306「シズさんの秘密(2)」
そして道中と公園内を手をつなぎながら、なんでもない事を話しつつ歩いていく。
公園内は、まだそれなりの暑さのせいか人影は多くはない。それに学生はまだ夏休み中だけど、今日が平日だからだろう。
そんな人影の少ない大きな公園を、二人並んでゆっくりと歩く。
少し会話が途切れていたが、玲奈が再び口を開いたのはそんな時だ。
「……ねえ、向こうでもデートとかするの?」
「ハルカさんと?」
彼女は前を向いたまま小さく頷く。
それに対してオレは、首をゆっくりと横に振る。
けど、内心は冷や汗だ。いや、すぐに心臓がバクバクしてくる。
ここでその話を振ってくるのかとも思ったが、ちゃんと話すと言っているし、その上聞かれたんだから話さないわけにはいかない。
「最初の頃の2人旅の時はちょっと違うだろうし、ちゃんとしたデートはないなあ。ただ、講演会では話してないけど、エルブルスの領地に居る間は、領主の部屋で一緒に寝てたんだ」
「巡回の時みたいに? べ、ベッドは?」
「実は同じ。けど、凄く大きいから端と端で寝てるし、エロいことはしてないから」
「そ、それでも同じベッドなんだ」
(まあ、そういう反応になるよな。けど、ここで話を切るわけにもいかないよな)
「部屋には他にベッドもないし、家臣や領民の手前、別にベッド用意したり違う部屋ってわけにもいかないから……て言うのは、言い訳だよな」
「う、ううん。え、えっと、他はキスだけ?」
「ハグも」
「そ、それ以上は」
「ない。けど、これは信じてもらうしかない」
「う、うん。それは信じる」
「それと、ごめん」
全部吐き出したあと、すかさず頭も下げる。
何しろ初デートのオチで、この話だ。半ば成り行きの結果とはいえ、酷い話もあったもんだと、我ながら落ち込みそうだ。
しかしオレが頭を上げた時の玲奈の表情は、幾分落ち着いていた。
そしてオレの顔を見て、静かに首を横に振る。
「う、ううん。ショウ君が謝ることじゃないよ。それに謝っちゃダメ。もともと、私とハルカさんで決めたことだから」
「けど、今話すことじゃなかったとは思ってる」
「聞いたのは私だし、覚悟はしてた筈なのに、私の方こそゴメンなさい」
「いやいや、レナが謝ることじゃないだろ」
「それじゃあ、これでおあいこ」
そう言う玲奈の顔は、意外にスッキリした表情だ。
ヘタレのオレより、女の子方がメンタルはずっと強い。
しかもさらに言葉が続いた。少し顔を下げているので眼鏡越しの上目遣いの目に、少し違う感情がこもっていた。
「……そ、それでも、ショウ君が埋め合わせしたいなら」
「なんでもする、とまでは言っちゃダメだろうけど、それってオレにとってはご褒美だと思うんだけど」
「わ、私もご褒美欲しい……」
オレのダメな発言に対して、彼女は小さな声で返してきた。
そんな事言われたら、もう我慢できなくなるレベルの言葉だ。
「ショウ君、手、ちょっと強い」
思わず握っている手に力が入っていた。
「あっ、ゴメン!」
すぐに手を離して謝ったが、これは失敗だ。
もっと彼女の手が華奢で小さい事を意識しないといけない。
「ううん、平気。でも、今エッチなこと考えてたでしょ」
上目遣いに少し悪戯っぽい目線が可愛い。
それ以上に、玲奈がそうした仕草を見せる様になった事が、彼女の内面の変化と思うと嬉しかった。
だから思ったままを口にした。
「うん。エロいこと考えてた」
「え、エロはダメ!」
「まあ、こんな人目のあるところじゃあなあ」
「それもだけど、まだ無理だから」
「そっか。じゃあ、どうしよう。とりあえず移動だろうけど、人目のつかない場所って言ってもなあ」
思いついたのは、ネットカフェやカラオケくらい。
ネットで見たこともあるが、どちらも高校生だとエロいことをする場所にもなりがちだと情報にはあった。
それに、そんな場所ではムードも何もない。
