336「都市攻城戦?(1)」
その日の昼前には、海を超えてランバルト王国の都バルドルが遠望出来るところまで近づいた。
空での待ち伏せはあの一度きりで、その後は特に妨害も監視も受けなかったので、こっちとしては少し拍子抜けだ。
(襲撃も、あれっきりだな。あれに自信があったのか、手駒が少ないのか、それともノヴァでの戦闘でオレの感覚が少し麻痺しているのかな)
などと思っていると、飛行組の二人が互いの相棒を巧みに操りつつ接近し合う。
「空に、さっきみたいなヤツはいなさそう」
「国の警備の翼龍や天馬もいないねー」
「低く飛んで調べてみようか?」
「もうちょっと、様子見ようよ」
「りょーかーい」
巨鷲のヴァイスを操るボクっ娘と、雷龍のライムの主人の悠里が飛びながら色々と意見を交わしている。
後ろに乗るオレ達は、地上に降りるまでは助言以外お荷物だ。
ちなみにランバルト王国の都バルドルは、小国という事を差し引いても、一国の都というには小さな町だ。
街自体は外海から少し入った細長い入り江に面していて、入り江の上流の川と湖を超えると旧ノール王国の都ウルズへと通じている。
平たい港町で、月が近い事から起きるこの世界特有の潮位の変化が大きい影響もあって近隣との競争に負けて、あまり繁盛してないらしい。
加えて、『魔女の亡霊』と戦ったウルズのような大規模な古代遺跡を利用しているというわけでもない。
だから石造りの建物や堀、石垣もない。建物は主に木で作られていて、2階以上の建築物自体が少なく、あまり豊かには見えない。道の舗装も、見た限りなさそうだ。
街の防備も貧弱で、あまり幅の広くない掘と盛り土、それに丸太を並べた木の壁だ。
そしてその町には7、8000人ほど人が住んでいる筈だけど、様子がおかしい。
入り江に近い方に王宮があり、王宮の近辺に官庁街や貴族の邸宅など国の中枢部があるそうだけど、その辺りがドーム状の黒い靄で覆われている。
そしてその靄は、地域全体を守る設置型の防御魔法には無い禍々しさがあった。街や王宮を守る為ではなく、中を侵すためのものにしか見えない。
飛び立つ直前の事前情報だと、王宮やその周辺部は完全に沈黙していて、神殿など重要施設も沈黙している場所に含まれている。
この靄が原因なのだろう。
そして後から聞いた話では、一夜で事が起きたので町の住人はそれぞれの家に閉じこもって息を潜めるしかないらしい。
こうして遠くから見た感じは、街中は人気がなく半ばゴーストタウンだ。
しかも町の外周では、さらに別の混乱が発生していた。
街に入るには、掘にかかる南北2つのどちらかの跳ね橋を渡らないといけない。
今はそのどちらもが揚げられていて、堀の外側ではそれぞれ異なる様相を呈していた。
北側はノロノロと動く人の群れ、いや亡者の群れが犇めいていた。
ゾンビよりスケルトンが多く、新規の犠牲者が少なそうなのは救いだけど、スケルトンの数は100や200では済まなかった。1000に達するかもしれない。
しかも遠くからでも、亡者達の澱んだ魔力の影響で、群れ中にはそれなりに凶悪な亡者も含まれているように感じる。
亡者は集団が大きくなったり時間が経つと、魔物のように強い亡者が出世魚のように出現する。だから強い亡者の存在は、群れが形成されてからそれなりに時間が経っている事を伝えている。
「亡者って、なんで昼間でも活動出来るんだろうな」
遠目に見つつ、思わずそんな言葉が口に出る。
今までもそうだけど、この世界のアンデッドは昼でも動いているので、雰囲気と言うか情緒に欠けていると思う。
「この世界の亡者って、日光を浴びて滅んだりしないし、せいぜい夜や暗い場所を好むってだけよ」
「そういうものなんだ」
