132「浮遊都市(1)」
「もう行っちゃうのね」
「明日までに、こないだ捕まえた飛龍を『帝国』に返しに行かないといけないのよ」
「何かあれば連絡ください。すぐに駆けつけますから」
ハルカさんとマリアさん、サキさんが、別れの挨拶を交わしている。凛々しい姿の女性3人だけど、話してる内容はともかく雰囲気は普通の女子だ。
ただサキさんは、すっかりハルカさんに惚れ込んでいる。まあ、治癒とはいえあんな派手な魔法を見せられたら当然かもしれない。
オレも仲良くなったジョージさん、レンさんと別れの挨拶をしたあと、アクセルさんと向かいあっていた。
「本当はもっとゆっくり話したかったんだけどね」
「オレもです。けど、またアクセルさんの国の都で会えますよね」
「そうだね。ただ王都は堅苦しいから、ゆっくりと話すってわけにはいかないかもね」
「じゃ、なるべく早く用事片付けて、ここに戻ってきますよ」
「さすがにそれは悪いよ。それにここでの魔物の鎮定の山場は超えたと思うから、もうショウ達のような豪の人の手助けも必要ないだろう」
「それじゃあ……ご飯だけ食べにきますよ。これから都会に行くからお土産持って」
オレの言葉に、アクセルさんが柔らかい笑みを浮かべる。
「都会にはボクはあまり行かないから、期待させてもらうよ。ところでどの街に?」
「3人の話では、飛龍返すのは『帝国』の商館があるハーケンに。そのあと、他に幾つか大都市を回って今回のお宝を換金して神殿への寄付用の金を用意して、残りの金でこれから必要なものを揃える予定です」
「なるほどね。くれぐれも盗人とかには気をつけるようにね」
「はい。お金はすぐに冒険者ギルドに預けるから大丈夫だろうって」
「ああ、そうか。ショウ達には便利な組合があったね。なら大丈夫か」
「はい。それじゃ、そろそろ」
「うん、ショウに神々のご加護が有らん事を」
「アクセルさんにも、神々のご加護が有らん事を」
この言葉を交わすと、未練があっても分かれないといけないのだそうだ。
だから握手を交わして、もう3人がまっているヴァイスの側に向かう。
「アクセルと何を話してたの?」
「さっさと用事片付けて、都会のお土産持ってすぐにここに戻るって」
「そうなるのが一番だな」
「『帝国』次第だよねー」
二人がオレの言葉に頷く。
「けど、その後に私たちの神殿関連の事があるから、時間もかけたくないわね」
「それじゃ、さっさと出発しようか。ハーケンならひとっ飛びだよ。さ、乗って乗って」
と言っても、このまま向かう訳にはいかない。
ウルズで捕まえた飛龍を返しに行くのだから、連れて行かないと話にならない。
それに戦闘用の装束だけなので、儀礼用の衣服を用意したり、短期間用の都会向けの旅の準備も必要だ。
だから、一旦ランドールのアクセルさんの屋敷に戻らねばならない。
もっとも、必要なものは既に準備してあったので出発はすぐだ。
最初はドラゴンはどうやって連れて行くのかと思ったが、レナがすでに魔法で調教していたので、命じればヴァイスの後に付いてくるらしい。
そしてアクセルさんの屋敷で、昼食と念入りにお手洗いもしくはお花摘みを済ませると、こんどはかなりの距離の空の旅となる。
念入りに済ませるのも、時間短縮のために途中休憩のため地上に降りないようにするのが目的だ。
だから昼食も、水分摂取は最低限にしてある。空の旅には、そうした事も必要だった。
そして巨鷲のヴァイスの首もとの前にレナ、後ろにシズさんが座り、さらにその後ろの背中にオレとハルカさんが横並びで寝転ぶ形で乗り込む。
ヴァイスは大きいが、首元に座れるのは多くて3人くらいまでで、さらに飛ぶ時のバランスを考えると人が多い時は背中に載せる方がいいのだそうだ。
だから空の旅の同行者は、普通1人か2人になるらしい。
ただ、座りっぱなし寝転びっぱなしだと初心者は疲れやすいし酔うこともあるので、レナ以外は順次場所を交替する事になっている。
ハーケンの街には、その日の夕方近くに到着した。
時間にして、ざっと4時間といったところだ。
しかし迫り来る情景は、オレの常識を否定するものだった。
「あれ、あの山おかしくないか?」
「あれが浮き島。空に浮かんでいる島。あの島の基盤が浮遊石でできてるよの」
「おーっ。さすがファンタジー世界」
「その一言で片付けないで欲しいけど、確かにそうよね」
ハーケンのある場所は、オレたちの世界と同じ地形なら海の底で、その上に自由都市、都市国家を形成している。
それを可能としているのが、ハーケンの街の中核が高度50〜100メートルほどだけど空に浮かんでいるからだった。
そして北の海と森の海の境、大陸と北の半島の境にあるので、交通の要衝として栄えていた。
