聖剣と邪剣 後編
──圧倒的だった。
微かに、しかし確かにクレアを見ていた菜乃花はその戦いぶりを間近で感じていた。
相手は〈融合〉により身体能力も魔力も倍以上に膨れ上がっているのにも関わらず、クレアはその差を感じさせない程の力を見せた。
放つ剣技の数々はクレアの今までの研鑽の全てが写っており、遂にはナチスを斬るまでに至った。
「凄い·····」
無意識にそう呟き、そよ風がそっと前髪を撫でる。それは勝負の決着を風がささやかながら祝福しているようだった。
「はぁ、はぁ、やったっすか·····」
クレアは肩を激しく上下しながら、上下に真っ二つと斬れたナチスを一瞥する。
明らかに生命活動が停止したナチス。
激しく散った血は円状に·····円状に? ここで初めて、クレアは気づく。勝負が終わっていないことに。
「〈蘇生〉」
もう聞くまいと思っていた声がクレアや菜乃花、ネロの耳に確かに届く。
その言葉を境に見る見ると損傷した体の傷は癒え、真っ二つに斬れた体はまるで何事もなかったかのように元通りに戻る。
「いやぁ、キツかったです。まさか、ここまで追い詰められるとは·····」
意地の悪い笑みを浮かべつつ、完全に復活した体の動きを確かめながらナチスは言う。
「う、そ·····」
膝から崩れ落ちるクレア。
それは体力が尽きたのと、同時に心が折れた証だった。
それを見る菜乃花はふと自分の手に握られているサクリファイスを見る。
ここでクレアを死なせないよう、自分が助けに入ろうとしたからだ。
だが、立ち上がった足が微かに止まる。
果たして自分が行って、クレアという犠牲を救えるだろうか、という疑問が浮かんだからだ。
ファングという犠牲を救えなかった。なら、今自分が飛び込んでも、また救えないだろう。所詮は綺麗事、平和などという事は·····。
「ナノカはそれで後悔をしないの?」
躊躇う菜乃花にネロが問う。
「ボクに直接的な戦闘能力はない。あるのは知識と魔力だけだ。そして、それはナチスには通用しないだろう。ボクには後悔しかないよ。黒魔病で死んだことも、クリンを救えなかった事も·····ボクが魔法である限り、主様の近くでしか真価を発揮出来ない。でも、君は違う。その手に握られているのは何? 君の語った言葉は何? 剣を握ったのなら、平和を語ったのなら、君は歩き続けるしかないんだ。後悔がない人生なんてない。でも、後悔を少なくすることは出来る。ナノカのその判断は本当に後悔しない?」
菜乃花は直感的に、言う。
「する。後悔する!」
「なら、行かなきゃ。ボクにはサポートしか出来ないけど、君ならやれるさ。せめて、後悔の少ない選択をして·····」
「うん。ありがとう、ネロ」
「どういたしまして」
菜乃花はサクリファイスを構える。
自分にはクレアのような剣技はない。自分にはネロのようなサポートする魔法も、励ます言葉もない。
でも、後悔しない·····いや、少なくするために。剣を握って、志を掲げて、一歩前へ。
ほんの少しの勇気を、振り絞って。
「ヤァ!」
「チッ!」
舌打ち一つ。ナチスはクレアから間をとる。
「大丈夫? クレア」
「はいっす。もう、大丈夫っす」
クレアも剣を握る。
菜乃花がクレアを眩しく見ていたように、またクレアも菜乃花が眩しく、羨ましかった。
カエデの中で一番にあるものは菜乃花だろう。自分がどう頑張っても、そこには辿り着けない。そんな菜乃花が羨ましく、覚悟こそはなかったが、こうして勇気を出して自分を庇ってくれた事を眩しく思えた。
「本当に適わないっすね·····」
そう考えていたら思わず呟いていた言葉に、菜乃花が反応する。
「私もクレアは凄いと思うよ。楓が好きってのが凄く伝わったもん」
「──な!」
これでもかと言うぐらいに真っ赤に染まった顔を見て、菜乃花はクスリと笑う。
「アマサも、クルムも、サナも、ユウキも、ララも、ナチスも、ネロも、そしてクレアも。皆が意味合いは違っても楓が好きで、愛しているんだ。私が少し目を離していたら、凄く遠い所に行っちゃってた。正直、今でも私は邪魔者だなって思っちゃうよ」
途中から出しゃばって出てきた邪魔者。菜乃花はこれまでにそう感じてきた。
「でも、この世界ではクレアたちの方が長く楓と居たけど、私も地球なら十七年間もずっと一緒に居たんだ。だから、負けないよ」
「え?」
「あの時は自分勝手に話を進めちゃったけど、しっかり、クレアたちに正面から挑んで、一番をもぎ取る。だから、勝負」
菜乃花はスっと拳をクレアも前に突き出す。
「·····ふっ、いいっすよ。勝負っす。ナノカちゃんに一番は渡さないっす!」
突き出された拳に、拳を持って返す。
「·····クレア」
「ナノカちゃん·····」
拳を離した二人はそっと、剣を握り。力を込める。
「「死なないで(っす)」」
自分たちがすべき勝負はこの先にある。だから、死ぬな、と。二人は駆け出した。
「この、〈光線〉」
ナチスの魔法が二人を襲う。
「まさか、同時発動っすか·····」
「そうです。〈融合〉を施した私の体にはファングもいる。故に、同時に発動出来るのです」
右手からは光線が、左手からは激光がクレアと菜乃花の行く先々に放たれる。
が、クレアはアルテガ剣術で培った足さばきで、菜乃花は勇者所以のステータスで避ける。
「クソ、何故当たらない!!」
ナチスは同時発動を行っているのにも関わらず、構わず飛び込んでくる二人に焦りを感じていた。
「そんなの見飽きたっすよ!」
しかし、それも当たり前だろう。菜乃花は強化されたステータスにより、全てを見据えており、クレアに限っては同時発動如き、何度も経験している。
故に勝負は一瞬で、一撃。
「〈絶対支配〉──今だ!」
ネロのサポートがナチスの動きを止める。
「ナノカちゃん!」
「クレア!!」
駆けていた二人の息が完全にシンクロする。
「「〈聖と邪の共鳴〉──!!」」
光の奔流が荒れ狂う。黒き稲妻が大地を焼く。聖と邪の二つの剣が、主と共鳴し、また主同士も共鳴して初めて強大な力となる。
「グァ!」
蘇生を許さない呪いの邪剣。逃げることを許さない聖剣。二つの力がナチスを倒した。
「それはなんっすか?」
戦いが終わった後、クレアは菜乃花の元へ向かう。
菜乃花はナチスが生きていた所で合掌をしていた。
「私の世界では死者に対して、供養をするんだよ」
平和の為の必要な犠牲とは言わない。ファングという犠牲を出した時、揺らいだ心も今では落ち着いている。これは後悔しないように、自らが決めたことだ。
ナチスを生かしたら、何をするか分からない。もしかしたら、仲間に手を出すかもしれない。後の後悔の種を前もって無くしたのだ。
この選択に後悔はないが、せめて供養だけはと、再び合掌する。
それを見たクレアは自分もナチスに向かって、そしてネロもまた目を瞑り、合掌をした。
「·····さて、楓の所に行こうか」
「·····そうっすね。行くっす」
「うん。行こう」
そして少女たちは確かに成長し、また一歩を踏み出した。
これでクレアたちの話はおしまいです。ようやく主人公である楓が次回から登場します。
次話の投稿はいつかは分かりませんが、気ままにお待ちして頂けると有難いです。なるべく早く上げられるように頑張ります。
では、また次回!