「この世界って、私達の世界のオカルトが通じない事多いわよ」
「なるほどね。で、その亡者と組んでるみたいに町を攻めてる連中は何なんだ?」
ハルカさんが、亡者以上に厳しい視線を注ぐ。
「そっちの方が問題でしょうね」
ヴァイスの上でハルカさんのトリビアを聞いていたが、もう片方の南側からは所謂戦争の喧騒と呼ばれる激しい音が響いてきていた。
しかも音の方向では、炎と煙も立ち上っている。
そして亡者の群れは、幽霊などのごく一部を除いて堀を越えられそうにないので、まずは戦争状態になっている南の橋に様子を伺いに向かうことにした。
ヴァイスのボクっ娘とライムの悠里が、手信号などで合図を送りつつ、まずは遠巻きに南の橋の辺りの様子を探る。
「あんまり近づかないでね」
「うん。神官だけじゃなくて、ボク達も人同士の争いに手を貸しちゃダメだからね」
「戦闘中だから、街中に降りる訳にもいかないわね」
「それじゃあ、せっかく来たのに何もせずに帰るしかないのか?」
「亡者を鎮める分には構わないわよ。とは言え、本来それをする神殿騎士団が見当たらないのが解せないわね。あの靄のせいなんでしょうけど」
オレの懸念に、ハルカさんは深刻そうな表情のままだ。
「そもそも、亡者の群れがいるのに戦争続けてるとか有りえないよ」
前を向きながら話すボクっ娘の声からも、相当非常識な状況なのだろう。
しかし当面気になるのはオレ達自身だ。
「オレ達が敵と思われたりしないかな?」
「色が白くても、いきなり巨鷲を攻撃するバカはいないよ。普通ならね」
「けど、見た感じ、攻め手の方に旗が見えないわ。シズ!」
少し離れていたシズさんに、ハルカさんが鋭く問いかけると、すぐにライムがスーッと横滑りで近づいてくる。
「近隣の国々の旗や印は見えない。魔法で知覚を拡大して見たから間違いない!」
シズさんも心得ていて、すでに探知済みだった。
あとはテンポ良くハルカさんとシズさんの問答が続く。
「どこの軍隊かしら?!」
「装備が雑多だ。傭兵だろう。傭兵団らしい印は幾つか見えた!」
「他には?」
「見えていると思うが、ゴーレムらしいものも数体。ただし、大きな獣か魔物の骨でできた急造のゴーレムだ。ノールの荒れ地で骨を集めたのかもな!」
「魔物や魔獣は?」
「人が使役する小物以外はいないと思う。どうする?!」
相変わらずシズさんの見立ては的確だ。
ハルカさんが少し考えるが、明確な答えは見出せなかったようだ。
「ランバルト王国の神殿か、ここに来ているはずの神殿騎士団と接触できればいいんだけど、戦争状態じゃあ取り決めで空から街に入るわけにもいかないわ!」
「だが、何が起きているか知らないと、何もできないぞ!」
「いっそ、戦場の上空に行ってみるか? 両方の反応で何か分かるんじゃないのか?!」
「どうしていつも、無鉄砲なこと言うの!」
知恵者二人の言葉を聞いてのちょっとした思いつきだけど、ハルカさんのお小言を頂いてしまった。
けどボクっ娘は、こちらに顔半分向けニヤリと笑みを見せた。
「でも、いい手かもよ。向こうからこっちに弓をひいてくれれば、それで神殿の敵になるから、蹴散らしても文句言われないよ!」
ライムの背に乗る悠里とシズさんも、ボクっ娘の意見に賛成のようだ。
全員の顔を見たハルカさんも、それで踏ん切りがついたように軽くため息を漏らす。
「なるべく低空で戦場の反対側からゆっくりと近寄って、あの辺りに降りましょう」
「神殿の旗も忘れるなよ」
「もちろん。じゃあ、慎重にお願いね」
そう言ってハルカさんが、彼女の前でヴァイスを操るボクっ娘の肩を軽く叩く。それにボクっ娘が、ほんの少し後ろを向く。
「あいよご主人様!」





