初めてのクラスアップ
予告なく修正することがあります。
Sep-19-2020、一部変更。
二人の護衛と別れて二日が経った。ギルスは口数が少なくなり、エレンの練習は激しさを増して行った。ニーナとミリアンも馬車の中での会話が激減していた。何処か寂しそうな表情で手綱を握るララとロロ。
キキがゼンに近づいて何かを囁いた。そして、野営を始めてゼンが料理を作って並べた。
「出来た。」
具沢山の豚汁が椀に入れられ、狐色の塊が大皿に山の様に盛られていた。ゼンとキキがサラダを先に食べるため、全員がサラダを食べながら、狐色の塊を見い詰めていた。いつも有る筈の焼き肉が、今日の野営には無かった。
「うにゅにゅにゅ。」
「のじゃ姫、どうかしたの。」
「肉が無いのじゃ。」
「有るわよ。取って置きがね。」
「うにゅにゅにゅ。」
ニーナの不満は全員が思っていたらしく、キキの一言で全員の顔がキキに集まった。
「ある意味、怖いわね。これは鶏の唐揚げ。肉に小麦粉をつけて、油で揚げたものよ。」
キキが説明するとゼンとキキは、真ん中の大皿に積み上げられた唐揚げを一つ、塩胡椒をつけて口に放り込んだ。
この世界の料理は、焼くか煮る程度の調理方法が大半を占めていた。油で揚げる調理方法をニーナ達は知らなかった。
「のじゃ姫、その赤いソースも美味しいわよ。」
「うにゅ、これは美味しいのじゃ。」
「塩と胡椒とは贅沢だ。その分、とっても美味しい。」
ニーナもエレンも満足したように微笑んだ。ギルスと御者の姉弟は一言も喋らず、一心不乱に口へ運んでいた。
「少しは元気が戻ったかしら。」
夜明けに出発し、朝早くニーナ達は二つ目の町、エルドアの町に到着した。
入り口の行列の並び、昼前に町へ入ることが出来た。ゼンが積み荷を全部、マジックバックに入れ、馬車と馬を厩舎に預ける。
「ほう、マジックバッグか。便利なものを持っているな。」
ニーナ達の背中を見送る男が、にやりと笑みを浮かべた。
ゼンも不気味な笑みを浮かべていたことを、男は知らなかった。
「ここは南の王都周辺から、北の辺境区へ行く商人達が集まる町よ。」
「屋台があるのじゃ。ララ、ロロ!肉串を確保するのじゃ。」
ギルスが走り出す寸前の姉弟を、ミリアンがニーナを捕まえて突撃を防いだ。
「まずは宿を探そう。」
そして、ニーナ達は数件の宿屋を周り、一軒の高級感のある宿に決めた。
「予算が。」
「問題ない。銀貨二枚でいい。」
「でも、それじゃ、ゼンさんに悪い。」
「いいのよ。お風呂とトイレ付を強請ったのは私だから。」
一泊銀貨五枚の高級宿だった。部屋は二つしかなかったため、男女に別れて泊まることにした。
「ギルドへ納品してから、買い出しに行きましょ。」
キキの提案に全員で、宿を出て冒険者ギルドに向かった。
ギルドに入ると中にいた冒険者達の注目を浴びた。
「セオンの町と同じ造りなのじゃ。それにしても、あの視線は何とかならんのじゃ。」
「気にするな。」
不満を漏らすニーナにゼンは声を掛け、受付に向かった。エルフの女性が座っていた。
「ヴレノワールだ。買い取りを頼みたい。」
「ヴレノワール!は、はい。納品は裏にお願いします。ギルドマスターを呼んでまいります。」
「何じゃ、あれは。」
慌てて走って行く受付嬢を、ニーナ達は不思議そうに見送った。その後、解体場に行ってマジックバッグから素材を出していると、受付嬢が一人のエルフの男性を連れてきた。
「ギルドマスターのエルウィン・シルヴァンワイズだ。彼女はナディア・シルヴァンワイズ。」
「お婆様と同じ姓なのじゃ。親子なのじゃ?」
「いや、同じ氏族の出というわけだ。エルフは姓ではなく、氏族名を名乗るのだ。それより、君の祖母も同じとは、名を教えて貰えるかね。」
「うむ、ガブリエラじゃ。」
「君の口調、もしかして、左眉の上に傷のある女性かね。」
「おお、知っておるのか。その通りじゃ。傷が有るのじゃ。」
「劫焔・・・。君も火属性の魔法を使うのかね?」
