245「世界竜エルブルス(1)」
「おっ、見えた」
「だね」
「相変わらず目が良いわね」
「見えなくても、この距離で強くて独特の魔力を感じられるな」
「そうね。この感覚、久しぶり」
悠里を含めた5人で、館の横にある広いのだけが取り柄の飛行場で待っていると、大きな山脈の空に1点のシミのようなものが見えた。
もう少し近づいてくると別にもう一つ点が見え、最初に見えた点は飛行機を前から見たようなシルエットになってきた。
もう一つの小さい点は、呼びに行った『まだらの翼』だろう。
すでに飛行場には、街やその周辺にいる様々な種族が集まっている。竜人、獣人、矮人、人。
そして人だかりの外周には、様々なドラゴン達も行儀よく翼をたたんで並んでいる。
ちなみに、エルブルス辺境伯領の総人口は1万人程度。
中心となるシーナの街は、1000人から1500人程が住んでいる。
領民の多くは、この世界の標準として農業など一次産業に従事しているので、人が集まると言っても街の住人が多少集まっている程度だ。
しかも多くは、領地として直接抱えている家臣と警備隊の人達らしい。
ただし人の数は少なく、その人達の多くも他からノヴァの斡旋で移住した者だ。しかも、ノヴァと言うよりこの領地で買い上げた解放奴隷が中心となっている。
このため、人種は結構雑多だ。
竜の勢力に獣人が住んでいるのは、獣人達が元から近くの住人達だからだ。それ以前に、この辺りの地域は多くが獣人のテリトリーと言える。
魔物が多いので、いきなり強力な国家でも作らない限り人が住むには戦闘力もしくは軍事力が足りず、住む事が難しい影響もあるらしい。
ただ獣人達の主な産業は、農耕ではなく狩猟や牧畜中心だ。
矮人たちは、ラルドさんの言葉通りここの開発のために来ている出稼ぎ労働者のような形が殆どで、開発には長い年月が必要なので半ば定住している。
お酒も気に入ったとの事だし、住む場所には頓着しないらしい。
ちなみにオレの今朝は、「比較的」平穏だった。
目を覚ますと、同じベッドの両端で寝ていた筈のハルカさんに半ば抱きかかえられた状態だったが、二度目となるとお互い慣れ始めていた。
布団がめくれ上がっていたので、苦労して手繰り寄せている時に彼女を起こしてしまったが、彼女は少し顔を赤らめただけでそのまま無言でオレにくっつき続けていた。
いわゆる事後の朝っぽいが、当然何もない。
何しろこっちのオレは熟睡しきっていた。
寝る前も、悠里との遭遇もあったので少し遠慮があり、おやすみの挨拶止まりだ。
ただ、寝てる間に抱きついてそのままというのは、朝は男特有の自然現象があるので嬉しいけど止めて欲しい。
けど、ハルカさんが寝ている間に抱きついてくるのは、心細いとか寂しいからだと思えたので、こちらが何かエロい事をしようとも思わなかった。
この1年程は、ずっと一人で色々抱えて無理もしてきているだろうと思うと、少しでも支えになれたらという気持ちが勝るというものだ。
そんな感じで他に特にトラブルもなく、起きて食事をして手伝ってもらって少し立派な服に着替えて、世界竜エルブルスを迎えるべく飛行場に出てきている。
そしてその世界竜だけど、なかなか近づいてこなかった。
しかしそれは錯覚で、大きすぎるから遠くで姿を捉えるも、近づくのに時間がかかっているだけだ。
その巨体は、あと10数えれば飛行場に着陸という辺りで十分に体感できるようになった。
体長は長い首と尻尾抜きで30メートル以上、翼長は100メートルに迫るだろう。
大きさだけなら、ヴァイスの4、5倍もある。
昔の映画でよく自衛隊と戦っていた怪獣より小さいかもしれないが、あっちの世界の旅客機よりも大きく感じる。
その姿は、普通のドラゴンより飛ぶのに適したスマートなスタイルを持っていて、全身は深い蒼色で覆われている。
特に鱗の色は鮮やかな群青色で、磨き上げた金属や宝石のようにキラキラと輝いていた。
それだけで世界竜の風格バッチリだ。
