婚約と奴隷
「くァァ」
右腕を上げ、背筋を伸ばす。
昨夜の戦いの後、俺はあの場から去り、宿に泊まったのだ。
借りた部屋は、最低限度の設備が整った部屋である。時間も時間、持っている金もそこまでなかったのが理由で、この部屋にしたのだが
俺の頭にあるのはクレアの事だった。
「久々にあの夢を見たな」
地球に住んでいた頃、特に幼稚園まではほぼ毎日のように見た夢を見た。
はるか昔、友と呼べる存在と交わした約束。
「俺に果たせるかね」
友を殺した俺に、友の子孫に手を伸ばせなかった俺にあの約束が守れるのか、果たせるのかは分からない。
が、それよりも
「そう言えば制服のままだったな」
昨日の出来事で制服は所々にほつれや、汚れが付着している。
「<創造>」
昔、奪取したスキル――創造を発動。
創造は、何かを代償にそれと同価値のものを創造できるスキルである。
俺が、森で燃えた木を代償に新しい木を創造したのを思い出してくれていい。
「布の代償だと布か革しか創造できねぇか」
簡易なメイルでも作ろうとしたが、やはり布には布か革しか生成出来なかった。
仕方なしに、制服を全て代償にし、白の半袖にレサーパンツを作成。ブレザーは黒のジャケットに変える。
「俺にはファッションセンスがないのか?」
白の半袖を着ているので全身真っ黒という訳では無いが、如何せん黒が多い。
制服に採用されている色が黒っぽいのがいけなかったんや、俺のせいじゃない。うん、きっとそうだ。
軽く現実逃避をしながら、部屋を出て朝飯を食うためにと一階に降りる。
「どうですかぁ? 家の宿は」
艶やかな黒髪を肩までに揃え、ピコピコと動く猫耳がキュートな少女が俺を迎えてくれた。
「良かったよ。それにしてもありがとうな、俺を泊めてくれてよ。女将にも礼を言っといてくれ」
「はぁーい」
ちょうど、客から注文が入ったので少女は「また、あとで」と足早に向かっていった。
さて、俺も朝飯をと席につき、メニューを見れば気になるものを発見した。
「婚約披露宴?」
何を隠そう、クレアとあのロンって奴の婚約披露宴が大大に見出しとされていたのだ。
すると、注文を取りに来たのか、俺のところに来た先程の猫耳少女が説明してくれた。
「そうなんですよ。あの英雄様が堕ちた勇者と婚約するんで新聞にこうやって書かれているんです」
どうやら聞けば、前々からロンはクレアにアプローチしていたらしい。
それが、俺との出会いによって婚約を条件に協力を要請、結果倒すことは出来なかったが、交渉としてやってしまった手前、断れずこのようになったのが容易に考えられるが、にしても
「行動が早いな」
昨日の今日でここまで出来るとは、余程クレアという女が欲しいのか、
もしくは、精霊宝具か·····。
俺の最上級に耐えられた勇者は二人だけだ。それは、アルテガとクレアのみ。
耐えられた原因としては、精霊宝具にほかならない。
「とりあえず、これとこれを頼む」
「分かりましたぁ」
ご注文をはよ! と言わんばかりに目力が強くなってきたのでパンと目玉焼きセットっぽいのを頼んでおく。
話を戻すが、婚約披露宴をぶち壊し、クレアを攫うことは出来る。
転生をある意味くれたと言っても過言ではない恩を返すのならそれが手っ取り早い。
魔王として貸しは返さなくてはな。
だが·····
「ご注文の品でぇす」
··········。
肝心な時にばかりこの子は入ってくるな。とりあえず受け取り、金を払う。
「毎度ありがとうございまぁす」
去っていったのを確認し、話を戻そう。
問題は、俺だ。
もちろん容易にぶち壊すことは出来るが、クレアの為に王都を消し炭に変えるのはおかしいだろう。
これではぶち壊し (物理) になってしまう。
もっと簡単にスマートにやんなくてはならない。
それには、最低でももう一人協力が必要だ。
バレた時の陽動、俺へのアシスト含め、助手というのが欲しい。
·····こんな風に色々と理由づけてはいるが、正直に白状すると、昨日のエレンたちのパーティを見て楽しそうだったのが一番の理由だ。
魔王だった頃は助手はおろか配下すらいなかったからな。
俺の事を魔王とは別に孤高の魔導王と呼ぶ人もいたほどだったのだ。
だが、この世界の知識が足りないのもまた事実。エレンたちに聞くのはいいが、頼りすぎというのもなんだろう。
やはり、羨ましさ云々を抜いても助手はいるな。
さて、簡単に助手と言っても裏切らないかつ、雇用費が抑えられる奴なんているのか? ·····
そして俺の目に映るのは猫耳をピコピコさせた少女だった。
·····そうだ、そうだ、そうだ。
いるじゃん、俺の要望を全て叶える奴が!
