299「ノヴァの飛行場にて(1)」
一通り魔の大樹海のど真ん中での森林火災が燃え広がるのを確認したあと、皆には先にレイ博士の館に戻ってもらい、オレ達5人だけが元帥達と一緒にノヴァの軍がいる中央砦へと向かった。
中央砦には、すでに伝令の翼龍や飛馬が何度か戦場を往復していたし、帰る際にも先駆けを出したので、知らせを受けた人達が砦の簡易飛行場に集まっていた。
偉い人が出迎える事自体が、余程怒りたいのでないならねぎらう為だ。
そして雰囲気は和やかだった。
とは言え、こちらは魔物の臭いと森林火災の煤の臭いをドラゴンと人ともどもさせているので、報告と事後処理は偉い人達に任せてさっさとレイ博士の館に戻りたいところだった。
主に出迎えたのは、ゲンブ将軍、ニシ大佐、それにジン議員だ。リンさんの姿は見えないが、空軍中心の作戦だったからだろう。
ちなみに、冒険者ギルドに所属する飛行職を見なかったが、戦争の際にはノヴァに集まる全ての飛行職は臨時であれ空軍に属するそうだ。
これは空軍元帥が中心になって決めた事で、命令や束縛を嫌う飛行職は、こういう時期には滅多にノヴァには近寄らないらしい。
今回のボクっ娘は、例外という事になる。
逆に空軍に属している人達は、半数くらいが律儀で真面目な人達で、あとは色々だ。
報償や待遇目当てだったり、修行中だったり、重度のミリタリーマニアだったり、不思議とイケメンが多いので属しているという人もいる。
ボクっ娘も、今回はオレの顔を立てての事で特別だとか言っていた。
今度、何か埋め合わせをしないといけないだろう。
また、女の子の疾風の騎士や竜騎兵はいるが、こういう束縛が嫌いでノヴァにはあまり近寄らない方が多数派だそうだ。竜騎兵に何人か女子がいたが、主に火竜公女さんを慕う人達らしい。
「任務ご苦労だった」
出迎えで最初に言葉をかけてきたのはゲンブ将軍だ。
一番偉い人が声をかける事に意味がある。しかしニシ大佐とジン議員は、少し皮肉げな表情を浮かべている。
口を開いたのはニシ大佐の方だ。
「今度は作為的に魔力による森林火災を起こした、と報告を受けていますが」
「そうだ。クソ忌々しい樹海が燃えて、スカッとしたわ!」
空軍元帥は、本当に気持ち良さそうだ。
濃いオッサン顔が爽やかに見える程だ。
「亡者となった魔物が沢山いましたのよ。まとめて火葬して差し上げるのが礼儀というものでしょう」
「魔物を亡者にした首謀者は逃したのが、惜しいところだがな」
「けれど、これで上手く行けば、ヨーグルトな国の半分くらいの樹海は、火災で無くなるんじゃないかしら」
空軍元帥と火竜公女さんが、それぞれの報告とも言えない感想を添える。
それに、周りに居た多くの『ダブル』は、肯定的な表情をしている。
ゲンブ将軍らも同じで、ジン議員が軽めの笑顔を浮かべている。
「さあ、こんな場所では何です、報告は天幕にてお聞きしましょう。良いですね、ゲンブ将軍」
「勿論だ。今回は本当にご苦労だった」
「さ、こちらへ」
と、ニシ大佐の先導で、このまま案内される訳にはいかない。
「あの、宜しいでしょうか?」
「何かな、ショウ君、いやエルブルス辺境伯」
一応一番親しいジン議員が返してくれたが、歩きだそうとしていた全員がこちらを見ている。
さらに後ろからは、仲間達の無言の『圧』を感じる。
ここが取りあえずの面倒を避ける最後の正念場だと、ひしと感じる状況だ。
「今回オレ達は、皆さんのお手伝いをしただけです。だからってわけじゃないですけど、この場のご挨拶だけで失礼させて頂きたいんです」
「簡単な報告を聞いた後、ささやかながら当座の祝勝会と、その場で今回の戦いの戦果の発表等も行う予定なのだが、それに参加していただけないのかな?」
「申し訳ないのですが、祝勝会は辞退させて頂きます。事後報告で構いませんので、領地全体としての評価だけきちんとして頂けるなら、それで十分です」
「無欲だな。しかしそれだと、今日だけでなく他も含めてという事になるが」
「構いません。ノヴァを守る為で、褒美が欲しいわけじゃないですから。ただ、領地全体と戦闘に参加した家臣への評価は正当にお願いします。領地の人達は、お金や物品の報酬より、そういった事を重視する種族ですから」
ここで少し目に力を込める。そして意図は通じたようだ。
「それは確約しよう。というより、今回の君たちを不当に扱えば、我々評議会と軍がどれほど叩かれるか想像すらしたくないよ」
「評価の件は、俺からも確約しよう。記録に残して公表し、相応しいだけの感状や賞詞、それに勲章を出そう。
確かエルブルス辺境伯は、明日から用事があったんだな。今回は本当に助かった。公人としてだけでなく、私人としても深く感謝する」
ジン議員のややしつこいやり取りと違い、ゲンブ将軍は話の分かる人に思える。
とは言え、ジン議員は組織の人として言わないとダメだから言っているのだろう。
「はい。じゃあ申し訳ありませんが、オレ達はこれで失礼します。
あ、一応明日はノヴァで用事を済ませて、家臣を領地に帰らせるので、何かあればレイ博士の館に知らせてください。それ以降は、ノヴァにはいないと思います」
「飛行職がいると、本当に鳥のようだな。私も友人に飛行職が欲しくなる」
「同感だな」
「お前らのハイヤーはご免だぞ」
「私達もね」
その会話で軽く笑いが起きる。
軍の幹部は、けっこう仲が良さそうだ。というより、勝ち戦だからだろうか。
特に今日は、こっちが無傷で一方的に魔物の大軍を叩いたともなれば、機嫌も良くなるだろう。
「それじゃあ失礼します。本当に無礼で申し訳ありません」
「何、構わないよ。そうだ、今度ノヴァにゆっくりと来る時は、うちに招待させてくれ。今回は随分無理強いしたし、個人的にせめてもの罪滅ぼしをさせてほしい」
「ありがとう御座います、ジン議員。来たら必ずお伺いします」
「ああ。次に会えるのを楽しみにしている」
そして最後に伝えておくべき事がある。
少しだけ後ろを振り向き、みんなに視線と表情で確認を取って再び向き直る。
「それと、もし樹海の奥にある魔物の本拠地を叩くなら、その時は声をかけてもらえませんか」
「我々としては、むしろこちらから声をかけさせてもらいたいがな」
「そういう訳だが、やはり北での事件がらみかな?」
ゲンブ将軍の言葉を受けて、ジン議員がわけ知り顔で問いかけてくる。
「はい。借りがあるってわけじゃないですけど、けじめはつけておきたいですからね」
「もっともだな。その時は是非声を掛けさせて頂こう」
ゲンブ将軍が強く頷き破顔する。
「その時は、共に魔物共をぶちのめそうじゃないか、辺境伯」
「私も誘って下さいね。じゃあ、またお会いしましょう」
「よろしくお願いします。じゃあ、本当にこれで失礼します」
それぞれの言葉を受けて頭を下げ回れ右する。
終止無言だったオレの仲間達も、簡単な別れの言葉と一礼をして回れ右だ。
ハルカさんまでお別れの言葉以外は無言だったのは、オレを立ててくれていたのだろう。





