131「聖女?(2)」
「聖人は神殿巡察官みたいに、外をフラフラするワケにはいかないの。最低でも、どこかの大きな神殿に籠らされるのよ。聖人は、神殿ひいては世界の宝だから、危険な事させる訳にもいかないって。けど私、そんなの絶対嫌よ!」
今まででトップクラスの拒絶の感情の発露って感じだ。
オレと旅をするという事にこだわってくれているのか、それとも単純に籠の中の鳥になるのが嫌なのかは分からないけど、嫌という事はこれ以上ないくらいに分かる。
「えっと、それじゃあ『ダブル』の『聖魔』さんは、ノヴァの大神殿に籠ってるのか?」
「『聖魔』はあちらで医者らしく、こちらでも大きな病院を開いていて、そこがそのまま大神殿になっている」
「もうめちゃくちゃ立派な聖人ですね。そう言えば、シズさん知り合いなんですか?」
「随分昔に、何度か粉をかけられた。あいつは性欲の性人でもあるんだよ」
「うわーっ、イメージできてないけど聖人のイメージ壊れるなぁ」
シズさんの憮然とした答えへのオレの言葉に、全員が苦笑いだ。誰もが思うことなのだろう。
「妻だけで正妻以外に5人、妾や愛人が奴隷や使用人込みで20人はいると噂されている。まさにハレムだな。だが、聖人としても医者としてもやるべき事は誰よりもしているから、誰も文句は言えない。しかも業績が偉大すぎるせいか、女の方から寄っていく始末だ」
「お金持ちって話は聞かないのにねー」
「業績だけなら尊敬に値する人物だとは思う。妻や愛人にも公平で大切にしていると聞くしな」
「でも、お誘い断ったんだ」
「あれは私の趣味じゃない」
「それは重要ね。まあ、話はそんなところね。シズありがとう」
そこでシズさんが、ハルカさんの方に片方の眉をあげる。
「終わりじゃないぞ。一応ハルカの意向に添った回避策もあるんだが……」
シズさんが言い終わる前に、ハルカさんが乗り出してシズさんの両手を両手で取って、ぐいっと顔を近づける。
「本当っ!!」
「あ、あぁ。完全な確証はないが偽れる筈だ」
シズさんが引いてる。珍しい光景だ。
「シズさんだから、大神殿に行かない、とかじゃないよね。何だろ? 神殿の高位のマジックアイテム相手に誤摩化したりできたっけ?」
「大神殿には行く。でないと、私達をハルカの部下、お供にしてもらえないからな」
「どうするの?」
ハルカさんが、真剣過ぎる眼差しをシズさんに注ぐ。まるで求愛の返事でも待っているかのようだ。
その視線を、一度でもオレも受けてみたいもんだ。
「大神殿にいる間だけでいいから、一時的に魔力をキャパごと主人から従者に移すんだ。魔導師と同じなら出来る筈だ。
もっとも魔導師は、大魔法を使うために逆をするんだがな」
その言葉に、シズさんから手を離したハルカさんが、真剣に考え始めブツブツと呟いている。
「確かに、聖人認定は技量はあんまり関係ないし、主従契約は3人もいるし、魔力を消耗して行っても意味ないし……」
「シズさん、魔法で魔力を使い切ってから行ったらダメなんですか?」
「聖杯は潜在力や容量のようなものを判定する筈だから、その手は意味がない。それで魔力移譲は、一時的に互いの魔力の総量をシェアしあうのだが、多少技術は必要だが誰がどれだけ持つのかを調整することもできる。
そうだな、誰かの魔力タンクを一時的に別の者が持つようなイメージかな」
「魔力酔いは大丈夫なんですか?」
「魔力酔いは、あえて言えばコップから溢れるほど水を注ぎ込むようなイメージだが、この場合小さなコップを別に用意して、それごと相手に貸す形だから大丈夫だ。まあ、多少の魔力負荷はあるがな」
「で、ハルカさんの魔力をタンクにして少しの間だけボクたちが持てば、聖杯も誤摩化せるんじゃないかって事だね」
「ああ。そして私はその方法を知っている」
「やっぱりシズすごい。流石ね」
ハルカさんの顔がパッと明るくなった。先ほどまでの憂いや焦りはもうない。
「従者になって早々お役に立てて何よりだよ」
「お役に立てず申し訳ない」
「何言ってるの。ショウが一番沢山背負ってくれるんでしょ」
もうかなり余裕のある返しだけれど、表情にもゆとりが見える。
「契約二回目だから?」
「それもあるけど、多分一番魔力負荷に強いと思うんだけど?」
ハルカさんはそう言いつつ、シズさんに視線を向ける。
「だろうな。それに、ハルカがショウを相手にしていて自分の変化に気づかなかったという事は、ショウの魔力総量も十分大きいだろうしな」
「なんかその言い方だと、オレも魔力はSランクって感じですね」
「魔力総量は多分達しているだろう。試用期間中は特に周りから吸収しやすいからな。まぁ、ちゃんと強くなりたいのなら、あとは技量を追いつかせる事だ」
「嬉しいような、単にアンバランスを指摘されただけのような感じだなあ」
