334「ランバルトへ(1)」
ハーケンに戻って来てから、オレ達の『アナザー・スカイ』での日常は平穏だった。
それらの日の事はまたの機会に譲るが、ビギナーを引率して1泊2日のプチ冒険に出かけたり、その間いつも世話をかけてるハルカさんにお休みを取ってもらったりした。
中でも一番の出来事は、『アナザー・スカイ』の方でタクミがシズさんに積極的なアプローチをかけ、そして恐らく玉砕した事だろう。
ハルカさんからのデートのお誘いを半ば断って協力したのに、友人としては残念な結果だ。
もっとも、ここでオレがしたのは、それとなく二人になれるようにみんなを誘導したくらいだった。
けど、今後人間関係がぎすぎすしなければ大きな問題はないだろうと思えるくらいに、オレ自身もコミュ強な気持ちになれていた、と思う。
そしてタクミをハーケンに連れて来てから5日後、『帝国』の飛行船が本国に戻るのが延期になったと言う話を聞いた日の事だった。
「ランバルトに赴いた神殿騎士達との連絡が取れなくなっております。さらにランバルトの王都へも、入れなくなっているとの事です」
いつものように、街の中央にある大広場の一角でみんなとブレックファーストに洒落込んでいたら、神殿の黒い地味な法衣を着た人がハルカさんを見かけて耳打ちしたのだけど、オレの高性能な耳はその言葉を聞き逃さなかった。
なお、知らせがあったのは、ハルカさんを頼ったとかではない。
念のためハーケン滞在中は緊急事態や重要事項は知らせるよう、ハルカさんが神殿に頼んでいたからだ。
相変わらず真面目だと思うと同時に、これは面倒ごとだと直感した。
ハーケンの神殿騎士団が旧ノール王国のランバルト国境近辺に出かけて早5日。
ハーケンから自前の船で行って到着してから昨日までは、天馬などによる連絡は取れていたので、いきなり連絡不通というのは考えられないそうだ。
しかしその話を聞いたところで、ハルカさんが神官として何か行動出来る訳ではない。
神殿と既にオレ達を招待したような形の『帝国』は、空皇の聖地へ向かえと言っているに等しいからだ。
神殿巡察官としての役割も、文字通り見て回るのが役目で、亡者や魔物の鎮定は出くわした場合に限っている。
しかも、なまじハルカさんの位が上がっているので、大神殿規模の組織でないと簡単に要請もできない。
そしてハーケンの神殿は、神殿騎士団が駐留しているが大神殿ではない。
立場上、見ているしかないと言うのが現状だ。
けどハルカさんは、見ているだけが出来る性格じゃない。
それでも躊躇するのなら、例え過去形であったとしても、シズさんが大きく関わっている事だからだろう。
オレ達も、シズさんには出来る限り過去の事を触れて欲しくないと思い、このまま『帝国』に出発する方がいいと考えていた。
「ランバルトに行ってみよう」
シズさんが、カップを置くときっぱりと言い切った。
その言葉に、テーブルを囲んでいたみんながシズさんに注目する。そしてそれぞれ何か言いたげな表情を浮かべるも、誰も口火を切れないでいる。
だからだろう、シズさんが言葉を重ねた。
「『魔女の亡霊』が出ると聞いた上に、事態が簡単に解決しないというのなら、私自身の手で見定めるなりケリを付けたい」
「……いいの?」
「ハルカも行きたがっているんだから、私の言葉は渡りに船だろ」
シズさんが軽くおどけた表情を浮かべる。
そしてその言葉に、ハルカさんも苦笑するしかない。
「そ、それは、ちょっとは気になってたけど」
「なら行くべきだ。ここ数日、私達はらしくなかったんだ。この仲間になって、面倒事に首を突っ込み続けてきたのに、今更目の前の面倒事を無視しても、らしくないだろ。違うか?」
「シズさんにそう言われると、お株を奪われた気分だね」
「わ、私はみんなとなら、どこにだって行きます!」
「なら決まりね。で、いまだ黙ってる雄ライオンはどうするの?」
みんなが名乗りを上げていったので、すっかり乗り遅れてしまった。
ただ、今まで主にオレが首を突っ込んでいた気がするので、本当にこれでいいのかという気分はまだ強い。
