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日帰り異世界は夢の向こう 〜聖女の守り手〜  作者: 扶桑かつみ
第3部

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241「竜騎士ユーリ(1)」

「報告ご苦労様でした。……まだ何か?」


 扉を挟んで、全身甲冑姿の女竜騎士からハルカさんが報告を聞いていた。

 けど、それが終わると、何やら女竜騎士から怒気とも取れる雰囲気が強く漂い始める。

 危険というわけではないが、主従の間の空気ではない。


 向こうも『ダブル』だろうから、上下関係が気に入らないのだろうか。

 しかし女竜騎士の女性は、兜越しにハルカさんに視線を注ぐのみだ。

 仕方なくという雰囲気で、ハルカさんが口を開く。


「あなたも『ダブル』なんだと思うけど、こっちの世界の流儀とかが気に入らないなら、この領地に仕えたりしない方がいいわよ。

 何なら、自由になれるように話を付けましょうか。あなたの雷龍って、エルブルスの眷族なんでしょう」


 彼女がそう言っても、まだ女竜騎士は黙って突っ立っている。

 しかし、発散する怒気とも取れる雰囲気は強まるばかりだ。よく見れば体がわずかに震えている。怒り心頭という感じだ。

 そしてすぐにも感情は爆発した。


「お、おまえ、あいつの何なんだよ!」


 それが女竜騎士の素の第一声だった。

 しかもこちらの言葉ではなく、明確に日本語で叫んでいた。

 そしてその声に、オレは耳をぐっと引き寄せられた。

 今まで感じていた聞き覚えのデジャブとも取れる感覚が、本能的に確信になったからだ。


 けど、突然なので少し混乱した事もあって、オレが行動する前に扉の前の二人の方が先に言い合いを始めてしまう。


「そんな大声出さないで。他の家臣に聞かれると面倒よ。それと、もう少し分かりやすく言って」


「分かりやすくも何も、まんまだっての。この泥棒猫!」


「なっ!」


 女竜騎士の罵声に、流石のハルカさんも絶句する。そして一瞬後に、怒気とも言える感情に包まれる。


「ホラ、言い返せないのがいい証拠だ。どうやって、あの童貞をたぶらかしたんだよ!」


「誑かすなんて、何てこと言うの! それより、あなた誰! どんな理由でそんな事言うの? ショウの知り合いか何か?」


 オレは立ち上がるまではできたが、二人の舌戦を前にそれ以上行動に出られない。

 端から見れば、オロオロする哀れな姿をさらしている事だろう。

 そして図ったように、二人が一斉にオレに顔を向けてきた。


「ねえ、彼女は誰? 声で分かる?」


「なあ、こいつ何なんだよ。二股とか言うなよ!」


「えっ?」


 女竜騎士の言葉に、ハルカさんが再び竜騎士に顔を向き直す。

 二股という言葉が出た時点で、向こうの住人確定だと思ったんだろうが、オレにはそれ以上に目の前の女竜騎士が誰か絞り込めていた。

 いや、もう確信しかない。

 思わず「はぁーっ」と深い溜息が漏れてしまう。


「……やっぱり。お前、悠里だろ」


「知ってるのね。レナのお友達?」


 今度はハルカさんの視線が、鋭くオレに突き刺さる。

 彼女自身の言葉以外だったら許さない、とでも言いたげな強さだ。だから誤解は最初に解くべきだろう。


「違う違う。そいつはオレの妹。ごつい鎧なんか着込んでるから、分からなかったよ」


「妹? 一つ下の?」


 頷いて、二人の側へと向かう。


「そう。妹の悠里。ホラ、せめて兜取れよ。最初から兜被ってなきゃ、誤解も無かったのに。てか、こんなとこに居たのかよ。ちゃんと聞いとけば良かったよ、ったく」


 こっちがキレかけた言葉をパンパン連打したので気圧されたのか、女竜騎士は渋々と言った感じで兜を脱いで小脇に抱える。

 そうすると、兜を脱ぐときにセミロングの髪が一瞬乱れるも、悠里の顔が露わになる。

 髪の色は暗めの蒼で顔立ちも少し違うが、間違いなく妹の悠里だ。

 そしてその顔は、かなりという以上にキツイ表情だ。


「これでいいだろ。そっちは、ちゃんと話せよ」


「話すよ。ハルカさん、悪いけど二人を呼んできてくれる」


「え、ええ」


 ハルカさんは少し毒気を抜かれたように返事をして、別室で休んでいるであろう二人を起こしに行く。

 とりあえずこっちは、椅子が2つしかないので、ベッドのそばにテーブルと椅子を動かしておく。


 悠里はボサッと突っ立っているが、とりあえず無視だ。

 こっちが勝手に動けば、そのうち合わせて動くだろうと思ったからだ。実際、テーブルと椅子の移動が終わる頃には、まだ動かしていない椅子を動かして、それにどっかりと腰掛ける。

 そしてそのままオレに視線を据えてきた。


「お前、何やってんだよ。領主だろうからって迎えに行かされたら、超焦ったっての」


「それ、こっちのセリフ。そっちが最低限話してくれてたら、ちゃんと話してたぞ。それと、オレ以外には普通に話せよ。ノート読んだんなら大体分かるだろうけど、あの人がノートに出てくる神官戦士だ」


