302「一人の魔法使いの門出(2)」
そうして魔法で動く巨大冷蔵庫やコンロなど様々な便利グッズのある台所で見繕い、クロに料理と飲み物を乗せたワゴンを運ばせて、レイ博士の部屋をノックする。
扉を開けたのはスミレさん。相変わらず目に毒な格好だ。
「これは新たな主人様。どのようなご用件でしょうか?」
出迎えたスミレさんが、慇懃に礼をする。
「ちょっと様子見。あと、余計かもだけど」
「余計など滅相もございません。元主人様、新たな主人様から差し入れにございます」
「おお、これは気がきく。ちょうどツマミが切れかかっていたのだ。それよりショウ君もどうだ?」
博士は少し赤ら顔で上機嫌っぽい。
「そうしたいところですけど、話が長引いてまして。それでオレ達も小腹が空いたところだったんです」
「なるほどな。大変だな大巡礼も」
「他にも領地の事とかありますからね。そちらは楽しまれてますか?」
「うむ。リョウ君は、自分よりオタク度かなり高めだぞ。色々貴重な話が聞けた。なあ、リョウ君」
レイ博士がそういうと、部屋の奥からちょうどリョウさんが来るところだった。
レイ博士の部屋は広い。ここだけで、広めの4LDKのマンションほどもあるだろう。そして部屋中が何世代か前のオタクの部屋のようになっている。
そして入れ替わりに、スミレさんとクロが部屋にワゴンを運び込み、部屋の中のキッチンで少し調理をする為移動して行く。
「はい。ショウ君は差し入れありがとう」
「これは口実で、何を話しているのか、ちょっと気になったんですけどね」
「普通にオタトークだよ。ショウ君も加わりに来たの?」
オレの苦笑に、リョウさんも苦笑で返す。
やっぱり、波長的にはオレに近いと再認識する。
「そうしたいんですけど」
「今後の旅の段取りや領地の事で相談事が多いそうだ」
「そりゃそうだよね。でも、リアルは高校生なのに色々大変だね」
「成り行きですけど、充実してますよ」
オレの素直な言葉だけど、レイ博士はウンウンと黙って頷き、リョウさんは少し目を細める。
羨ましいとでも言いたげだけど、このポジションは誰にも譲れないものだ。
「それで今度はどこに?」
「北の方で大量召喚が始まるので、『帝国』にある聖地と邪神大陸に行く前に、新規の『ダブル』を探しに行きます」
「じゃあ、また荒事?」
「ご新規さんが荒野に放り出されていても精々オーガ相手だから、仮に出くわしても楽勝ですよ」
「オーガを楽勝とか僕的に有り得ないよ」
そこで何か言いたげにリョウさんが見つめてくる。
「何か?」
「うん。本当は、あの部室で僕を迎えに行くという話を聞いたと時から、ショウ君の旅に同行できないかとちょっと思っていたんだ」
「えっ、そうだったんですか?」
「うん。あ、引かないで。今の言葉で完全に心が折れたよ」
「何か言いましたっけ?」
しまった。空気読めない系主人公のセリフを思わず口にしている。
けど、本当に心当たりがないのだから困りものだ。
「オーガが楽勝。オーガってCランクの魔物で、Bランクでも1対1だと油断できないって言われるのに、楽勝とか言われると、ね」
「オレは実質初戦で倒せた相手だし、油断しなければ大丈夫ですよ」
その言葉にリョウさんが本当に苦笑している。
どう見てもマジの苦笑だ。
「僕は目の前で見ただけで腰を抜かしたよ」
「その気持ち、痛いほど分かるぞ。吾輩は創造したゴーレム達に魔物を倒してもらうし、守ってもらえるからいいが、あんな奴を剣一本でしかも1対1で戦うとか、どんだけ心臓が強いのかと本気で尊敬する。真似する気は絶対ないがな」
レイ博士が、途中から早口気味で一気にまくし立てた。
その言葉にリョウさんも心底頷いている。
「本当にね。それでも、向こうでの発表もあるから、従軍絵師的な立ち位置で一緒に行けないかと思ったんだけどね。
ただ何となくその話をしたら、ショウ君の彼女さん達には言葉を濁されるか逸らされたよ。あ、そうだレナさんだけど」
「レナから何か聞きましたか?」
不意にレナの事が出てきた。まあ、向こうでも目にしているから当然だろう。
「うん。絶対秘密で、絶対に向こうでは話さないでって」
「そうですね。そこは本当にお願いします。オレみたいな晒し者にはしたくはないので」
「うん。ただ一つだけ交換条件というか、聞いてもいいかな?」
「個人情報はなしですよ」
「それを言われると聞き辛いかもなんだけど、……その、やっぱり異世界あるあるのハーレムなのかな?」
言いにくそうにしているが、興味津々の視線だ。
