347「援軍参集(2)」
そしてその日の宵の口、煌煌と篝火が焚かれ、加えて魔法の明かりも多数灯されたバルドルの町外れの練兵場に、集まれるだけの兵士や戦士が集った。
主な目標は、ランバルト王国中枢並びにバルドルの町の正常化。さらに町の中心に入った人々の救出だ。
特にランバルト王国にとっては、国王以下国の中核となる人々の殆どがあの中なので死活問題だった。
『帝国』にとっても、行方不明の調査隊の捜索と、自分たちの装束をした亡者の捜索が目的なので、バルドルの町での情報収集は必須となる。
そしてランバルト以外にとっては、「さらに」の方が主な目的なのは間違いない。
そして現状残っている人達の中に、ランバルト王国に位の高い軍人や政治家、貴族が殆どいないので、主導権は外からやって来た人々の手にあった。
集まった中での社会的な地位で見ると、一番偉いのは『帝国』の龍騎兵を率いる将軍であるランドーさんだ。
大国の一軍を率いる将軍という事もあるが、貴族としての階位も伯爵と非常に高い。
けど、この地に調査に赴いた『帝国』人の救出、それに『帝国』兵の亡者以外で主導権を握る気はない事を表明していた。
しかも、目撃例が出るまでは冒険者にその捜索を依頼しているので、自分たちは動く事は無いと明言している。
となると、この地の安定化を神殿から委託されたアースガルズ王国を当面代表するアクセルさんが一番偉くなる。
冒険者ギルドは、マリアさんが実質的な指揮を取るが、一応は『帝国』が雇っている傭兵扱いなので、ランドーさんの指揮下となる。
なお、オクシデント全体での位の高さで言うと、亡者の事に関しては上級神殿巡察官のハルカさんがダントツで偉くなってしまう。
軍隊で言えば、将軍に匹敵するそうだ。
けど、神殿は人の理に関わらないのが基本なので、オレ達は亡者と戦う以外はオブザーバー。
ただし、最も戦闘力が高いと見られているし、少数での戦闘単位で見れば実質そうなので、戦闘の際の切り札的扱いになっている。
オレ的にはランドーさん、アクセルさんの方が個人では強いと踏んでいたけど、どっちも指揮官なのでオレ達が頼られるのはこの世界の一般常識的には仕方の無いところだ。
「ランバルトの危機を救うべく集った者達よ、我らの目的はバルドルの街の中心を覆う澱んだ魔力の靄を吹き払い、中の人々を救う事にある。あの中に何があるのかは未だ分からないが、これだけの強者達が集った以上、恐れるものはどこにもない!」
アクセルさんが音頭をとって第一声を発する。
何をしても似合うが、もうハリウッド映画の撮影でも見ている気分だ。
悠里なんか、目をキラキラさせっぱなしだ。
「しかし相手は亡者。大事をとって、突入は明日の日の出とともに行う。今夜は夜通し、靄の中から魔物、亡者が溢れて来る可能性に備え寝ずの番を行う事になるだろう」
「今夜の備えは、我らランバルトの兵が請け負おう。来援された方々は、万が一の事態に備えては頂くが、交替で休み少しでも英気を養って頂きたい。その為の準備は、町総出で行っているので、皆々様は明日の朝よりの戦いを第一に考えて頂きたい。
本来なら我らだけで解決するべきだけど、今の我らにはその力がない。誠に不甲斐ないが、皆様にご助力頂くより他無く、伏してお願い申し上げる」
以上のようなやり取りがしばらく続く。
この世界での作法に乗っ取った、半ばお芝居の形での指揮権の所在を明らかにしたり、後ろの方に居る兵士達にも分かりやすく作戦の説明を行う為だ。
もっとも、最初の幾つかのやり取りで、おおよその作戦は説明されていた。
話自体もそれほど長くは無く、ようは意思統一の為の集会のようなものだった。
そして解散となると、町の有志のもてなしを受けつつ少し遅めの夕食をとって、宿などへとしけこむ事になった。
ようやく多少はリラックスできるというものだ。
「あーあ、ライムは留守番かあ」
「ヴァイスもね。でも、上から見ても真っ黒だったし、靄が晴れないとヴァイスは入れないよ」
