発言でオレはぶち切れ状態だ。
「なあ、こいつら斬っていいか?」
「物騒よ。けど、もう死なない程度ならいいんじゃない」
ハルカさんも同じらしく、言葉以上にけしかける雰囲気を放っている。
「了解」
「あ、そうだ。街中だから攻撃魔法使うと警備隊がすっ飛んでくるから、取りあえず格闘戦で何とかしてね」
「オーケー、マム」
「て言うかさあ、私らが攻撃魔法使ったら、こんな茶番すぐに終わりって考えなかったの?」
「クソっ。バカにしやがって! 全員で一斉にかかるぞ!」
珍しく、相手を小馬鹿にした日本語でのJKっぽい口調と同時に、ハルカさんがシャラリとミスリルの長剣を抜き放つと、さらに両者の戦闘機運が高まった。





