140「冒険者ギルド(1)」
「じゃ、よろしくねー」
というレナの言葉を最後に、さっさと『帝国』の商館を後にする。
もちろんハルカさんがちゃんと別れの挨拶をしているが、総出でお見送り状態は大国のVIP気分どころか引いてしまう。
「あーっ、肩凝ったーっ!」
徒歩で移動して『帝国』の商館が見えなくなると、ハルカさんが両腕を空に上げて大きく伸びをする。
オレ達3人も同じような心境だ。
「お疲れ様ー」
「お疲れ、ハルカさん」
「お疲れ様。だがその割には、今朝は少し元気だったじゃないか?」
それぞれ労いの言葉をかけるも、シズさんは見なくてもいいところは見ていたらしい。
そんな小さな変化をシズさんが確認したのなら、オレとしては嬉しいところだ。
「そう? フカフカのベッドで寝られたからかしら」
「リビングの様子からだと、かなり早起きしていたようだが?」
「シズさんが、ゆっくり寝すぎなんですよ」
「どうせ二人でいちゃついてたんでしょ。ボクもショウとイチャイチャしたいかもーっ」
「私とイチャイチャすればいいだろ。百合プレイなら、ショウも喜んでくれるぞ」
そう言ってシズさんがボクっ娘に後ろからガバッと抱きつく。
そしてオレに抱きつくゼスチャーだけしていたボクっ娘も、そのままシズさんに抱きつき返す。
「ショウって、どこまで変態オタクなの?」
オレの関係のないことで、ハルカさんに蔑んだ目で見られてしまった。
それなのにシズさんとボクっ娘は、そのままじゃれ合っている。
「濡れ衣だ。オタクに変態までつけないでくれよ。オレ健全だぞ」
「エロい事期待してるから、健全じゃないでしょ」
「これだけ可愛い子と一緒なんだから、期待するくらい良いだろ」
「期待以上はしないでね」
思わず本音が出たが、ハルカさんの少し温度低めの目線が怖い。
「でも、周りから見ればハーレムパーティーだよねー」
「そうか? 私は大奥だなと思っていたが」
じゃれ合いながらも、二人は突っ込みを忘れない。
しかも何か聞き捨てならない言葉がシズさんから出た。
「お、大奥?」
「ああ、ショウだけにお小姓な」
「お殿様じゃないんだ」
「まあ従者だし、間違ってないわね」
豪華だけど堅苦しい場所からの開放感から、しょーもない事を話しつつハーケンのお大通りを歩く。
人口5万だけど、商用などでの滞在者も多いので、街の中心部はとても活気がある。初めて来るこっちの都会に気分も高揚する。
なお、『帝国』の商館が建っている辺りは城壁の内側のさらに中枢部にあり、目の前には大通りがあって、すぐ近くに街の中心で6方向に道が伸びる大広場に出る。
そして相当広い大広場に面して、市庁舎、神殿、魔道士協会、商業ギルド会館、劇場、博物館がそれぞれの面に建っている。
南側に市庁舎、北側に神殿は、オクシデント共通だ。
広場は大きく中心では露天の市が毎日開かれ、大道芸人、吟遊詩人などが芸を披露している。
その中には、どう見てもバンドマンな人もいる。歌と音楽はもちろん、雰囲気と出で立ち、そして聞いた事のある歌からも『ダブル』なのは丸分かりだ。
そのバンドマンには、同郷のよしみでみんな少し多めにおひねりを入れ、軽く応援の言葉をかけていく。
しかし目的地は大広場ではない。
神殿は後回しなので、まずは『帝国』商館とは別の道に面している冒険者ギルドだ。
「思ったより立派な建物だな」
「破産した大商人から買い取ったっという噂だ」
「入る前に予備知識もう少し教えといて下さい」
オレの言葉に、みんなの雰囲気は気楽そうだ。
やはり、ご同輩達が作った組織だからだろうか。
「そんなに構えなくて大丈夫だよー」
「試用期間中だって言えば、たいてい優しく教えてくれるわよ」
「そのための組織でもあるからな」
そう言いつつ大きな扉をくぐると、まずは天井の高い大きなホールになっていた。
建物の中だけど、窓にガラスがはまっている上に、魔法の明かりで照らされているので意外に明るい。
ホールの一角は、かなりの広さのバー兼カフェになっていて、何人もの『ダブル』もしくは冒険者がくつろいでいる。
会議に使うような衝立などでパーテーションされた一角もあり、そこにも何組かのパーティーがたむろしている。
ホールの奥には、古い映画で見るような銀行のカウンターのような区画がある。
依頼の引き受け、各種登録、物品の売買、金品の預け入れや引き出しなどを行う場所だ。特にお金を扱う場所には、ガードマンらしき人まで立っている。
また一角には、冒険者ギルドのお約束とばかりに、依頼の張り出し用の掲示板がある。
文字を含むチラシや書き込みばかりなので、文字が普及していないとできないことだ。
緊急依頼などは、側に掲げられた大きめの黒板に書き出されたりもしている。
「何というか、ファンタジーと言うより、どこか見覚えのある雰囲気だな」
「そりゃ『ダブル』が整えた施設だからね。さ、まずはどうするー?」
「ショウとシズの登録。その後にお金の預け入れ。最後に買い物の順でしょうね」
「じゃ、さっさと済ませようか」
「そう簡単には済まないだろがな」
シズさんの言葉通り、簡単には済まなかった。
職員はこっちの人も多くいるみたいだけど、なまじ『ダブル』が運営しているのでどこかゲーム的だ。
まずは登録料を払って登録する。
登録は、簡単な書類を書き、一種のマジックアイテム化されている登録プレートに名前を彫り込んで血判して、ギルド所属の魔法使いがちょっとした魔法を施せば完成だ。