「それは分かったけど、人間関係とか殆ど書いてなかったから全然分からないっての。ここの領主とか何? それにあの二人もこっちに居るとか、訳分かんない」


「みんな揃ったら全部話すよ。その代わり、絶対誰にも話すなよ」


「そんなヤバイ話なのか?」


「ヤバイってより訳有りなんだ。マジ頼むな」


「う、うん」


 と、そこまで話したところで、3人が部屋に入ってきた。ハルカさんはともかく2人は怪訝な表情を浮かべている。

 しかし悠里の顔を見て、シズさんは即座に納得したようだった。

 ボクっ娘、頭の上にクエスチョンマークを浮かべたままだ。そして理解していない顔を見て、悠里が立ち上がってグッと迫る。

 しかもまたキレ気味だ。


「ねえ、玲奈さん。玲奈さんが、お兄ちゃんの彼女さんだよね?」


「えっと、誤解するのが当たり前なんだけど、ボクは天沢玲奈の見た目だけど、天沢玲奈じゃないんだ」


 ボクっ娘が、完全に気圧されてタジタジになっている。なかなかお目にかかれない情景だ。


「ハァ? 双子なんですか?」


「ちょっと込み入ってるの。えっと、ショウ、何か話してくれた?」


「まだだ。こっちの事を話したら、悠里も一通り話を聞かせてくれ」


「分かった」


 悠里はまだ不承不承といった雰囲気だ。


「話が長くなりそうね」


「そうだな。クロ、人数分のお茶を用意してくれ」


「は、かしこまりました」


 シズさんが預かっていたクロが、シズさんの言葉でキューブからスルスルと実態化し、静かに一礼して部屋を後にする。

 当然というか、悠里が目を丸くしている。


「何、あれ?」


「取り敢えず今は、オレ達が使役しているゴーレムの一種と思っててくれ」


「ゴーレムにあんなのあるんだ。欲しいかも」


「残念ながら非売品だ」


 オレの言葉に全員が半ば無理やりに苦笑し、ほんの少しだけ空気が和らいだところで、3人がベッドに腰掛けていく。



「取り敢えず、お茶が来る前に自己紹介しておくか」


「うん。でも、だいたい分かってる」


「いや、全然分かってない。お前が知ってるのはシズさんだけだ」


「……本当にシズさんなんですよね」


 再び椅子に座った悠里が、少し上目使いにシズさんに探るように視線を送る。

 まあ当然だろう。


「ああ、悠里ちゃん。こんななりだがな。なんなら、こっちでも勉強みようか?」


「はい! 是非お願いします!」


 耳と尻尾をあえて動かした上でのちょっと悪戯っぽい言葉に、悠里がこの部屋に来て初めて違う表情を見せた。

 しかも、一気に歓喜爆発といった感じだ。感情が高ぶっていて、振れ幅が大きくなっているんだろう。


「次、いいかな。ボクはレナ。けど、悠里ちゃんの知っている天沢玲奈とは違う人格だから」


「人格? 何、オタク的な設定とか?」


 レナにはタメ口なので「ホラ、言葉遣い」とすかさず促すも、ボクっ娘は手をヒラヒラと振る。


「いいよ別に。あのね、設定だったらいいんだけど、ボク達、解離性障害、要するに二重人格なんだ。まあ、これも信じるかどうかは、悠里ちゃん次第だけどね」


「雰囲気や仕草が全然違うだろ」


「……それは何となく分かる。けど、保留でいい?」


「全然オーケー。でも、もう一人の天沢さんには、変なこと聞いたりしないでね」


 オレのフォローもあって、多少は納得した様だ。

 しかし悠里にとっての本題はここからだ。再び表情が厳しくなる。


「分かった。で、あなたが、こいつと一緒に行動してる神官戦士ですか?」


「そうよ。初めまして悠里さん。親しい人はハルカって呼ぶわ。なんだ、話してるんじゃない」


「こっちでの事まとめてたノートを、悠里が勝手に読んでただけだよ」


「紛らわしいもん机の上に置いてるからだろ、このクソ」


 オレへの言葉を口にした途端、悠里がしまったという表情になった。

 そう、家庭教師に行っている時、悠里はオレのことを世間一般的に見て普通に呼んでいたからだ。


 シズさんは、オレから悠里のオレへの口調について聞いていたのでツッコミはしないが、悠里の方はシズさんをまともに見れなくなっている。


「あちらでも自然体でいいよ。ショウも気にしてないようだからな。ところで、こっちでの悠里ちゃんはなんて呼べばいいのかな?」


「あ、ユーリってまんまです。こっちだと男の名前らしいけど、他の名前で呼ばれても違和感あるから。てか、お前、ショータじゃなくてショウって呼ばせてるんだ」


「学校の友達もショウって呼ぶから、別にいいだろ」


 その答えに、妹様は「あ、そか。玲奈さんもショウ君だったよな」とブツブツ呟いている。ともかくこれで、最低限の名乗りは完了だ。

 それは全員が思った事で、代表して最年長のシズさんが小さく咳払いする。


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