「使うのじゃ。今はキキにも教えて貰っておるのじゃ。」
エルウィンはキキを見てからニーナに視線を戻して溜息を吐いた。その姿にニーナは首を傾げ、キキは僅かに口元に笑みを浮かべた。
「氷の魔法を使った彼女に教えを・・・。まあ、その話はまたの機会にしよう。」
エルウィンはゼンとキキの方に向き直り、咳払いを一つした。
「ギルドマスターが何の用?。私達はシルバーランクよ、指名依頼でもないでしょう。」
「君たちが来たらゴールドプレートを、渡すつもりだったのだ。だが、状況が変わって渡せなくなった。」
「構わん。」
キキもゼンもクラスアップに全く興味を示さなかった。むしろ、ニーナがそわそわとして、エルウィンに話の先をせがんだ。
「タイラントリザート討伐で、ミスリルにしようとセオンのマスターと意見が一致したのだ。暫く、エルドアに留まってもらえないか。」
「おお、ゼンは凄いのじゃ。冒険者になって十日程なのじゃ。もう、ミスリルなのじゃ。」
「ギルド始まって以来の高速クラスアップなのでね。近くのギルドマスターに確認を取っている最中なのだよ。」
「シルバーのままで構わん。」
「そんな訳には行かないのだ。レッサーデーモン討伐で本来はゴールド。それだけではない。毎回、充分な薬草の納入とハンターウルフの大量討伐。さらに、タイラントリザードの討伐。ミスリルに成って貰わないとギルドとして困るのだ。」
「面倒だ。」
「仕方ないわね。暫く町に留まるわ。費用はギルド持ちでいいの?」
「ギルドの経費だ。おそらく、五日ほどで纏まる筈だ。」
キキが報酬の金貨と大銀貨を数枚もらいギルドを出た。
「凄かったのじゃ。また、儲かったのじゃ。」
「ゼンさん、俺達は見ていただけだし。」
ゼンが報酬の半分をギルスに渡そうとして、断られていた。
「今後の宿や食費を、私達が持つというのはどう?」
「でもまあ、それなら助かるかな。」
ギルスとエレンは苦笑いを浮かべながら、キキの提案を受け入れた。
「よし、ララ!ロロ!肉串の確保に行くのじゃ。」
「おおっ!」
その夜、ゼンは夜更けに起き出し、窓を開けて屋根に登った。屋根には三人の人影があった。
「散歩か?可笑しな場所だ。」
ゼンの言葉に一人が即座に反応して、身を翻した。
「引くぞ。」
宿から遠ざかって行く三人を、ゼンは無言で立って見ていた。
「あら、今日は機嫌が良いのかしら。」
部屋の中でキキが呟いた。五分程経ちゼンがゆっくりと歩き出した。
「あら、やっぱり狩の時間なのね。」
キキは再び、呟いた。
翌日、朝食を摂っていると、客達の会話が聞こえてくる。
「窃盗団が何者かに殺されたそうだ。」
「五人と言うことは全員か。」
「何があったのじゃ?」
物騒な話題にニーナは料理を運んできた、女給仕に質問する。
「何でも昨夜、この町を荒らしまわっていた盗賊団が、何者かに殺されたらしいのです。怖いですね。」
「本当なのじゃ。怖い話なのじゃ。」
「でも、皆はこれで一安心と思っています。一体、誰の仕業か。」
「殺した者が判らないのじゃ。怖いのじゃ。」
食糧の買い出しに行くと、市場で噂が飛び交っていた。
「中には門番もいたらしい。」
「全員、一突きらしいぞ。しかも、剣すら抜いていなかったって。」
「誰かが何処かの暗殺者ギルドに依頼したのかもね。」
「相当、腕の立つ暗殺者だな、」
「ああ、全員が首を斬られていたらしい。」
ギルスとエレンがゼンを見た。ニーナとミリアンもゼンを見た。キキは微笑みながら姉弟と前を歩いていた。ララは振り向いてゼンを見た。
「ゼンさん、昨夜、窓から出て行ったよな。」
五人の視線がゼンに集まった。その細められた目に浮かぶのは疑惑だろうか。
「用を足しに、だ。」
五人は勢いよく横に首を振った。
「恐ろしいのじゃ。」
キ♀:クラスアップ。ミスリルの冒険者になったわ。
ゼ♂:やり過ぎた。
キ♀:仕方なかったのよ。
ゼ♂:目立たない予定が。
キ♀:ロールの破たんは速いのね。




