313「再びハーケンへ」
オレと悠里の試用期間中の卒業祝いも兼ねた祝勝会から以後数日間は平穏だった。
次の日の朝、レイ博士の館からホランさんら家臣の人達はエルブルス領へと帰っていった。
女性陣が知らない荷物をラルドさんの指示で大量に抱えていたが、オレが博士に色々頼んだと言ったら「あっそ」の一言で済んでしまった。
オレより博士の扱いが低過ぎる気がする。
けどその博士は、ノヴァでの仕事とか諸々をすぐに片付けて、可能な限り早く自らもエルブルスに行くと言っていた。
リョウさんのパワーレベリングとかどうするんだろうと思えるが、オレが気にしても仕方ない事だろう。
オレ達も家臣の人達を見送ってからノヴァを出発し、ギリシア辺りを通る迂回経路で、2日かけてアクアレジーナまで出た。
そこで少し観光を楽しんだ上で一泊し、またイタリアンを堪能した上でユニパー (アルプス)山脈の合間を抜けて、ウィンダムには寄らずに一気に浮遊都市ハーケンに夜になるまでに到着。
リアルでは次起きたら新学期だ。
なお、家臣の人達は慣れているのか、別れに対して結構淡白だった。
逆にレイ博士にはかなりしつこく引き止められたが、大巡礼で東に向かう時にまた立ち寄ると言う事で許してもらった。
家臣の人達にも、大巡礼の途中で立ち寄ると伝えてあったので、淡白だったのかもしれない。
何より淡白に見えたのは種族や習慣の違いもあるのだろうし、ハルカさんも「あの人達はいつもあんな感じよ」と気楽に言っていたので、気にする事でもないのだろう。
そして諸々を経て、懐かしく感じるファンタジックな情景が眼前に迫って来る。
「なんか久しぶりに感じるな」
「たいして経ってないのにね」
「この世界だと、月は二周してるよ」
ボクっ娘の言う通り、月が二周イコール二週間なのがこの世界だ。
「そう言えば、『ダブル』は満月の日の出現率が高いって言うわね」
「てことは、3日か」
「3日?」
「あ、ごめん。向こうの暦だった。明後日な」
オレの不用意な言葉に、ハルカさんはゆっくりかぶりを振る。
飛びながらの空の上なので、ロングヘアーが後ろのオレにまで風に流されてきて少しくすぐったい。
「ううん。把握するようにしてるから大丈夫よ」
「ボク、もう向こうの暦が分からなくなってきてるなー。気をつけないと」
「日記が良いわよ」
「日記つけてるんだ」
ボクっ娘が、一番前からぐーっと斜め上周りな感じで振り向く。背丈が同じなら見下ろす感じだけど、ハルカさんとも10センチ以上違うので、それでちょうどいいくらいだ。
「ええ、そういう魔導器があるのよ」
「へーっ、どんなの? 今度ボクも買うよ」
「日記用というより諸々の記録用で、小さい水晶玉みたいなやつ。多分、ハーケンでも手に入るわ」
「どうやって書くの?」
「魔力を通すと半透明の紙みたいな膜が出てくるわ。そういうヤツ見た事ない?」
「似たようなものならあるかも」
接近しつつある浮遊都市ハーケンを見つつ、ヴァイスの上でオレ、ハルカさん、そしてライダーのボクっ娘とのんびり話しながら空を進む。
すぐ隣には悠里が操るライムが飛んでいて、シズさんと甲冑姿のアイを乗せている。
クロはオレの懐の中で、新たに手に入れたオレンジ色のキューブも、ハルカさんが魔法の布で作られた丈夫すぎるポーチの中にしまっている。
オレもクロ用に使っているが、魔力の放出を抑える効果があるので、魔石や装飾品タイプの小さな魔導器を隠すのにも向いている逸品だ。
他にも幾つか、ノヴァで便利アイテムを買ったりレイ博士から譲ってもらっている。
なおオレ達の前には、この街の警備隊の翼龍が先導している。
事前連絡なしでも、敵意がない事を示して何度か空の上でやり取りをすれば、特に問題なく入る事ができる。
ただし複数の場合は、事前に連絡する方が角が立たないらしい。