状況を知っているレイ博士は、面白げな表情だけしている。
「そう見えますか?」
「仲はすごく良さそうだよね」
「一緒に危険をくぐり抜けてきましたからね。けど、プライベートでのヒエラルキーは、オレが一番下ですよ。それに人と人のつながりは、ここも現実世界と違いはないと思います」
「皆女傑だしな。我輩など、最下層のヒエラルキーにすら入れてもらえてない気がするぞ」
二人の言葉に、リョウさんはアハハハハと力ない笑いを返す。
もう完全に心が折れている感じだ。
「僕もレイ博士のお仲間ですね」
「まあ、そこまで卑下するでないぞ。あ、そうだ、うちに来る時のついでに、ゴーレム共でパワーレベリングするといい。
あと、魔法職なら吾輩が多少は教えられるだろうし、師事する奴を紹介してもやれると思うぞ」
「パワーレベリング? そんなゲームみたいなこと出来るんですか?」
久々のゲームっぽいワードだ。リョウさんも興味深々の視線を博士に注いでいる。
「簡単だ。吾輩の膨大な魔力総量を見よ。臆病者でもここまでなれるぞ」
「その心は?」
「だから簡単だ。さっきも話したように、ゴーレムに守らせ、ゴーレムに戦わせる。ゴーレムは魔物から魔力を吸収しないから、倒した魔物の魔力は吾輩が総取り。そういうカラクリだ」
「あ、ある意味チートですね」
「まさに『ズル』だな。だが安全確実だ。そして魔力が多ければ、それだけで体が頑丈になるし魔法も使えるようになる。万が一の戦闘でも、マジックミサイルは打ち放題。魔力稼ぎは錬金術を使う為だったのだが、実に良い事ずくめだ」
確かにそうだけど、少し気になる事がある。
「それをしたのは博士だけですか?」
「吾輩の友人の一部だな。ゴーレムを操る宝珠や指輪の魔道器はおいそれと貸せぬから、吾輩が付き添うのが常だ。
まあ、噂を聞きつける奴もいるが、吾輩がいないとダメだとか、クソ高いレンタル料とかの嘘で対応しているから、ゴーレム・レベリングをしている奴は数えるほどだ」
「それを僕が、いいんですか?」
「然り。吾輩の命の恩人であるショウ君の紹介だし、もはや我らは友であろう」
「あ、ありがとうございます!」
「それにな、見たものを一瞬で覚えて絵にできるその才を、魔法に応用すれば面白いことになるのではと吾輩は予測しているのだ」
ニヤリと不敵に笑い、さらにメガネが本当にキラリと光る。
左手に小さな魔法陣があるので丸わかりだけど、こういう所は無駄に演出の凝り性だ。
それはともかく、だ。
(確かにリョウさんの見た情景を覚える特技は、シズさんの記憶力と似ているかも)
リョウさんに関してはそうは思ったが口にせず、オレの方を見てきたリョウさんに頷くに止める。
しかしレイ博士には、まだ言葉があるらしい。
「それにな、ズルでも強くなれば良いことがあるぞ」
「というと?」
「うむ。強くなれば稼ぎやすい。金があれば使用人を雇える。しかも結構お安く永久雇用もできる。まあ吾輩は、リアル女子は解放奴隷でも苦手なのだが、魔力を上げるだけで奴隷ハーレムもありだぞ」
(うわっ、悪魔の囁きだ。しかもダメ人間を作るって意味で、本当に悪魔の囁きだ)
「……自分、そんな目で見んでくれ」
オレの顔を見た博士が、何とも言えない表情を向ける。
「す、すいません」
「あんなに我の強いリアル女子らに好意を寄せられる自分には、分からん世界もあるのだよ」
「こっちに来る前なら、博士と同じように思ってましたよ」
「フッ。若いとはいいな。気が付いたら、手の届かないところに行ってしまっている。と言うわけで、そういう選択肢もあるわけだ、リョウ君よ」
途中から口をポカンと開けて聞いていたリョウさんが、呼びかけられて我を取り戻した。
「は、はい。さ、先のことは分かりませんが、レベリングと魔法の勉強はお願いできますか。僕も絵以外のこと、この世界でちゃんとしてみたいです」
「ウムウム、良い返事だ。あ、でも、絵の方も頼むぞ」
「勿論です。ショウ君も、あっちでの絵の方は今後も続けるし、エルブルスの方にも伺うから」
「はい、そちらはお願いします。それと魔法頑張ってください。同行は無理ですけど、応援してます」
「うん、ありがとう。こっちに来て3年になるけど、本当に夢みたいだ」
「『夢』ではないぞ。『ここも』現実なのだ」
「ネット上での決め文句ですね」
3人で笑って、そして気持ち良くその場を後にした。
「話が長いと思ったら、何おっさんと青春してきてるのよ」
と、部屋に戻るとみんなに突っ込まれたけど。