しかしみんなの視線が注がれてしまうと、オレだけ躊躇しているのもどこかバカバカしい気がする。
だから、シズさんに顔ごと視線を向けて口を開いた。
「いつも通り天然で無茶するだろうし、勢いに任せて全部たたき壊しちゃうかもですけど、いいんですね?」
「ああ。いっそ、『魔女の亡霊』の伝説なり悪評ごと叩き壊してくれ。その方が清々する」
莞爾とした笑みで答えが返ってきた。まるでオレが初めてシズさんの神社を訪ねた時のようだ。
そしてこう言う時のシズさんは、美人なのに男性的と言える笑みまで似合っていた。
方針が決まると行動開始は早かった。
もともとハーケンを発つ準備はしていたが、行き先のランバルトはヴァイスやライムの羽で2、3時間。朝食後に発てば、昼前には到着できる距離でしかない。
ただ、断りを入れるべき人達がいるので、それが済んだら出発だ。
「ランバルトに行く? 何しにって、そりゃ聞くまでもないかー」
「だな。でも丁度良かったっしょ。『帝国』から冒険者ギルドに、ランバルト周辺の調査の支援要請が出たところだったんだわー」
「てことでー、皆さんはギルドの先遣隊って事にしてもらうけど、ノープロブレム?」
冒険者ギルドに行くと、自警団のウェーイ勢のハルトさんとトールさんに出逢う事ができた。
しかも、ちょうどいいタイミングだったようだ。
「それでいいわ。けどそれなら、手続きとか裏方はお願いしていいのかしら?」
「もちろん。てか、皆さんってばさ、先遣隊ってよりほぼ本隊だよね」
「そんな事ないですよ。で、本隊はいつ出ます? というか、いつ着きますか?」
そして見た目に反して真面目で仕事もできる二人なので、こっちは心置きなく出向けるというものだ。
それでもノヴァでも色々あったので、足並みを揃える事を意識するようにした。
そしてオレの質問に、ハルトさんがニヤリと笑う。
「夕方には到着するんだなー、これが」
「飛行船でも手配できたんですか?」
「惜しい! なんと依頼主の『帝国』が飛行船を出してくれる事になったんよー、ヤバイよな」
相変わらずリアクションが大きい。
「なんでも、『帝国』も既に調査隊を送り込んでっけど、こっちも音沙汰なしなのに、調べるにしても手数が足りないんだとさ。マジ、ヤバげだぜ」
「ボク達『帝国』商館に厄介になってるけど、そんな話聞いてないよ」
ボクっ娘の言葉に、トールさんが少し考える。
「君らお客さんだから、きー使ったんだろ。それよりいいの? うちらは助かるけど、そっちは『帝国』に巡礼なんしょ」
「別に期日があるわけじゃないし、のんびりと行くから大丈夫よ」
「のんびりで危険地帯に向かうとか、相変わらずヤバイね。で、いつ出るの?」
「今からよ。昼には現地に入るわ」
「仕事、早っ!」
ハルカさんの即答に、ウェーイな二人が乾いた笑いを響かせる。
まあ、即断即決即実行とまではいかないが、拙速は尊びたいところだ。
しかしもう一人、話をつける相手がいる。
「タクミ、これから急用でちょっと出掛ける事になって、稽古とか無理になった。悪い」
「どこに行くんだ?」
「すぐ近くのランバルト王国。色々ヤバいらしい」
「で、そのヤバいところに進んで行くのか? 相変わらずだな」
いつも部活などで聞いていたことを実際に始める場面に出くわしたからか、タクミも苦笑気味だ。
「返す言葉もないってやつだな。けど、オレ達にも関わりあるかもな事なんでね。あ、これオフレコな」
「オーライ。で、足手まといは、ついて行かない方がいいよな?」
「状況が分かるまではなぁ。あ、でも、冒険者ギルドから同じ場所へ調査の為の本隊が出るから、それには参加できるかも。詳しくは自警団の人に聞いてくれ」
「リョーカイ。メンバーと話して決めるよ」
「うん。それがいい。じゃあな」
「タクミン、バイバーイ!」
「頑張ってな!」
タクミの声援を受け、冒険者ギルドを後にした。
しかし、スムーズにランバルトに行く事は出来なかった。
この飛行場は、前回の騒動もあるのでオレにとっては縁起が良く無い場所なのかもしれない。