オレの気の抜けたような言葉にみんなが軽く笑ったが、そこに扉を叩く音がした。
アクセルさんだ。
「ルカ、みんな、入っていいかな?」
「あっ、どうぞ」
「もう元気そうだね」
「ええ、ちょっと私がみんなの魔力を集めすぎて、魔力酔いしてたみたい」
ハルカさんの言葉は、どこか繕う感じだ。
まあその通りなんだけど。
「えっと、何か聞こえてました?」
「少しね。でも、神殿の外に声は漏れてないし、神殿の人は外に出ていたから、ボクが少し聞いたぐらいだよ」
オレの質問に答えつつも、アクセルさんはできれば説明が欲しいなーという目線を向けてくる。
「そんな目したら、話さないわけにいかないでしょ。けど他言無用、お願いね」
「もちろん。騎士の名誉にかけて」
そんな気軽に騎士の名誉を口にしていいのだろうかと思うが、そういう時に合わせてする仕草がまた似合いまくっている。
みんなも軽く苦笑するしかない。
そしてかいつまんだ説明をすると、アクセルさんの笑顔のポーカーフェイスにヒビが入っている。
「儀式を見てある程度予測はできたけど、その若さであの力はやはり驚きだよ。本当なら、総力を挙げて我が国に招きたいところだ」
「だから、そういうのが嫌だって、今言ったでしょ」
「アハハハ、そうだね。とはいえ、我が国程度の小国では聖人は荷が重すぎるね。簡単に招くことすら憚られるし、大国に目をつけられてしまう」
「聖人は大国にいるんですか?」
「そうだよショウ。この辺りだと、海の向こうのミッドラント連合王国。西にあるレ・ガリア王国、浮遊大陸のアトランディア『帝国』、南東のノヴァトキオ『評議会』、東の妖人たちの森の国。それに神殿に3人いると言われている」
「そのうち3人は、生死不明か隠れているかよ」
「さすがルカの方が詳しいね。で、9人目候補というわけか、困ったな」
そこで全員が頭にクエスチョンマークを浮かべる。
「まだ正式決定ではないのだけど、この度の王都ウルズの鎮定並びに鎮魂の功を讃え、我が国はルカ殿とそのお供の方々を王都フリズスキャールヴにお招きし、国王陛下自ら栄誉を称えたいとのご意向なんだ。
しかも、出現を報告したばかりの強大な力を持つ腐龍までも退治したとあっては、招かないわけにはいかないだろうね」
「全部アクセルの手柄にしなかったの?」
「魔女は亡者だと知れ渡っていたし、鎮魂まで含めると高位の神官じゃないと無理な事は誰にでも分かる事だからね」
「それでも、アクセルとそのご一行として話をまとめる方が、アクセルの国にとっても都合いいでしょうに」
「みんなには申し訳なかったけど、ボクの手柄は盛らせてもらったよ。でも、神官抜きってわけにはいかないだろう。とはいえ神殿巡察官ではなく、聖女もしくは聖女候補となると容易く招けない」
そこでハルカさんは、先ほどまでの心底面倒くさそーな表情を一転させる。何か考えを、どちらかと言うと悪戯や悪巧みを思いついた顔だ。
「ねえアクセル、アースガルズ王国って、大神殿あったわよね」
「森の海管区のやつがある。と言っても、大陸本土には規模とかは負けるけどね」
「大神殿なら十分よ。あのね、私達にすこーしだけ協力してくれたら、多少は面倒くさいことに付き合ってあげるわ。それにアクセルやアースガルズ王国にとっても都合のいい話よ」
「詳しく聞こうか」
「私達ね、魔法でちょっと小細工して私が聖女認定されないようにしようとしてるの。だけど念のため、神殿の人たちにも根回しして、もし聖杯に何か反応があったとしても保留とかで時間稼ぎさせて欲しいの。
あと、ショウとシズになるべく自由に行動ができる位の授与と、3人を私の従者にする手筈も手早くしてくれない」
それを聞いて、アクセルさんが少し考える仕草をする。
「最初の件以外は問題ないだろう。我が国と神殿の関係は良好だからね。それにルカは、このところ我が国、つまりこの地域の神殿の管区で色々と尽くしてくれているから、公の上での心証は随分良いはずだ。
けど、神官位の認定には、確か魔導器が大きく関わるんだろ。大丈夫かい?」
「それは私がなんとか出来るから、アクセルは人の方を頼む」
「フレぃ、いやシズさんがそう言うなら問題ないんだろうね。分かった、皆さんを陛下の御前に招くためにも、早々に手を打とう」
「ありがとうアクセル。頼むわね」
「どういたしまして。ボク達にも益のあることだからね。ただね」
「ただ、何?」
「聖女はともかく淑女として、もう少し言葉は慎むべきだと思うよ、ボクは」
「なっ! ぜ、全部聞いてたんじゃない。忘れなさい、このバカアクセル!」
「アハハハ、聞こえたのは大声のところだけだよ」
さすがアクセルさん。話の締め方を心得ている。
そんなみんなの笑いで、話もまとまった。
すぐにもこれからのための行動開始だ。





