309「博士は慈善家」
ノヴァの飛行場からレイ博士の館に戻ると、既に祝勝会というか宴会の準備が始まっていた。
後から出た家臣の人達も先に戻って来ていて、料理作りもかなり進んでいる。
だからクロも、いそいそと厨房に消えて行った。
慌てるように動くクロというのも、なかなかお目にかかれないシチュエーションだ。
そして戻って来たオレ達だけど、まずは女性陣がお風呂へと向かう。
明日の朝には旅立つ予定なので、今後しばらく日本風の湯船に浸かれるお風呂はお預けとなるので、ゆっくり堪能するそうだ。
そして入浴中はアイが風呂の入り口に陣取るので、レイ博士がちょっとだけ誘ってきた覗きも不可能だ。
家臣の人たちは、一部が食事の準備をしている他は、朝から念のための周辺の偵察に出ていたり庭で訓練をしていたりして、広間には夕方集まることになっている。
ドワーフのラルドさんは、やはり博士の工房に籠りきりだった。
そしてお風呂が交代制なので、残された形の男性陣は食事前の飲み物を飲みつつしばしオタトークとなった。
けど、やはり可愛い子がお風呂に入っているという状況は、幾つになっても妄想を刺激するものらしい。
「なあ自分、あの女子達と混浴はしないのか?」
レイ博士が、興味深げというよりエロい期待を込めた視線を送って来る。
少し酒が入っているせいか、態度も言葉も大胆な気がする。
「しないですよ。だいいち、妹も居るのにあり得ないです」
「そう言えばそうだったな。しかし、ハルカ君とつき合っているんだろ」
微妙に絡んでくるのは、酒の勢いというやつだろう。こういうところは、見た目に反して相応にオッサンだ。
「女の子同士の交流とか邪魔したらダメでしょ。クラスだったら、ハブられるどこじゃ済まないですよ」
「ほぼボッチだった吾輩には効かぬセリフだな」
胸を張って言うというところに、哀愁を感じてしまう。
「それはそれでどうなんですか」
「ま、まあ吾輩の事はどうでも良い。それよりもだ、どう見てもハーレムなのになあ」
言葉の後半が、本当に羨ましそうだ。
だからこそオレには言うべき事がある。
「一緒に危険をくぐり抜けてきたからこその関係だって、オレは思ってます」
「恋愛より信頼ってことか。なあ、リョウ君はどう思う?」
「えっ? いや、僕は彼女いた事ないんで」
突然話を振られたリョウさんが、しどろもどろになっている。やはり陰キャ仲間らしい。しかも悲しいカミングアウトを咄嗟にするところに、物悲しさを感じてしまう。
以前のオレなら共感しかなかっただろう。
とは言え、もうオレは陰キャ扱いはしてもらえないし、レイ博士にもゴーレムとは言え自我を持つスミレさんがいるんだから、話を振るのはダメなんじゃないだろうかと思える。
「しかし自分、昨日はハルカ君らに随分話しかけていたじゃないか」
「あれはちょっと浮かれてただけです。ホント昨日はゴメンね、ショウ君。皆さんにも謝っておいてくれたら助かるよ」
「大丈夫ですよ。みんな分かってましたから」
やっぱりリョウさんは、雰囲気通りの人だ。
まあ単に気弱なのかもしれない。
「まあ、出来た御仁らではあるわな。吾輩には荷が重すぎるが」
「でも、あんなに可愛い娘達が旅に同行してくれるなら、冒険に出たくもなるかもしれません」
「と、最初はみんな期待したりするもんだ。俺様の物語が始まったとな」
「ですよね。普通は『アナザー・スカイ』も現実と変わらない事に心を打ち砕かれて、妥協して暮らしますよね」
二人して遠い目をしている。
しかしレイ博士が遠い目だったのは一瞬だけだった。
「で、あるよなあ。ノヴァは奴隷も大量に買い込んでいるが、従順でカワイイ奴隷とかファンタジーだって思い知らされるし」
「解放奴隷も、こぎれいにしても精々普通ですよね」
「なあ。……だが我が輩は挫けず、ついにスミレを手に入れたぞ。故にだリョウ君!」
「は、ハイっ?!」
博士が突然立ち上がり、どこかの空を右腕を上げて指差している。
しかも左腕は腰に当ててポーズを取る様は、どこかで見た勧誘ポスターみたいだ。
「良い返事だ。明日からは修行の毎日だ。覚悟しておくように!」
「よ、よろしくお願いします!」
「うむ。全ては可愛い奴隷幼女を手に入れるまで、吾輩達の歩みは止まらんぞ!」
「は、ハイっ! エッ?」
「なに吹き込んでるんですか」
ちょうどハルカさん達が、お風呂を終えて部屋に入って来たところだった。
タイミングの悪い人だ。
入るなり、全員半目のガチの蔑みモードだ。凄い圧が込っているから全然ご褒美じゃないので、当然オレは他人の振りをしておく。
しかし、みんなの弄られキャラ化している感のあるオレを、スルーしてくれる可能性は低そうだ。
リョウさんもとんだとばっちりだけど、幸い彼女達の眼中からは外れている。
現にハルカさんの一言以外に、特にツッコミは入っていない。
レイ博士の「いや、これは、景気付けで、建前みたいなもんだ」とか見苦しい言い訳もスルーされている。
そしてオレの座るソファーのすぐ横に、ほのかに湯上りのいい匂いのするハルカさんが腰掛ける。
他の女子も、他の二人の男性ではなくオレの側か、オレ寄りの場所に陣取る。
そしてハルカさんが、横目でオレに視線を据える。
「で、言い訳は?」
「博士が突然変な事言い出したから、オレまだリアクションすらしてないって」
「本当に?」