マニュアル化されているので、ものの10分もあれば終わることだった。
この登録には錬金術の使い手が職員にいて、ゲームっぽさも醸し出している。
けど、このままだと最低のEランク認定で、ギルドでは危険回避という理由でEランク相当の依頼しか受けられない。
このあたりは、実に『ダブル』が作ったゲーム的なシステムだ。
ちなみにEランクは一般人並みの力しかなく、魔物退治よりは町の雑用を行う。『ダブル』としては、試用期間中も現す。
そして冒険や危険な依頼を受ける気の無い『ダブル』も、互助組合に所属する意味もあってギルドに所属だけするので、その為のEランク設定と言う意味もある。
Eランクは、危険な事が無理な能力しか持たないと同時に、危険な事をしないというサインでもあるのだ。
けどオレ達は、今後の事もあるのでそれ以上の評価をもらう事にした。
2属性以上の属性を持つ魔法職の場合の実力判定は、まずは備え付けのマジックアイテムで魔力総量を計測する。
測定は神殿の聖杯を真似たもので、魔法使いの職員立ち会いで手に触れるだけのお手軽なものだ。
そのあと、どの程度の魔法が使えるかを申告制で登録し、そのうち試験場で使える最高位の魔法を行使して確認する。
そしてシズさんは、登録時から注目の的だった。
なにしろ尻尾が5本もある獣人なので、扉をくぐった時から只者ではないと見られており、登録から模擬戦までまるでVIP扱いでスムーズに行われた。
そして裏庭に設置されている閉鎖型の円形模擬戦場で、フォース・スペルの「煉獄」を空間一杯に展開した時点で、沢山押しかけていたギャラリー全員が観覧席から慌てて逃げ出してしまった。
なお、このエリアは、元大商店の倉庫と馬場を利用していて、町の一区画の裏庭の広い範囲を利用している。
そこに丈夫な石造りの体育館のような模擬戦場と運動場のような場所もあり、小さな学校程の広さがある。
だから、かなりの規模の魔法でも行使可能だ。
シズさんの検査はそれで終わりながら、暫定で魔力総量はS、魔法は自己申告を含めてフォース・スペルとしたので、恐らくSランクだろうとコメントされつつも冒険者Aランクで刻印・登録された。
Sランク認定は、ノヴァトキオの本部でしか出来ないからだそうだ。
けど、いきなりのAランクでも非常に珍しく、渡米していきなりメジャーリーグにエントリーした一流選手のようなものらしい。
Aランクですら、Cランク以上で100人に1人いるかどうかと言われるのだから当然だろう。
しかもSランクともなると、オクシデント全体で100万人に1人と言われる程の逸材なのだ。
一方戦士職は、魔力総量の測定は同じだけど、その場にいる教官や有志の冒険者との模擬戦で判定する。
しかし戦闘能力が高すぎる場合は、ノヴァトキオの冒険者ギルド本部に行く必要があるなど意外に面倒だ。
それ以外だと、登録後に依頼を受けて実力を示してランクを上げるしかない。
なお、直接戦闘しない、もしくはする気がない場合は能力、技術を形だけ判定して、受ける側に特に異存がない場合はEランクの認定を行う。
しかし『ダブル』は魔力総量が多いので、純粋に判定すると最低でもDランクになる。
戦う気がない者だけが、Eランク認定を受けるのが普通だ。
またこれは、初回入会者に限らず、既存の会員も手っ取り早いランクアップのために受けることができる。
ただし通常は、受けた依頼の質と数で判断される。
オレの場合、今までこなしてきた戦闘と魔力量から、技能はAからB、魔力総量はS、総合でA程度だろうと3人から言われたが、冒険者ギルド抜きでは認定されない。
ギルドの外で第三者が判断する場合もあったが、説明を聞いている時点で色々面倒になったので、敢えて低めの認定を得ようと考えた。
そこでシズさんに頼んで、魔力移譲の実験代わりにオレの魔力の一部を3人に移せるだけ移してから測定し、その上で模擬戦をしてもらった。
そうしたら戦闘技能、魔力総量ともにBとなった。冒険者ランクの方も、試用期間中ながらBランク認定だ。
普通試用期間中はDかCくらいで、いきなりBランク認定というのも珍しい。
なお、戦闘技能の判定については、このギルドにAランクの者が十分に居なかったのでBまでだった。十分な数のAランクは、ノヴァにでも行かないといないらしい。
試験官は最高でBランクで、最終的には彼が力量を見る。
しかし最初はCランクの試験官が相手だ。ゲームなどと違って、魔物や猛獣と戦ったりはしない。
異世界転生作品と違い、無駄に肌の露出の多い美少女試験官が登場したりもしない。相手は普通のお兄さんだ。
そしてCランクの人には呆気なく一本取ったあと、その後何度か同じ様にしたけどどれも、あっという間に模擬戦が終わる。
剣道の試合よりも、よほど楽だった。
そしてBランクの試験官を相手にしたのだけど、これも見た目は普通のお兄さんだ。強キャラって感じもない。
見た目で魔力はそれほど高くは感じず、当然というべきかハルカさんより明らかに動きが悪かった。
技量の方も、あまり強いとは思えなかった。
試験の事は、魔力を返してもらった後で3人に話してみると、魔力総量を減らしてそう思うのなら、オレの技能はB以上は確定だろうとのことだ。
思わず、どれだけハルカさんにブートキャンプされてたのだろうかと思ってしまう。
ただ、そのやり取りをギルド会館のラウンジで話している時に、偶然通りかかった連中に聞かれてしまった。