全体のスタイルはドラゴンそのもので、太い足、少し小さめの手、普通のドラゴンよりも比率的に大きな翼、細く長い尻尾を持っている。
首も普通の飛龍より比率的に細く長く、頭も全体のサイズから見れば小さめだ。頭のツノは2対あり、水晶のように複雑に輝いている。
そして深い知性を湛えた瞳は、金色の輝きを放っていた。
それに優しい、もしくは穏やかな感じがする。
そしてその巨体がゆっくりと降り立つが、意外に巻き起こった風は小さかった。空力特性など、物理法則だけで飛んでいるわけではないという事だ。
体内は、浮遊石と同じものが多く含まれているのだろうと言われている。体内に浮遊石を持つのは上位竜や竜人の特徴で、魔力と翼で半ば強引に飛んでいる飛龍などとは飛び方も少し違っている。
そして世界竜は地面に降り立つと、一度周りをゆっくり見渡してからオレ達の方へと首を向けてきた。
《よく戻った我が友ハルカよ。それによくぞ参られた我が友のツガイと友人の方々。我が世界竜エルブルス。以後お見知りおきあれ。また、皆々も息災なようで何よりだ》
昨日も『まだらの翼』がしていた、魔力による言葉の伝達だ。
そしてその思念と言える言葉は、この場に居合わせたもの全てに届いていた。誰かに伝えるのではなく、こちらは普通に声を発するようなイメージだ。
膨大な魔力のなせる技なのだそうだ。
だからだろう、事前に礼儀とかを聞いていたので、集まった家臣、領民、それにドラゴンたちが合わせて礼を取る。
そしてその礼を最初に解いたのは、ハルカさんだった。
前に出て世界竜と相対し、両手を広げ大振りな挨拶をする。
そうしていると、まるで物語のヒロインのようだ。
「お久しぶり、エルブルス。突然呼び出してごめんなさい」
《なに、我にとってはちょっと跳ねるだけの距離だ。それよりその男が、ハルカの夫でよいのか?》
少し首を傾け、金色の両目がオレを捉える。
怖くは無かったけど、威厳というか凄い迫力だ。
「まだ正式には婚約もしてないけど、まずは領主になってもらうの」
「初めまして、ショウです。宜しくお願い致します!」
後ろでハルカさんに視線で合図をされたので、ハルカさんの隣まで行ってとにかく挨拶をする。
そうすると、高く見上げる位置にある世界竜の相好が少し崩れたように見えた。
《うむ、こちらこそ。何はともあれ目出度い事だ。では、これより我はショウと呼ぶので、其方も我をエルブルスと呼ぶがよい。皆々も、ショウをもり立てるように》
世界竜の言葉とともに、その場の全員が一斉に頭を垂れる。ドラゴン達ですら例外じゃない。
だからオレも、半ば反射的に180度回ってみんなに挨拶をと思ったが、動く直前に手でグッとハルカさんに止められる。
ハッとしてハルカさんを横目で見ると、ダメだと目で言っていた。
公の場で世界竜に背を見せる事は、人の世界で言えば不敬に近いと後で聞いた。
そんなやり取りに気づいていないように、世界竜は今度はハルカさんの方に首を少しだけ向ける。
《それでハルカ、用向きとは?》
「『マダラの翼』から聞いての通り、ノヴァトキオが魔物との戦争だから、ここから援軍を出したいの。あなたからも、声をかけてもらえると嬉しいのだけれど」
人の世なら根回し的な話をしているが、世界竜の前だとこういうものなのだそうだ。
だからだろうか、世界竜を騙したりしたら後が怖いどころで済まない。
昨日聞いた話だけど、オレ達の世界でロシアに当たる辺りにかつて存在した強大な国は、エルブルスの逆鱗に触れて、月が二度巡るほど続いた猛烈な暴風雨で草一本残さず滅ぼされたそうだ。
おかげで今も、人の世界からは遠い状態らしい。
世界竜のお膝元に人が少ないのも、単に魔物が多いだけでなく世界竜の伝説を恐れてのことだ。
他にも、南北アメリカに当たる邪神大陸と魔龍大陸、オーストラリアに当たる熱砂大陸に人や亜人による文明や国が存在しないのは、かつてそれぞれの大陸の世界竜の逆鱗に触れて、それぞれにあった人の文明が根こそぎ滅ぼされた結果だという。