街の景観は、空に浮かんだ大地にあるという事で、まさにファンタジー。
街は浮き島と地表の普通の船が使う港湾部に分かれていて、翼龍や天馬など人に使役される飛行生物や、浮遊石を利用した飛行船のような空飛ぶ船の為の空の港も十分に整備されているという、非常に珍しい場所でもある。
浮き島と地上というか海面は、浮遊石を利用した大きなエレベーターかリフトのような設備で結ばれている。
そして浮き島の斜め下にある入り江状態の小さな島にある船舶用の港が地上部分で、その上にあるエレベーターの到着先、浮き島のかなりの面積を占める石造り煉瓦作りの立派な街が広がり、その一部は島肌の一角にしがみつくように建増しされている。
そして建物の一部が島にしがみついているように、それほど大きい島ではない。人と建物が増えたせいで、島全体の高度が少し下がったほどだそうだ。
街の総人口は5万人ほどで、商人と職人だけが市民を構成している。一次産業も、家庭菜園レベルしかない。
けど、王侯貴族など特権階級のいない商工業に特化した都市としてはかなりの規模だ。
この街で一番の貴重品は真水と言われており、街の住人には「水税」が掛けられている。
しかし島の中心部には島内湖があり、さらに島の空間のかなりが地中湖を形成しているおかげで、実際は5万の人が暮らすには事欠かない。
そしてこの島内湖の水は、高度を一定に保つためのバラストの役割も果たしている。
また、普段使う水の多くはポンプのような原理の魔導器によって海水を吸い上げ、さらに別の魔導器で真水に濾過浄水している。
ちなみに、魔法で濾過された海水から取れた塩は、この街の特産品のひとつとなっているし塩の税はかからない。
「水税」は、普通の地域の住人にとっての「塩税」の代わりのものなのだ。
そして外から来る者は、「水税」を納めないのなら自分用の水を持ち込むのが通例だった。
地表から街に荷揚げする一番の荷物も清潔な飲料水だ。浮遊石の巨大なエレベーターも、魔力ではなく水(海水)の量を調整して上下していたりする。
オレ達も、準備しておいたヴァイスの足に大きな樽に真水を詰めてくくりつけている。
そしてそんな島が、急速に眼前に迫ってくる。
「こんな近くにファンタジー感満載の場所があったんだなー」
「オクシデントだと、ここ以外にも人が住んでる浮き島はあるわよ。他は辺鄙な場所にあったり、どこかの国の要塞だったり、『帝国』の「飛び地」だったりして、ここが一番発展してるわね」
「こんなに近かったのに、私も久しぶりだ。以前はよく来たんだがな」
「ボクはこないだ来たばっかりだよー」
そんな事を暢気に言っていると、島の方から何かが2匹飛んでくるのが視界に入った。
「あれ、野生のドラゴンや敵とかじゃないよな」
「大丈夫大丈夫、街の警備隊の翼龍だよ。こうして翼を振れば、攻撃されないから」
ボクっ娘の言う通り、ヴァイスが翼を縦に軽く振ると、向こうも軽く翼を振り返す。これが空での挨拶だそうだ。
そうして数分すると、2匹の翼龍は大きく弧を描いてヴァイスに並走する。
そしてその騎手の一人は、腰に下げていたラッパ状のものを手に取る。メガホンみたいだ。
「疾風の騎士殿よ、目的は何か?!」
「『帝国』の商館に用事ーっ! 役所にも手紙が届いてる筈なんだけどー!」
そこでもう一人が、何かの板に目を通す。書類を挟んだクリップボードのようなものだろうか。
「それでは名乗られよ!」
「疾風の騎士レナ、神殿巡察官ルカ。あとはお付きね」
「翌朝到着予定だった者達だな。確認した。これより飛行場まで先導する。自由都市ハーケンにようこそ!」
「よろしくねー!」
やり取りを見て、意外に警備が厳重だと感じる。
それが顔に出ていたのか、ヴァイスの背中で横並びになっていたハルカさんが教えてくれた。
「空からの客は、この街でもそんなに多くないんだけど、テンポが速過ぎる空から攻撃されたら対処が難しいから、こうして事前に確認するのよ。
と言っても、ほとんど形だけだけで、ちょっとした歓迎のセレモニーみたいなものね」
「へーっ。それで、空港についたら税関とかあるのか?」
「街に入るための税は取られるわね。けど、疾風の騎士はアンタッチャブルに近い存在だから、荷物を見られたりしないわよ。それで密輸とかの悪事に利用しようとするバカもたまにいるけど」
「ハルカさん、ここ来たことあるの?」
「空からは初めてね。普通は海から船で来るから。だからちょっと感動してる」
そうして少し上気した顔を前に向け、どんどん迫ってくるハーケンの街を見つめている。オレもそれにつられて前を見る。
もっとも、目の前にシズさんの背中があるので、互いに見えるのは半分ずつになる。





