314「ハーケンでの夜」
「なるほどなー、相変わらず兄弟は大冒険を満喫してるなあ」
ジョージさんがやや感慨深げに話す。
羨ましいといった感じだけど、魔物との戦争に巻き込まれたのだからそうでもないと思う。
「そうだな。俺達は地味な新入り探しだからな」
「これも自警団の勤めの一つよ」
「ですよね。それに探すのは、思ってたよりやりがいありますし」
「違いない」
夜もかなり更けてきたところで、ようやくこの話題にたどり着けた。
みんなも少しホッとしている。
というのは甘かった。シズさんが、いつになくかなり出来上がっている。
(道理で、いつもより口数が少ない筈だ)
ハルカさんも同じ気持ちなのか、シズさんを見て小さく溜息をつくと、気持ちを改めてマリアさんの方へと顔を向けた。
「マリ、それで大量召還はどんな感じ?」
「そうねえ、前回の満月辺りにかなりやって来たわ。お陰で大忙し」
「早い人は、その前の満月辺りから来てます」
「今日も一人見つけて、ここまで連れて来たところだ」
「お疲れ様」
マリアさん達に、ハルカさんが代表して労う。
こちらは好き勝手に飛び回っていたのだから、確かに羨ましく思いもするだろう。
「そう言えば兄弟のダチが来るんだったな」
「はい、その辺の話もお聞き出来ればと思って」
そこで4人が顔を見合わす。
そして代表してマリアさんが口を開いた。
「今のところ、ショウ君達をご指名してきた男の子はいないわ」
「昨日聞いた限りではかなりヤバげなので、もしかしたら今日辺りに旧ノール王国の辺りに出現しているかもしれないんですよ」
他にもオレは渡せる情報を提示してみるが、全員の表情からするとタクミはまだのようだ。
「俺達は、ここ数日はこの辺探してた。それにハーケンを根城にしてる『ダブル』のかなりも、交代でこの辺りを中心に探してる」
「今日の段階だと、ノールやアースガルズに行ってるのは、あの辺でも魔物退治のついでに探している2、3パーティーだけだな」
「旧ノール王国辺り以外でも、発見報告は幾つか上がってますよ」
「どちらによ、出現してから現実で情報を聞き出すだけ聞き出して向かうべきだろう」
探し慣れているのか、すぐにも聞きたいことの大半は聞けた。
こっちのみんなに顔や視線を向けると、悠里以外は小さく頷くなどした。悠里はよく分からないと首をかしげる。
「明日向こうで当人に聞いてきてから、北に向かうかは決めようと思います」
「それがいいだろうな。で、向こうでは確実に会えるのか?」
「明日から新学期ですし、向こうならスマホでどうとでもなりますよ」
「それもそうだな。こっちでもスマホがあればなあ」
ジョージさんの言葉に、みんな苦笑いだ。
しかしそれで話はついたので、その後もしばらく騒いでからクロが手配した宿へと向かった。
向かった宿は、ここを発つ日に泊まった宿だった。
「こいつとハルカさんが同じ部屋とか、やっぱりあり得ない!」
その宿の一室で、そう叫ぶのは悠里だ。
場所は、クロがチェックイン手続きした宿の2部屋のうちの片方。
このところハーケンの街全体で宿が盛況らしく、同じ宿で5人分の部屋が取れたのはこの宿だけだった。
そして2人と少し無理矢理3人で分かれる部屋割りになるのだけど、そこで悠里が切れていた。
オレと女子達で分かれられたらよかったのかもしれないが、1人部屋も4人部屋も無かった。ついでに、俺だけでもと思った大部屋や雑魚寝の宿や部屋もなし。
ちなみにクロは宿を取るだけ取って、ここにはキューブの姿でオレの懐の中で、宿の人に見られたらアレなので今もキューブのままだ。
未だあまり活躍の場がないアイは、宿の人にもゴーレムとして話を通してあるので部屋で置物状態だ。
「悠里ちゃん、クロが同じ宿で5人一緒はここしか無いっていうから仕方ないでしょう。それにシズはもう寝てるし、二人部屋の組み合わせを考えたら、レナや悠里ちゃんとショウを一緒ってわけにもいかないでしょ」
