218「彼女の家(1)」
目覚めると、どこかの建物の中だった。
一見『アナザー・スカイ』のちょっといい感じの宿の一室だけど、そう言い切るには色々と違った雰囲気がある。
なんとなく部屋の雰囲気や家具、小物に至るまで、どこか現代社会の個人的な部屋の中を思わせる。
しかも、色合いなど女子向けのものが多いように思えた。
ただ、部屋を使っている感じはしない。
そしてオレは、ここがどこなのかは知っている。
こっちで寝ている間に、向こうでシズさんから一通り聞いてきていたからだ。
それでも今ひとつ実感がないので、ぼーっとする頭で周囲を眺めると最初から部屋の中にいたらしい人影が近づいてきた。
残念ながらハルカさんではないし、ボクっ娘でもシズさんでもない。
「お目覚めにございますか、我が主人」
クロの慇懃ないつもの応対が、目覚めの一番となった。
昨日こちらで意識を失った後、普通に向こうで1日過ごしてきたので気分はかなり平静だ。
「おはよう、クロ」
「はい。おはよう御座います、我が主人。ご気分、お加減は如何でしょうか?」
「まあまあって感じかな。みんなは?」
「それはよう御座いました。皆様は、朝食の準備をされております。それでは皆様をお呼びして参りますので、少々お待ちください」
そう言って静かに部屋から立ち去る。
その後廊下を静かに歩く音が聞こえたので、それなりの規模の建物だと推測がついた。
そして1分も経たずに、階下から足音が複数上がってくる。
最初に扉を開いたのはハルカさんだった。その後ろに他の2人とクロも続いているので、優先権をハルカさんに譲ったのだと察しがつく。
「もう、心配させて。体はどう?」
オレが寝ているベッドまで近づくとそのまま屈み込んで、オレの額に自らの手を当て、さらに左腕をとった。
今まで気づかなかったというか意識していなかったが、切り飛ばされた左腕は元通りになっている。
試しに指を動かしてみるが、違和感はない。
「……くっついてる」
「くっつけたのよ」
ハルカさんに素直に頭を下げる。そして順番にみんなにも。
「うん、有難う。みんなも、運んでくれたり色々ありがとう」
「どういたしまして。と言っても、私は何もしてないがな」
「向こうで色々聞けて、精神的に助かりましたよ」
「とっさにショウを掴んだハルカさん、マジすごかったよね」
「私も落ちそうになったけどね」
シズさんからは簡単な概要は聞いていたが、色々あったようだ。思わず頭が下がる。
「それにしても、こっちは無茶できるところは、良い点だよな」
言いつつ、左手をグッパしたり、腕を動かしてみる。
普通に動くし、違和感などもなさそうだ。
「くっつけるのも簡単じゃないのよ。そんなにポンポン切られないでね」
「だが殊勲賞だ」
「だね。よくあの一撃止められたよね。ボク、気付きはしたけど動けなかったよ」
「私も。さすが無属性の脳筋職ね」
もっとお小言があるかと思ったが、予想外に高評価だ。
ただ、オレ自身思うところがないではない。
「オレも咄嗟で殆ど本能的だったと思う。もっと分かってたら剣で防いでたし」
「だが、よく腕一本で済んだな。並の『ダブル』だったら、そのまま胴体までやられたと思うぞ」
「頑丈なのが取り柄みたいですからね」
「今ならトラックとぶつかっても平気だよ」
「それだと異世界転生できないな」
ボクっ娘への切り返しにみんな軽く笑ったが、みんな心配よりも敵の初撃を防いだことに感心していた。
まあそれよりも、オレの関心事は別にある。
「それで、オレの左腕の代償はどうしてる?」
「まだ眠ってる。2日も眠らされるなんて、どんな薬や魔法を使われたのかしら」
「魔物特有の能力や薬なんだろう。魔物や悪魔の事は、よく分かってないからな」
「それで、シズからあれからの経緯は聞いてるのよね。記憶の抜け落ちやタイムラグはない?」
一応記憶を遡ってみるが、特に変なところはない。
「……大丈夫。でないと、こんなに平静じゃないって」
「半日以上寝てたもんねー」
「頭フラフラしてない?」
「特には。いや、ちょっとしてるかも」
そこで、マイ・ストマックが盛大に非難の声を上げる。
体は至って正常そうだ。それを聞いて、みんなも安心してくれたようだ。
「思ったより大丈夫そうね。じゃあ、血を増やすためにも食事にしましょう」
そうしてクロに、念のため軽く肩を貸してもらって階下に降りる。
建物は、屋根裏と地階付きの3階建ての、瀟洒って言葉が似合いそうな南ヨーロッパ風建築。
3階は一人部屋の寝室ばかりが8室あり、2階が主な生活空間になっている。
石と煉瓦で出来た立派な造りで、煉瓦や石、太い木の柱など耐久力の高そうなもの以外は新しい建材が使われている。
古い建物をリフォームして使っているみたいだ。
そして階段を下りるとき、3階の階段に光を入れる窓から外の景色が見えた。
地中海風とでも呼ぶべき町並みが広がっている。
思わず足を止めて景色に見入ってしまう。
オレに合わせて、みんなも足を止めていた。
「ここは?」
「ノヴァトキオよ。一通りシズから聞いてるんでしょう」
「うん。えっと、あっちではイスタンブールに当たる場所だよな」
頭の中で情報を整理しつつ口にする。
「ええ。旧市外の方は未だに遺跡状態だけどね」
彼女の視線は、ずっと先に注がれている。
視線の先は海の対岸のようだ。
「なるほどね。で、ここはハルカさんの家でいいんだよな」
「私だけの家じゃないわよ。シェアハウスみたいなものね。マリの部屋もあるわよ」
「へーっ。じゃあ、オレが寝た部屋も本来は誰かの部屋?」
「ショウには残念だけど、ただの客間。あの部屋は今は誰も使ってないわ」
女性用っぽい部屋だけど、生活臭がなかったわけだ。
しかし長い間家を閉じていたとも思えない。そういう臭いはしなかったからだ。
「あの部屋は、オレが寝てる間に掃除したのか? 全然手入れしてないって感じじゃかったし」
「この家自体が、今は無人の時が多いわね。私みたいに、たまに誰かが戻ってきて使うくらいよ。けど、家は定期的に掃除や手入れと、風を入れてもらってるの」
「こっちの友達とかに?」
「うん。ノヴァでお店をしてる娘や神殿に勤めてる友達がいるから」
「へーっ、どんな人?」
生産職も神殿勤めも、この世界でどんな暮らしをしているのか興味がある。
その辺は、ハルカさんも分かってくれている、と思える表情だ。
「そのうち紹介することもあるでしょう」
「アレ? 女の子なのにショウに紹介して問題ないのー?」
「一人は旦那さんがいるし、もう一人も彼氏いた筈よ」
「ううっ。ショウ、浮気はボクだけで我慢してね」
オレの肩に手を置き嘆くボクっ娘の臭い演技だけど、ほどほどにしてもらいたい。
「いや、オレの浮気前提かよ。浮気なんかしないって」
「どうだか。マジックアイテム相手にも鼻の下伸ばしてたくせに」
ボクっ娘のジョークに軽く返すが、やはりハルカさんの共感は得られなかったようだ。
しかも理不尽な扱いだ。
「いやいや、伸ばしてないだろ。困りまくりだよ」
「えーっ、新たな主人様酷ーい」
「酷くない。あの格好の方が非常識だろ。オレでも引くよ」