オレの部屋も家族の目は気にしたいし、連れて行くなら昼間じゃないとダメだろう。当然だけど、玲奈の家も論外だ。
そうして悩んでいると、隣でクスクスと笑い声がした。
「そんなに真剣に悩まなくてもいいのに」
「え、いや、明るいうちでもムードがあって人目につかない場所って、全然思いつかなくて」
「そう言うリサーチとかしてなかったんだね」
「面目ない」
「してたら逆に引いてたかも」
そう言って、またクスクスと笑う。笑のツボは分からないが、雰囲気も機嫌も良くなったのでちょっと安心する。
結局、都心部の繁華街にいるうちには、公園以上にムードのある場所は思いつかず、手だけ繋ぎ直してそのまま帰ることになった。
帰りは玲奈の方が、今までより少し強く手を握ってきたが、それ以上ということもなかった。
お互いにとってのご褒美も次の機会だ。
「ここでいいよ」
「そうか?」
「そう。まだ、家は教えてあげない」
分かれる場所は、朝と同じ玲奈の最寄駅だ。
玲奈は、珍しくちょっと生意気な感じの言葉だけど、それだけテンションが上がっているのだろう。
少なくともハルカさんとの関係を話した時のような不機嫌さはないので、オレとしては今日は成功だと思いたいところだ。
「そりゃ残念。じゃあさ、今度オレんちに遊びに来ないか? 家族に紹介するよ」
「え? まだ早くない?」
首を傾げているが、それほど否定的な雰囲気は無い。
「けど、悠里とは毎日会ってるし、かあさんも知ってるぞ」
「ど、どこまで話してるの?」
「家庭教師もあるから、その辺は一通り」
「つ、付き合ってることは?」
「悠里がバラしてる。あ、でも、悠里に他意はないから。オレを弄りたいだけだから、勘弁してやってくれな」
オレの言葉に、玲奈が脱力した感じで笑う。「仕方ないなー」と言った感じで、オレが色々言わずとも分かってくれているようだ。
「う、うん。それじゃあ、次の機会にね」
「おう。楽しみにしてる」
「私も。それじゃ、今日はありがとう。凄く楽しかった」
「オレも。じゃあ、また明日」
「うん、また明日」
お互い笑顔でバイバイできたんだから、今日は大成功だろう。
「で、どこまでいったの?」
深夜少し前、またもオレの部屋のベッドに悠里が、相変わらずの無防備な格好でゴロゴロしてる。
向こうの事をメモしてるノートを確認したいというので入れてやったが、少し油断してた。
「水族館とか色々」
「そのどこじゃないっての! 分かってて言ってるだろ」
「分かってても答えられるか。教えるのはハルカさんにだけだ」
「あ、ハルカさんには言うんだ」
「嘘や隠し事はダメだからな」
「へーっ」
意外と言いたげだ。それとも生意気にも感心しているのかもしれない。
しかしすぐにも、別の表情に変わる。
「てかさ、お前より二人の方が凄いよな。私だったら絶対ムリ」
「普通は無理だろうな。だからオレが少しでも誠意なりを見せるのが筋だろ」
「当たり前だろ。お前なんかに勿体無さすぎだっての」
「それは最初から自覚してるよ」
「……だから、向こうだといつも無茶してるのか?」
悠里から、思いもよらない言葉が出てきた。
さっきまでと違って、表情もかなり真面目だ。
「いや、好きとかじゃなくて信頼だと思う。だから多少の無茶だってできるわけだし」
「……私も?」
「当たり前だろ。信じなくてどうする」
遠慮がちの言葉に真面目に答えたのに、口をポカンと開けている。
だから思うまま言葉を続けた。
「仲間を信じるのは、あっちでの大前提だ。悠里とだって、もう何度も一緒に戦ってきてるし、その点は信頼してるぞ」
「うわっ、うわっ、妹相手に信頼とか、マジ恥ずかしいんですけどー!」
顔を赤くして顔を半分ほどオレの枕で隠している。
そして枕をそのまま投げつけて、慌ただしく部屋を出て行った。
そこまで反応されるとは思わなかったが、確かに現実世界で口にするとかなり恥ずかしい。
けど、それは大前提であり、当たり前じゃないとダメなことだ。