「だよなー。まあ、たまには地上戦もしとかないと、腕もなまるもんな」
夕食後の宿で、クロが入れたお茶を飲みつつのんびりしている。
オレ達は全体の切り札なので、夜番や夜の待機からは外されてるので、正直あとは寝るしかない。
けど、日の出前に起きるにしてもまだ夜は浅く、こうしてのんびりと過ごしている。
シズさんなどは、就寝前の寝酒を確保に外に出て行っていた。
とはいえ、完全にのんびりもしていられないので、本陣近くの宿を借りるも非常事態に備えて装備をほぼ着たまま集団で雑魚寝予定だ。
宿から見える窓の外は大通りで、夜通し派手に篝火が焚かれ、夜番の兵士を各所に見ることができる。そしてそれ以上に、各所で兵士や『ダブル』達が過ごしていた。
戦いの前の心地良い緊張した空気が流れていて、ゆっくりもしていられない気分にさせられる。
そして窓から何となく外を見ていると、シズさんとタクミが一緒に歩いている光景が視界の隅に飛び込んできた。
「頑張ってるじゃん」
「何が?」
「あれ」
「どれ?」
オレの呟きに、隣で同じように外を見ていたハルカさんが、まずは横顔で首を傾げ、さらに顔を寄せてきた。
「あーれ」
オレと同じ窓を覗いたハルカさんにも分かるよう二人の場所を指で差す。
そうするとハルカさんが、今度は顔をこちらに向けて少し意外そうな表情を浮かべた。
すごく近くだけど、もう緊張したり顔が紅潮したりもしない。
ハルカさんもだ。
四六時中一緒の影響だろうけど、そろそろ彼女彼氏の関係も次のステップに移るべきか、などとタクミの事そっちのけで思わなくもない。
けど、表情に疑問符を浮かべるハルカさんの関心は別にあった。
「いつから?」
「タクミが告るって聞いたのは、こっちに来るくらいかな」
「もう付き合ってる、でいいの?」
「オレがハルカさんのお誘い断った日にお膳立てしたけど、玉砕したってさ。けど、諦めてなかったみたいだ」
「それであの日は断ってきたのね。で、タクミ君は向こうでも?」
「いいや。向こうじゃ、高嶺の花すぎるってさ。オレも同感」
最後の言葉に反応して、ハルカさんの視線が少し厳しくなる。
ちょっと語弊があったようだ。
「一応言っとくけど、オレにとっても向こうのシズさんは凄すぎって事だからな」
「そうよね。いい学校な上にファッションモデルだものね」
「うん。住む世界が違う感があるよな」
そう言うと、彼女に半目気味に見返された。
すぐ側に顔があるので迫力高めだ。
「勉強教えてもらってるくせに」
「それはそれ。まあ親しくなれれば、気さくな人だし」
「男前というか、男性的なところもあるわよね」
自分の事を棚に上げた感もしなくもないけど、確かに同意見だ。
という考えも彼女に見透かされたようで、半目以上なジト目で見られてしまう。
だが、丁度いいところでタッタッと足音がした。助け舟だ。
「何イチャイチャしてるのー?」
「イチャイチャしてるのはあっちだよ」
オレが指さすと、すぐにもボクっ娘がターゲットを確認した。流石、抜群の視力&動体視力だ。
「どっちって、おーっ、やるなタクミン! ……いいのショウ?」
「何が?」
「シズさん取られちゃうよ」
オレを挿んでハルカさんの反対側にいたボクっ娘が、言葉と共に下からオレを覗き込んで来る。
「誰がオレのだよ。それにオレの心のポッケはもう満杯だっての」
「フーン」
二人して「フーン」と言われてしまった。しかも離れた場所の悠里からも、ジト目で見られている。
ここは何かフォローをと思って、パッと思いつくことがあった。
「それよりさあ、この戦いが終わったらタクミを誘い直していいかな?」
「いいわよ。ショウも男一人は寂しいんでしょ」
「まあな」
「ボクもいいけどさあ、オタク的には『この戦いが終わったら』ってのは、絶対言っちゃいけないフラグだよ。明日決戦なのに」
「あっ」
ゲン担ぎではないが、山場までにどこかでフラグクラッシュが必要らしい。