それに、ハーケンの街は夜に空から近づく事は禁じられている。破れば、警備隊に攻撃されても文句は言えない事になっている。
そうして、夜を迎えつつある浮遊都市ハーケンの飛行場へと入って行く。
お金のある都市の夜はかなり明るく、すでに色々な明かりが灯っている。さらに空には夕陽の残滓、逆側にはまだ薄っぺらいながらも大きな月も出ていて、かなり幻想的な光景を作り出している。
飛行場に降り立つと、飛行船や大型飛行生物の数が以前より多かった。
この街ではヴァイス以外に初めて巨鷲を見たし、飛龍も龍舎で休んでいた。
鳥舎と龍舎は別々なので、ヴァイスとライムは別々の場所へと、飛行場の係員の誘導に従って入って行く。
そして悠里とボクっ娘が諸々を終えるのを飛行場のロビーで待つ間に、今後の予定を再確認する。
「冒険者ギルドは今日のうちに顔出しとくか?」
「9つの鐘も鳴ったし、この時間だと通常業務は終わってるわね」
「顔見知りがいるかもしれない。顔くらい出しておいていいのでは?」
「ネット上では、北の方での大量召還が始まっているって書き込みも見かけたし、何か情報があれば早朝から動けますからね」
「じゃあ、予定通り冒険者ギルドに行きましょう」
「再会を祝してかんぱーい!」
「「かんぱーい!」」
その小一時間後、街の中央の広間の一角で、みんなして杯を掲げている。
というのも、飛行場から冒険者ギルドに向かう途中で、マリアさん達4人に再会したからだ。
こっちは相応の荷物だけど、クロも実体化させてあるので宿の手配と荷物運びをクロとアイに任せて、こうして久しぶり、といっても約2週間ぶりにテーブルを囲む事になった。
「えっと、いつ以来だっけ?」
「もう忘れたの? 流石バカジョージ。ハルカさん達がここを発ったのが8月14日の朝だから、17日ぶりよ」
やっぱり『ダブル』は、こっちの暦より向こう、現実世界の暦で数えるのが普通のようだ。
ハルカさんが気をつけるわけである。
「まだそんなもんか。こっちは色々忙しいから、もっと経ってたかと思ったぜ」
「向こうじゃあ、まだまだ夏休みだしな」
「いいわね大学生は」
ジョージさん、サキさん、レンさん、そしてリーダーのマリアさんは相変わらずだ。
そしてムードメーカーのジョージさんが、「で?」と悠里に視線を注ぐ。
「武勇伝を聞く前に、紹介してもらっていいか」
「名乗るなら自分からだろ。俺はレン。まあ軽戦士だ」
「ホント、バカジョージなんだから。あ、私はサキ。見ての通り魔法使いで、ノヴァの魔法大学出です。よろしくね」
「私はマリア。魔法戦士よ。アを抜くと向こうの名前になるわ」
「で、俺達のリーダーな。って、トリは俺か。俺はジョージ、パーティーの壁役だ」
「ユーリです。竜騎兵しています。よろしくお願いします」
悠里は、オレ達よりさらに目上ばかりが相手なので、少し固めの挨拶だ。
わざわざ立って、ぺこりとお辞儀までしている。
「ご丁寧にどうも。その鱗の鎧でだいたい分かったけど、樹海で暴れたっていう雷龍のライダーでいいのよね?」
マリアさんも軽く頭を下げたあと、悠里に興味深げな視線を向ける。
「あ、はい。雷龍はライムって言います。今は飛行場で寝てると思います」
「雷龍かー。俺実物見た事ないから、暇な時に見せてくれな」
「ハイ。触ったりして遊んであげて下さい」
そしてニッコリ笑顔。陽キャだけに外面はちゃんとしている。
「マジっ! 触って良いのか!」
「人懐っこいから喜びますよ」
今度は本当の笑み。
そして「おーっ!」と、ジョージさんが酒が回る前からハイテンションだ。
「それにしても、雷龍乗りって凄く珍しいわね」
「俺は今まで見たことないな」
「ドラグーン自体が激レア職ですからね」
「ボクっ娘も激レアだよな」