「けどハルカさん、私は親しき中にも礼儀ありって思います!」
「ユーリ、エルブルスじゃあ二人は一緒だったのに、何で今更?」
ハルカさんもボクっ娘も少し困り顔だ。
しかし悠里は、特にボクっ娘に強めの視線を向ける。そしてそれだけで、少し察せてしまった。
取りあえずオレは、余計な事は言わない方がよさそうだ。
「あれは立場上仕方ないだけじゃん。それに、私はあれもちょっとイヤだったし」
「ユーリ、それは3人の問題で、ボク達が何か言っちゃダメだよ」
「レナはいいの? レナだって」
何かを言いかけた悠里に、ボクっ娘は静かに首を横に振る。
「ボクは、ハルカさんと最初に会った時に受け入れているよ。ユーリは、まだちょっと心の整理がついてないだけだよね。もうちょっとだけ、2人、ユーリの場合は3人か。3人の事を見守ってあげようよ」
ボクっ娘が悠里を諭す姿は、ちょっとお姉さんっぽい。
悠里もボクっ娘に言われると引き下がらざるをえないみたいだ。しかし「それでも」ってところが、悠里はまだまだお子様なところだ。
やっぱりと思ったが、拗ねてしまった。
「けど、けどぉ……こいつなんて、その辺で寝ればいんだよ!」
「ユーリちゃん」
オレは今夜は別の宿いいと思って声を出そうとしたところで、ハルカさんが少し強めの声をかける。
本来ならシズさんもフォローをしただろうが、空の旅のせいで酔いの回りが早かったらしく、すでにベッドで寝息を立てていた。
やはりこここは、オレが何とかするしかなさそうだ。
「いいよ、ハルカさん。オレは別の宿か冒険者ギルドの仮眠室借りてくる。1人なら、どうとでもなるだろ。レナ、ユーリを頼むな」
「さ、最初からそうすればいいんだよ、このクソ!」
悠里のいつもの声を浴びつつ部屋を出る。
そうすると「待って! レナ、後お願い」とハルカさんが追いかけてきた。
そしてそのまま二人で、悠里に聞こえないところまで進んでいく。
「ごめんな、悠里も悪気はないんだよ。多分というか確実に、向こうのレナに義理立てしてるんだと思う。毎日あいつも会ってるし、オレ達がデートしたことも知ってるから。ま、単にオレへの嫌悪感かもしれないけど」
「私こそごめんなさい。私のユーリちゃんへのコミュニケーション不足ね」
ハルカさんの力ない笑いというのも珍しい。
「その辺は頼む。けど、謝ることないよ」
「そう? けど、頼まれるまでもないわ」
「そりゃ何より。で、どこまで付いて来るんだ?」
そう、もう宿を出てしまっている。
狭い空には、大きなお月様もいつもの様に輝いていた。
「私もユーリちゃんも頭を冷やした方がいいから、少し歩くだけよ」
「なら付き合うよ」
「当然でしょ。夜に女の子を一人で歩かせないでよ」
「この街の表通りなら大丈夫そうだけどな」
その後しばらく歩くが、街の中心の広場はまだそれなりに賑わっている。
「この時間でも明るいんだな」
「ハーケンは北欧で一番栄えている商業の街だもの。大きな国の都でも、商業が盛んでないと寂しいわよ」
彼女の言葉に、フリズスキャールブを思い出す。
綺麗な街だったが確かに静かだった。
それに比べてハーケンの中心部は、夜をかなり回っても賑やかだ。
「どっかで軽く飲んでく?」
「なに、そのオッサン的誘い方」
ジト目で見られた。
おしゃれな店に気の利いた誘い方でもすれば良いんだろうか。
けどそれも一瞬。
「ま、少し時間を潰した方が良いし、付き合うわ。広場に行きましょう」
そう言って先に歩き出した。
少し前までジョージさん達と食事していた広場は、まだ多くの人が飲んだり騒いだりしている。
冬以外はオープンカフェ状態で、周辺には出店を含めてまだ営業している店も多い。
そこでつまみと酒を調達して、少し人の少ない机に移動する。
月は欠けいる上にあまり高い高度にないので、明かりの大半は街明かりだ。
そこにハルカさんが、自前の魔法で明かりを付ける。
「いつ見ても、魔法って便利だよな」
「そう思うなら、このくらいの魔法は習得する事ね」
