280「悪魔の殲滅(2)」
「爆ぜろ『熱核陣』」
『轟爆陣』のようなそれらしい煽り言葉のない『熱核陣』発動の静かな宣言は、不定形の化け物となったゼノへの死刑宣告そのものだ。
凄まじい熱と爆発、そして爆風と轟音が発生し、熱球が化け物を瞬時に飲み込む。
更に言えば、爆発内の酸素が根こそぎ消費されるため、一瞬だけど内側に向かう突風が発生する。
そして超高温によって熱せられた空間が周囲を瞬時に水蒸気化しつつ上昇し、キノコ雲を形成していく。
魔法名のごとく、ビデオ映像などで見た某兵器の爆発にソックリだ。
ハーケンでの爆発より大きく派手に見えるのは、多数の龍が触媒代わりに参加しているのと、この魔の大樹海の魔力濃度の高さのせいだ。
また、地表爆発の影響もあって、尚更派手に見えるかららしい。
他にも、可燃物が一気に燃えて煤になっているので煙などが多いようだ。
ノヴァのイケメンなドラグーンコンビや同乗する魔法使いは初めて見るらしく、「これが大賢者デイブ究極の魔法か」「俺、初めて見る」などと言う声が遠くからでも聞こえてくる。
しかしオレは、爆発跡を呑気に見ている気はない。
今ままでの似たような例から考えて、止めの一撃が必要だと感じていたからだ。
側にいたハルカさんに顔を向けると、彼女もこちらに顔を向けて強く頷く。
ボクっ娘も、爆発が収まり始めると、すぐにも上空へと飛び立つ。爆心地や周囲の警戒のためだ。
「悠里、念のためシズさんを頼む! あと、アイもな」
「お任せください」
「う、うん」
悠里は少し理解が追いついていないらしい。
それに、アレがどれだけしぶといのかも分かってないだろう。
他のみんなは、オレが何をするのかもう理解している。
「ちょっと見てくる。クロ、オレとハルカさんを守れ」
「はっ、お任せを我が主」
「もうちょっと待って。今、防御魔法掛けるから」
「それと、これも受け取れ。耐熱魔法だ」
首根っこを掴まれる前にピタリと止まり、二人の魔法が行使されるのを待つ。
そして「良いわよ」という言葉と共にハルカさんが防御全開モードに入ったのを確認して、未だ熱と埃で煙っている爆心地へと掛ける。
約50メートルほどを軽快にダッシュして爆心地へと至ると、地表はガラス状になっていた。
超高温により、土が砂になってさらに一度溶けて固まったという事だ。
その証拠に、靴の革の部分が地面に触れると、微妙にいい匂いがしてくる。耐熱魔法がないと、まだ耐え難い熱さなのは呼吸して少し分かった。
その中を二人と1体で、素早く慎重に進む。
「あそこです」
正確無比なクロのナビゲーションで到着した先には、随分小さくなったがまだ完全に滅びていないゼノの成れの果てが、のたうちながら蠢いていた。
形は少し人型に戻っているように見えなくもない。
そしてその体からは、シュウシュウと激しく煙も立ち上らせている。
周りに何もないので、再生も拡大もできないらしい。しかし、オレ達が近づくと魔力で出来た触手の一部が如実に反応を示した。
餌が向こうからやって来たとでも思っているのだろう。
「オレが魔力相殺で止めを刺す」
「反撃を封じるために、光の槍で串刺ししつつ攻撃しましょう。槍が消えるまでは、簡単には動けなくなる筈よ」
「分かった。クロ」
「守りはお任せを」
「あと、出来ればだけど、敵の魔力が吸えるなら吸ってくれ」
「畏まりました」
ハルカさんがゼノの眼の前で魔法の準備に入ると、それに反応するように化け物が魔力で形成された触手複数を凄い勢いで伸ばしてきた。
それをオレとクロで、次々と切り倒していく。
たまにクロに突き刺さっているが、クロも似たような体を持っているのでそれを逆に取り込んでいる。
何だか共食いを見ている気分だ。
しかし触手との戦いも短時間で、ハルカさんが「貫け、光槍撃!」と短く鋭く叫ぶと、10本の光の槍が全てゼノの本体を串刺しにしていく。
触手の半分くらいも、投射中の槍を受けて吹き飛ばされた。
そしてほんの少しの時間だけど、光の槍で地面に縫い付けられたようになった化け物の動きが鈍る。
そして次の瞬間ハルカさんと視線で合図をとると、二人で一気にその槍の後を追いかける。
ハルカさんは余裕があれば攻撃するが、基本二人分の正面防御を担当。そしてオレが攻撃担当だ。