ジョージさんだけじゃなく、4人とも雷龍の乗り手を前にテンション高めのようだ。
「レアっていうより、一種のユニークだしね。それにボクの知ってる限り、『ダブル』の相棒で白いのはヴァイスだけだよ」
「こっちの人だと、白いのに乗る人いるのか?」
「会った事あるよ。真っ黒もいるし」
「そもそも、シュツルム・リッターどころか野生の巨鷲ですら滅多に見ないもんな。見た思ったら、大抵ちっこい方の巨鷹だし」
「翼竜はともかく、飛龍もほとんど見ないよな」
「えっ? 私が居たところは沢山いますよ」
悠里がキョトンとした顔で、4人組に顔を向ける。
こっちに出現した場所が場所だしノヴァでも一杯いたし、そう思うのも無理はないだろう。
「どこに居たんだ? ノヴァか?」
「エルブルスです」
「世界竜がいるって言う?」
「はい。私はそこで出現しました」
「なるほどなー、ウルトラレアな雷龍乗ってるのも納得だ」
しばらく悠里の会話で盛り上がるが、悠里絡みでオレは言っておくべき事に思い当たった。
「あ、そう言えば、オレ、こいつに巻き込まれて出現したっぽいんですよ」
「どうしてそう思うの?」
「て言うか、こいつ呼ばわりって。兄弟よー、何人侍らしたら気が済むんだぁ?」
「悠里はオレの妹ですよ。で、出現日がどうやら同じらしくて。まあオレは前兆夢なしで、こいつはアリアリなんですけどね」
「「へーっ」」
マリアさん達4人が同じ反応になった。息ピッタリだ。
巻き込まれに感心しているのか、兄妹に感心しているのかはそれぞれだけど、何にせよ珍しい事に変わりないので当然の反応だろう。
そして関心がすっかり悠里に向いたので、代わる代わるに問いかけていく。
「じゃあ、ずっとエルブルスで?」
「はい。ノヴァとかには行ったことがあるけど、ハーケンは今日が初めてでびっくりしました」
「ハーケンの初見は、逆にファンタジーすぎてビビるよな」
この言葉には全員が頷くか軽く笑みを浮かべる。
「エルブルスでは何を?」
「エルブルスは周りに魔物が多いから、みんなに鍛えられてました」
「みんなねえ。あそこって竜人が居るってマジ?」
ジョージが「グイっ」と身を乗り出す。
やはり、エルブルスに行く『ダブル』は少ないようだ。
「逆に人の方が少ないですね。竜人、獣人、あと矮人で殆どです」
「師匠は竜人や獣人って事か。そりゃ鍛えられるよな」
「じゃあ、ノヴァに突然現れた援軍のドラグーンって、竜人か獣人がライダーなんですか?」
「こいつ以外みんな竜人ですよ。獣人は相乗りしてただけです」
悠里はエルブルスでの常識で話しがちなので、サキさんの質問にはオレが補足しておく。
「へーっ。あ、そう言えば、ネットでノヴァ上空を通過するドラグーンの編隊の絵を見かけたけど、あれってショウ達でいいのか?」
レンさんの言葉だけど、思わぬところからあの絵の反響が出てきた。ジョージさんも、「そうそう」と反応している。
「そうです。ちょうど街の中心を通り抜ける時ですね」
「そんな絵があるのね」
「ノヴァで絵を描いていた人か?」
「リョウさんが描いたんですよ」
「へーっ。ヴァイスは格好よく描けてた?」
みんなが絵のことに反応した。
ハルカさんとボクっ娘は見る事ができないので触れないでいたが、話した方が良かったのだろうかと思ったが、二人の表情は「へーっ」という程度なので問題もないだろう。
「で、その話題が出たところで、武勇伝なりを聞かせてくれよ。ノヴァでの噂は、ちらほらこっちにまで聞こえてきてるぞ」
ジョージさんが、言葉とともにぐっと体を前に乗り出してくる。他の3人も、大なり小なり興味深げだ。
そしてその後は、多少の脚色とオフレコを含めて話せる部分を、みんなで交互に話していった。
話していると、周りに居た他の『ダブル』もやって来て、かなりの人数が話を聞きに来ていた。