もっとも、目の前の世界竜エルブルスから感じるのは、巨大な生物という事からくる威厳や荘厳さと、内面から感じられる穏やかさだけだ。
激しい面と穏やかな面を持つというのは、何だかお天気を具現化したような気がする。
《この領地以外の者たちにも声をかけた方が良いかな? となると多少日数が必要だが》
「そこまでは不要よ。けど、エルブルスのお声がかりだと、皆も納得してくれるから。それと、魔物との戦いは元々ノヴァ単独で行う予定だったから、助太刀したという体裁を整えておけば政治的には十分得点になるわ」
《人の世は、相も変わらず面倒な事だな。相分かった、好きなだけ連れて行くがよい。ただ、我の愛しい眷属たちに、くれぐれも無茶はさせないでおくれ》
優しげに聞こえる波長で、世界竜の思念が伝わってくる。
ハルカさんは温厚だと言ったが、確かにそうした雰囲気の伝わる言葉と口調(?)だ。
「もちろんよ、エルブルス。それともう一ついいかしら?」
《我に出来る事なら何なりと申してくれ。ハルカは我の恩人だ》
「ありがとう。実は、あなたの眷属の背に乗る者の中に、偶然ショウの親族がいたの。その人と乗龍の自由行動を認めて欲しいのだけれど、構わないかしら」
《それはまた良き偶然があったものだ。もちろん構わない。さて誰だ。前に出よ》
「わ、私です」
《ふむ。一番新しき雛だったか。では其方と其方の翼に、そうだな100年の自由を与えよう》
「えっ、そんなには。いえ、ありがとうございます!」
悠里が若干引いているが、世界竜の時間の尺度は人とは違いすぎだ。
ただ、魔力持ちなら普通の十倍の寿命になる可能性もあるのだから、貰っておいて損はないだろう。
《うむ。好きにすると良い。ところでハルカ、いかほど連れて行く?》
「象徴的で構わないと考えてるから、少数で構わないわ。望む者が少なすぎたら、少しお願いさせてもらうかもしれないけれど」
《なるほど。だが、出来れば少ない数にしてもらえるか。このところ、この辺りは少し騒がしいようだからな》
「魔物の活動が活発という話は聞いてるわ。ノヴァが落ち着いて、私たちの当面の事が終われば、私たちも鎮定に参加するつもりよ」
《それは心強い。では『まだらの翼』よ、あとは其方に一任する》
《はい、真なる主人様》
《それでは、少し早いが我は山に帰るとしよう。では皆、息災でな。……あ、そうそう、今日は菓子はないのか?》
口調の最後が、素が出たような雰囲気になる。
ほとんど好々爺な雰囲気だけど、今までが演技でこちらが本来の世界竜エルブルスなのだろう。
確かに、メルヘン世界がふさわしい竜だ。
「ごめんなさい。私たちが運べる量は限られてるから、持ってきてないの」
《そうか。船ではなく翼で来たのだったな、是非も無い事を聞いた。許せ》
口調を戻した世界竜の思念からは、あからさまに落胆する調子が伝わってくる。
(見た目は怖いくらいなのに、どんだけ甘いもん大好きなメルヘン・ドラゴンなんだ)と思わずにはいられないほどだ。
やっぱり、イメージとしては偉大なドラゴンの皮を被った好々爺だ。
けどその落胆に、『まだらの翼』が忠臣の鑑のような対応を見せる。人も龍も、こういうところは同じようだ。
《真なる主人様、次の船便で十分に発注しております。月がもう一巡りするまでお待ち下さい》
《そうか、そうか、楽しみにしているぞ。それに、皆いつもありがとう。それではな。我がいては、魔物どもがかえって騒ぎよるからな》
そう言い残すと、軽い調子の羽ばたきで宙に浮き始め、そしてさらに少し上昇したところで大きく羽ばたく。
自身が大きすぎるのを理解した上での、周りに配慮した優しい飛び方だ。
合わせて、その場に居あわせたドラゴンたちのかなりも飛び始め、多くが山の方へと姿を消していった。というより、ねぐらなり巣穴に帰って行ったのだろう。