「うん。それと一応言っとくけど、一度虐げられた人にマウント取って金で仕えさせるとか、オレのメンタルが保たないって」
「フーン」
いつも通り半目で流されが、これは本心だ。
そして女性陣より男性二人の方が、オレの発言に大ダメージを受けている。まあ、レイ博士は自業自得だ。
けど、レイ博士は不屈の闘志で反論の火蓋を、切らなくてもいいのに切ってしまう。
「せ、世界中から奴隷を買い上げ解放し、さらに権利の一つとして教育を施すのは、ノヴァトキオ評議会の基本方針の一つである。それによって、自分たちと同じ価値観を持つこちら側の人間を育て上げ、我々『ダブル』の認知度と存在感を増すことが目的なのだ。さらに質の高い市民として育てることで、国力増進にもつながっている。そもそも単純労働力の一部は、吾輩達が作るゴーレムなど魔導器の方が使い減りもしないし、コストパフォーマンスにも優れている。衣食住や公衆衛生も合わせて考えれば、ノヴァに買われた奴隷は他の国と違って虐げられたりもしないのであるぞ!」
めっちゃ早口だ。古い世代の人だけど、この人も立派なオタクということだろう。
「その理念は理解できるが、今の不穏当な発言とどう結びつくんだ?」
「『可愛い奴隷幼女』とも結びつかないわよね」
「立場の弱い人にマウント取ろうってだけじゃん!」
「おっちゃん、ちゃんと謝ろう」
フルボッコだ。
と言うか、オレに真っ当な発言をさせるために最初に弄ったのだろうか。それだと誘導尋問されたようで、博士達に悪いことをしたみたいだ。
もっともレイ博士は「みんなしてるじゃないか」と、ブツブツいらない一言を呟いている。
当然の反応が、その言葉の後で展開される。
「スミレさんの格好はともかく、レイ博士が今言ったようなことをしていないのは評価していました。けど、他の人を唆してどうするんですか、って言っているんです」
(ホラ、マジギレされた)
予想通りすぎたが、同じ男としてフォローしてあげるべきだろう。
それによって怒りの矛先の一部がオレに向いても、オレなら後でフォローもできる。
「あのレイ博士、お金持ちなら善意だけで助けて十分な衣食住と教育と勤め先を与えるとかしないんですか?」
「それくらい、ずっとしてきている」
「そうなんですか?」
「吾輩、ゴーレム販売でウハウハのセレブの勝ち組だからな。他の『ダブル』に僻まれぬよう、納税以外にもノヴァ政府、孤児院、学校、神殿、その他諸々への寄付は欠かしたことがないぞ」
「めっちゃ凄いですね」
「うむ、もっと褒めてくれ。誰も彼も、吾輩が金を出すのが当然という顔をするのだ。まあ、ノヴァの上の連中がスミレの格好に文句言わないのは、寄付の威力であろうがな」
「一言余計ですよ」
(あ、博士へのハルカさんの口調が少し柔らかくなった)
まあ、当人が言ったような寄付をしてきているのなら、不穏当な発言くらいは大目に見てもいいだろうと考え直したのだろう。公の場でもないし。
しかしご不満の御仁もいるようだ。
「与えるだけでは、ただの施しだ。『ダブル』が言う社会保障という概念がないこの世界では、何かの対価か代償を払って手に入れるものだ」
シズさんの言葉は、この世界の住人としての言葉のように思えるが、これはもしかしてリョウさんに聞かせるためだろうか。
相変わらず芸が細かい。
「だから、ブラックにならない程度に働かせているではないか。兵役もその一つだ。樹海跡の開拓だって似たようなもんだ。
だいたい、なんで吾輩がこんな場所でせっせとゴーレム達に樹海を潰させていると思っているのだ」
「へーっ。ハルカさんが交流を維持してるだけあって、ダメ人間じゃないんだ」
悠里が素で感心している。
しかし相当の目上を前に、直接のその言葉はどうかと思う。
「実はレイ博士って、凄い慈善家?」
「加えて篤実家とも言って欲しいぞ、レナ君。謎の虎獣人を装った孤児院へのクリスマスプレゼントとお年玉も欠かした事はないからな」
博士の言っている言葉は半ば自慢もしくは褒めて欲しいという前提の発言だけど、年少組が意外に感心している。
オレだってかなり感心してる。
そしてリョウさんも深く感心していた。
「博士はそういう事を教えるために、僕にあんな妙な煽りをしたんですね」
「え、あ、まあ、そういう事であるぞ。ハルカ君のキツイツッコミがなければ、順番に似たような事を話して諭すつもりだった。現に見ろ、吾輩大金持ちなのに、使用人に解放奴隷は使わずゴーレムだけであるぞ」
「それ、人付き合いが嫌なだけなんじゃあ」
悠里がすかさずツッコミを入れる。
「い、いやいや、自分らとはこうして普通に話しているではないか」
「普通ですか?」
「……だと思うのだが」
「けど、あんまり人の目を見て話してませんよね」
「そ、それは勘弁して欲しい。圧の強い視線は苦手なのだ」
悠里のイノセンスなツッコミの連打は、ボクっ娘以上の破壊力だ。
実はさっきから、料理のワゴンを押してきたスミレさんが、博士に見えないようにやり取りを凝視している。
これはツッコミの経験値を貯めているに違いない。
しかし、彼女が広間に来ているという事は、宴会の時間も迫っているという事だ。
さらに館の外と玄関辺りが騒がしくなって来た。家臣の人達が戻って来たのだ。
みんなも部屋の外の様子には気づいていたので、「とにかく、人前であまり不穏当な事は言わないでくださいね」とハルカさんが釘を刺して、今ひとつ締まらない話は終わりとなった。