クロはオレ達の周囲で、伸びてくる不定形の触手を正確に防いでいくので、こちらは目の前の本体に集中すればよく、安心して突撃ができる。
それでもオレ達への攻撃はあるが、日に日に強度を増しているとしか思えないハルカさんの鉄壁の防壁と防御魔法を超える事は出来ない。
だから安心して攻撃に集中した。
突撃から攻撃は一瞬で、大きく横一線で薙ぎはらうとゼノを構成していた魔力の塊が真っ二つに切り裂かれ、そして形を無くし、さらに黒い靄となり不活性の魔力となっていく。
これだけ小さくなっていればこそ、切裂く事も出来る。
そしてその中心に、どこかで見たようなものが目に入った。
「あれを!」
「任せて!」
オレは剣を振り切った直後なので二の手が遅くなるので、本当のトドメをハルカさんに託した。
彼女は、オレの体を自分の腕のように見知ったもののように通り抜けると、裂帛の気合いを込めた声とともに繰り出された鋭い一閃により、目に入った水晶球を粉砕する。
そしてさらにそのまま突き込んで、水晶の中にあったキューブをその場から突き放してしまう。
恐らくオレンジ色のキューブは、ガラス状の地面をパリンと何度も砕きつつく転がり、そして10メートルほど先で転がるのを止める。
そして中枢部を失ったゼノの体を構成していた魔力の塊は、活動を止めて完全な霧散を始める。
合わせて、澱んでいた魔力の流れも一気に無くなり、魔力以外の理由で起きていた煙が収まるより早く霧散していく。
魔力の塊から強引に引き離されたオレンジ色のキューブが、新たに魔力を集めて体を形成する気配なはい。
「クロ?」
二人でクロに視線を向ける。クロは同類の測定能力が高いからだ。
「ハッ、すでに活動を完全に停止しております」
「あれは、あなたの同類?」
「スミレやアイ同様の似た存在と考えられますが、詳細は不明です」
「手にして安全かしら?」
「全く問題ございません」
そこまで言って、クロがいつもの恭しさで一礼する。
「じゃあ、ハルカさん持っておきなよ」
「どうして?」
一応分かっているのだろうけど、それでも問いかけてくる。
「最後の一撃はハルカさんだろ。それにオレにはクロもあるし」
「それじゃ、取り敢えず預からせてもらうわ。けど、正常に再起動したら、私を主人とか呼んだりするのかしら?」
「ていうか、ゼノと似た外見なのかな?」
「やっぱりそう思う?」
二人して苦笑する。クロもシズさんに少し似ているが、今度はゼノに似た美人の姿でもなるんだろうか、と。
「体の構成がクロと魔物って似てるからな。もしかしたら、正常なのがクロ達で、異常なのが悪魔や魔物なのかもな」
「それは新しい仮説ね。シズやレイ博士に言ったら、喜んで調べるんじゃない」
その声には少し感心する声色が乗っている。
「後さあ」
「分かってる。ゼノの魔石は砕いた事にするんでしょう」
「うん。クロ達が何なのかちゃんと分かるまで、その方がいいと思う」
「解析はシズかレイ博士がしてくれるでしょうしね」
キューブまで歩きながら話し、最後にハルカさんがそのキューブを手に取り、目線の高さまで上げて二人で眺める。
色は橙色の直方体で、見た目は確かにクロたちにそっくりだ。大きさはアイくらいで、クロより少し小さい。
そして沈黙しているので何の反応もない。
二人して視線を合わせて小さく嘆息すしたところで、こっちが反応を見せないのを気にしたみんなが「大丈夫?!」などと声をかけてきた。
まだ煙やもやで視界が悪い上に、音がしなくなったので心配になったんだろう。
「大丈夫です! 魔石を砕いたので悪魔は完全に滅びました!」
「それじゃ、みんなのところに戻りましょうか。ライムとショウの傷ももう一回癒さないとね」
「あれ? ライムが先なのか?」
「そうよ。彼女の方が重傷だもの」
「ならしゃーないか。……って、あ、アレ?」
安心したら、体の力が抜け膝をついてしまう。
そしてそのまま、前回ゼノと戦ったときと同じように再び意識が遠のくのを感じた。
(すぐに目覚められたらいいんだけどなあ)
気を失う前に思ったのは、安心からくる軽い懸念だけだ。
「ち、ちょっと!」という側で聞こえるハルカさんの声も、遠くに聞いただけだった。





