372 「浮遊大陸(1)」
「おぉーっ」
もう言葉にならず、そんな声しか出てこない。
眼前には視界一面、空に浮かぶ地面が広がっていた。
ハーケンで浮かぶ島を散々見てきたけど、まさに格の違う感動で胸が埋め尽くされていた。
『帝国』。正式名称アトランディア帝国は、大西洋上に浮かぶ巨大な浮遊石の上に存在する。
そう国が丸ごと、浮遊大陸とすら言われる超巨大な浮かぶ地面の上に存在しているのだ。
浮遊大陸自体は、遠くの山脈を見るような感じで3日ほど前から見え始めていたが、到着当日の朝に見た光景は現実感がなさすぎて感情が置いていかれるレベルだ。
オレと同じく浮遊大陸初見の悠里も、「ヤバい」か「チョーヤバい」としか呟いていない。
他の3人は以前来たことがあるので、オレ達兄妹ほど驚いていない。
それでも「この光景は、何度見ても凄いわよね」「ああ。『ダブル』になったら、一度は見るべきだな」なとど言っていた。
例外はボクっ娘だ。
「個人的には太平洋の浮遊大陸の方が絶景だよ」
「マジで、どこにでも行ってるんだな」
「まあね。あと、浮遊大陸は下から見ると、違った意味で凄いよ」
「下にも行ったの?」
「どんな風だったんだ?」
ボクっ娘のさらなる言葉に、ハルカさんとシズさんも興味津々だ。
オレも大いに興味がある。
「そうだねぇ……、逆さに飛ぶとそこに地面があるって錯覚しそうになる感じ、かな?」
「上下逆にした感じという事か」
「うん、そんな感じ。山あり谷ありで、風でしか削られてない地形だから、普通の地面より尖った感じだね。それと普段真っ暗だから、朝夕の太陽が低い間しか見れないね」
「機会があれば一回くらい見て見たいわね」
「じゃあ、暇になったら案内するよー」
「よろしくね」
そんな感じで会話が締めくくられたが、夕方までに目的地の街に到着するとの事だった。
そしていよいよ浮遊大陸が目前に迫った時だった。
「なあ、あれおかしくないか?」
飛行組はシズさんを連れ、大陸の下の方へと空の散歩に出ていた。一方、留守番のオレは他にする事もないので、飽きのこない景色を眺めていたら違和感を感じた。
オレと同じように何となく景色を見ていたハルカさんも、オレが指差した先へと視線を向け首肯する。
「ホント、何かズレてきてる感じね」
「だろ。なんていうか、崩れそう?」
「そうよね。あっ!」
ごく僅かな違和感を感じつつ二人して半ば首を傾げるように見ていたら、口にした通りの事が眼前で発生し始めた。
巨大すぎるのでスローモーションのように感じてしまうけど、巨大な岩の塊もしくは浮遊大陸の縁の地面のごく一部が、ゆっくりと崩れて地上、いや海上に落下し始めたのだ。
イメージとしては、色合いが違うけど南極などの氷山や氷河が崩れる情景に似ている。
とにかく、大自然の一大スペクタクルだ。
けど、その崩壊を見ていた『帝国』の乗組員達からは、悲嘆に暮れるようなうめきやため息が一様に漏れる。
つまり『帝国』もしくは浮遊大陸にとって、良くない事なのだ。
もっとも、部外者であるオレから見れば、大げさのように思えてしまう。
同時に、このような事が頻繁に起きているのなら、1年2年はともかく長い年月を考えると、不安になるのは当然だとも思えた。
巨大すぎる浮遊大陸の端がほんの少し崩れただけと言っても、塵も積もればというやつだ。
なお、浮遊大陸の正式名称は「アトランディア」。
『帝国』は彼ら自身が『帝国」としか呼ばないのは、かつては浮遊大陸上に沢山あった国々を統一したのが『帝国』で、浮遊大陸には『帝国』しか国が存在しない。
外の人がアトランディア帝国と呼ぶ事もあるけど、それはオクシデンと以外の他の地域に様々な帝国が存在しているから。
それでも『帝国』と敢えて呼ぶ場合は、ほぼ世界共通で大西洋上の浮遊大陸に存在する『帝国』を指す。
似たような事例に、太平洋上の浮遊大陸の国家を『皇国』とだけ呼ぶ場合がある。
その浮遊大陸は大西洋上にあり、総面積は『ダブル』が現代の知識を応用して大雑把に調べた限りでは、オレ達の世界のオーストラリア大陸の半分程度(日本の約10倍)ほどある。
浮遊大陸は南北に細長く、北は亜寒帯、南は亜熱帯の気候に属している。そして上空に存在している事もあってか雨量も多めで、全体は緑豊かだ。
浮遊大陸自体の岩盤の厚さは、平均500メートル程度。最高峰は3000メートル程度、海面との間隔は平均約200メートルくらいあるそうだ。
そして海面からだと、平地は標高7、800メートルくらいなので、地表との温度差はそれなりに存在している。
ただし平地は少なく、島の縁が海ではなく空中になるので、河川の河口部に出来る沖積平野は殆ど存在しない。
このため農業が出来る土地が意外に少なく、全体として緑が多く人口密度が低い。
当然だけど火山はなく、地震も無い。ただし、超巨大暴風雨が通過する時には浮遊大陸全体が揺れる事がある。
そしてオレ達が今見たように、長年の風雪によってほんの少しずつ大陸の端が欠けていっている。
あと、地形の特徴から浮遊大陸の外縁部に都市はない。地表と違って、陸地の際に港町を作る意味がないからだ。
都市は最も縁に近くても50キロは離れていて、『帝都』は大陸のほぼ中央に存在している。
それよりも、今は外縁の崩落だ。
こちらは距離があるので影響は当然皆無なのだけど、オレが視線を向けていたように、そちらの方向にはちょうど3人が空の散歩へと向かっていたのだ。
と言うのも、数日前に話した通り、シズさんが浮遊大陸の下を見たいと言うので、それを見に行っていた。
オレとハルカさんが残っているのは、ぶっちゃけ『帝国』の人質だ。
何しろ雷龍に巨鷲だ。『帝国』としては自分達の客人とは言え、空の散歩とか簡単に信じるわけにはいかない。
露骨な事は言われなかったしそうした態度も見せていないけど、ハルカさんとその護衛役であるオレが船に残ると言うと、明らかに安堵している者がいたほどだ。
もちろん、ゴード将軍が何かを言ったり態度を見せたりはしないけでお、関係が単純でないのは確かだ。
そしてオレとハルカさんが、『帝国』の人と違う感想を抱きつつ崩れ落ちていく巨大な岩や大地を見ていると、しばらくすると2つの点が姿を見せる。
その点はすぐに大きくなり、オレ達が心配していた2体の姿を見せる。