「うん。生活魔法だっけ。あれは暇を見つけて教えてくれ」
「シズに教えてもらう方が確実よ。多分、私より沢山知ってるし」
「そうなんだ。それで、生活魔法ってどれくらいあるんだ?」
何となく始めた会話だけど、意図して本題と言える話題に触れないのはお互い様で、そのまま半ばどうでも良い会話が続く。
しかも前にも話したような内容だ。
「生活魔法は基本第一列でも構築の簡単なやつで、さらに戦いや特殊技能に関わらないやつね」
「発火とか浄水だよな」
「あとこの灯りだけど、大抵は用途と規模に応じて何種類かあるわね」
「そういえば明るさとか違ってるな。あとは、この清浄化の指輪もその系列だよな」
「ええ。指輪は上位魔法を封じてあるし、ある程度魔力量を持つ人じゃないと意味ないものね。生活魔法は、小さな魔法陣の範囲を少し身綺麗にする清めの魔法。浄水は水を綺麗にするけど、それと同列になるわね」
「なるほどね。けど、そうやって考えると意外に種類は少ないのか?」
「そりゃそうよ。魔力持ち自体が、弱い者でも100人に1人よ。大体、生活魔法と言ったところで、神官や魔導師が使う魔法だもの。しかも相応に勉強と鍛錬を積んだ上でね。だから生活魔法も便宜上の分類。初歩魔法のカテゴリーに含まれる事もあるわね」
「とにかく魔法陣を作ってみる、みたいなやつ?」
「そうそれ。少しは出来るようになった?」
「全然無理。それよりも今は、もっと剣技を磨いときたいな」
「そ。まあ、精々私の守護騎士としてがんばりなさい」
小一時間もそうしていただろうか、買い込んだ酒もつまみも無くなると自然と立ち上がり、オレの宿も確保して宿までハルカさんを送る時だった。
二人で並びながらも無言で歩いていたが、再び口を開いたのはハルカさんの方だった。
横目で、少し探るような視線を送ってくる。
どうやら本題に入るらしい。
「で、向こうのレナとは、本当に手を繋ぐ以上してないのね」
「こっちでの事以外はね。……まあ、雰囲気的にはそれ以上いけそうだったけど、そういう場所が見つけられなくてな」
「それは前に聞いた。けど、中学生じゃあるまいし」
わざとだろうけど、少し呆れ口調だ。
「半年前は二人とも中学生だったよ」
「そっか。二つ下だったわね」
そう言いながら、彼女がオレの手を取る。いわゆる手を繋ぐモード、当然素手だ。
オレが手を見てさらに彼女の顔を見ると、彼女も今まで前を向いていた顔をこちらに向ける。
「何?」
「いや、何か新鮮で」
「そう言えば、手を繋いで歩くってしてなかったわね」
そう言って前を向いてしまう。
改めて事実に気づいたせいか、ちょっと頬が赤い。
「もっとエロい事はしてるのにな」
「うわっ、ムードぶち壊し。サイテー」
ジト目でそう言いながらも、手を離そうとはしない。それどころか、自分の5本の指をオレの指の間に入れてきた。いわゆる恋人繋ぎだ。
「これはした?」
「普通繋ぎしかしてない」
「じゃあ次は、向こうで最低でもこれくらいしてきなさい」
オレの言葉に少しドヤった顔をする。
どうやら少し機嫌は良くなったようだ。
「これ以上はあり?」
期待を込めて聞いてみる。
当然だけど、目線もハルカさんの顔に据える。
なんだか以前のオレは少し昔に流行った草食系以下の存在だったが、すっかり肉食系になった気がする。
そして当然のような反応が返ってきた。
「呆れた。ユーリちゃんがレナに義理立てしてるのに。今日はこれ以上なしよ」
「えーっ。じゃあ、オレの猛った心をどう沈めればいいんだよ」
「もうっ、仕方ないわね」
そう言って顔を急接近させると、唇に軽くキスをしてきた。
夜とはいえ街中で堂々と、というシチュエーションは、さらに一歩ハルカさんとの関係が進んだと思っていいのだろうか。
そう思ってさらにその先を期待したが、その日は彼女を再び宿まで送って終わりだった。
突然のキスは、向こうで公衆の面前の前で何も出来ないお子様達への、お手本でも見せてくれたのかもしれない。