飯を食い終わった俺は、王都から出て人目のつかない場所にへと向かい
無系統中級魔法<飛翔>を発動。上空に飛び、目的地を探す。
すると、ものの数秒で目的地を発見。早速転移を発動させて転移すれば·····はい! 到着。
一見サーカス団のテントに見えるこの目的地に気配感知を発動させれば、地下に無数の気配を感知。
やはり、間違いないようだ。
「奴隷館·····」
そう、俺が求めるのは奴隷。獣人から人間まで多種多様、千差万別。
奴隷という制度には虫唾が走るが、しかしこのような制度を作ることができたのは、魔法という概念があるからこそだ。
地球での奴隷は、それこそ虫けらみたいに扱い、人権なんてものはなく、時に玩具にされ、時に労働者として働かされている。
が、もちろん。そんなことをすれば、反抗や裏切りもある。しかし、そんな心配もなくなった奴隷が、この世界の奴隷である。
魔法には制約系統魔法というものがある。その名の通り、ある程度の制約をつけられる魔法だ。
これを奴隷に使用する。もちろん主人にもだ。互いに制約をかけ、ある程度の人権は保ちつつ、主人にとって利益をもたらすのだ。
こんな感じの奴隷制度なのだが、実は、過去に奴隷の反乱があったので多少奴隷は優遇されたのだ。
では、早速入ろうとしよう。
すると、入って数秒で声がかかってきた。
「合言葉は?」
ほう、これで答えられなければサーカスとして対応し、答えれば奴隷商として対応するのか
もちろん、俺は合言葉なんて知らん。なので、覗かせてもらうとしよう。
ふむ、ウィンウィンか·····。どういう意味だ? まぁ、気にしても仕方がない。
「ウィンウィン」
「ようこそ、奴隷のお買い求めならこちらへ」
答えるやいなや黒服の正装に包まれた男性が、丁寧に俺を地下へと案内していく。
その後ろを歩いていくと――
「ほぉ、最大規模ってのは伊達じゃないな」
王都は、世界中から色々なものを取り寄せてくる。それは、食材然り、奴隷然りだ。
猫からエルフまでいろどりみどりだな。
「ようこそいらっしゃいましたぁ。ワタクシ、当店のオーナーをやっております、ダンマと申します」
ニマニマと気色の悪い笑みを浮かべた肥満体の男性が奥から出てくる。
「丁寧にどうも、俺は楓だ」
「では、カエデ様。今回の注文は?」
俺の手持ちは少ない。なら
「犯罪奴隷はいるか?」
奴隷には二種類分かれている。一つ目、通常奴隷。二つ目犯罪奴隷だ。
今回は後者――つまり、犯罪奴隷だが、簡単に言うとだな、犯罪を犯した者が人権を剥奪され奴隷に堕ちたものを指す。
「なかなか趣味の悪いお人なようで」
「お前ほどじゃないさ」
犯罪奴隷には、先程言った通り人権が剥奪されている。
つまり、相互に制約をかけることがないのだ。一方的な絶対服従が奴隷のみかけられる。
しかし、命令だけなのでいつ寝てるところを殺されても主人は文句が言えない。故に、買うやつはそうそういないのだ。
そもそも、犯罪奴隷という形式だけで、国も牢屋にぶち込むような感覚であるからして、犯罪奴隷は、一応奴隷商の利益のため多少の金が発生するが、他に比べ格安だ。
「こちらでございます」
奴隷商と言うだけあって辺りは一面監獄といって過言ではないぐらいのおびただしい牢の数。聞こえてくるのは、鎖の金属音のみだった。
「ここから先が犯罪奴隷です」
一つ扉を抜ければ、もはや牢すらなかった。豚小屋と言ってもおかしくない。藁と、ドックフードに似た食べ物が転がっている。
奴隷も同様だ。最低限の鎖だけには繋がられているが、みな痩せこけ、生き物とは言えなかった。
「ん? おい、ダンマ。奥のあれなんだ?」
しかし、そんな場所にも関わらず奥だけに牢が存在していた。
「ああ、あれは先の奴隷の反乱で大罪を犯した者がいる牢ですよ。あまりの危険性に牢をつけた次第でございます」
ほぉ、奴隷の反乱で活躍したと表現するのもおかしいが、そんなことをやった者がいるのか。
人を殺すことがたまにある俺にとって耐性がありそうな、ソイツに興味が出た。
「案内してくれ」
「ッ! 左様ですか。分かりました」
驚いたように目を見開きながらも、直ぐに元に戻り案内する。
さすがプロだ。
「先の奴隷の反乱において我ら人類に多大な被害をもたらした竜人――アマサでございます」
そして、牢が開かれた先にいたのは、汚れているが綺麗なプラチナブロンドの髪をした、紅玉のような輝きを放つ瞳の少女だった。
羨ましかったのですよ。
孤高の魔導王 (ボッチ) には·····