不思議
オールは不思議でならなかった。今のこの現状が。
「いいねぇ。君のいいところはそこだよぉ」
カミュと名乗った半透明──幽霊の男が言う。
しかし、オールが抱く疑問の先は彼ではなく、カエデである。その発端は数分前のことだった。
【オール、フィールド野原】
「久しぶりぃ、元気だったぁ?」
どこかやる気のない、気だるさが伝わってくる声がオールを不愉快にさせる。
「そういうカミュ様こそ」
身分が元とはいえ、魔王だったカミュとオールでは王族と国民ほど差がある。故に、オールは〝様〟と呼んではいるもの、敵意は丸出しだ。
「うんうん。君のそういうところ、変わってないねぇ。でも、一つ変わったところがある。……オールくんはなぜ、我ら魔族を裏切ったのかな?」
オールがカミュ嫌うのはここだ。その声とは裏腹に、躊躇なく本題から聞く。オールとしては計算し、計画的に相手を貶めるものであるからして、やはり、根本的からこの二人は合わないのだろう。
が、しかし、その質問には、常日頃からオールも感じているものではある。
「私がカエデ様を、主と認めたのはいつだったか……」
自問しても答えが出ない。故にオールは──カミュを殺すことにした。
そして、冒頭に戻る。
「切り替えが早いのは唯一、君を評価できるところだ」
迷いが浮かんだ時、人は隙が生まれる。この件に関しては、カエデの味方についたという疑問に、オールは迷いを見せた。それはカミュにとって最大の隙にほかならなかった。戦いに置いての隙は、致命的だ。生死に関する刹那の迷いすら、隙となり立場が逆転しかねない。それを熟知しているオールだからこそ、この切り替えの早さは、確かに評価できる。
「霊系統──<幽霊の手>」
半透明な右手が伸び、縦横無尽にオールを追う。
「でも、僕は知っている。君は切り替えではなく、迷いを瞬時に頭の隅に追いやっているだけだと」
思わず、オールは舌打ちをする。盛大に聞こえてくるそれに、カミュは不気味な笑顔をもって返す。
「僕に見えないものはない。僕の目にはくっきりと写っている。君の感情が、迷いが、ね?」
綺麗に揃えられたオールバックが崩れる。脂汗が頬を伝う。オールはそれほどまでに<幽霊の手>に捕まらないよう、必死だった。
霊系統は基本、物理が意味を成さない。なにせ、この世には存在しないものだからだ。幽霊とは未練の塊である。生前こうしたかったや、こうしとけば良かった、などの欲望が生んだ奇跡に等しい。
霊の強さは未練──つまり、欲望の大きさにて決まる。
そして、カミュの未練もまた存在し、故にオールは必死であるのだ。
霊系統の本質は、幽霊の未練の内容によって大きく異なる。例えば、あの子に告白しとけば、という未練があったとしよう。ならば、その本質は支配である。未練とは欲望と前述したとおり、あの子に告白して終わりというわけでない。その恋が実らなかったら? さらなる欲望──その人に愛されたいという未練が生まれる。それが霊系統には〝支配〟となって現れるのだ。
そして、カミュの未練というのが──
「自分を殺した人間を殺したい」
それが意味するのは〝殺戮〟つまり、カミュの扱う霊系統は殺しを第一に考えたものであるのだ。
再三言うが、未練は欲望。〝自分を殺した人間を殺したい〟という欲望は、いつしか〝人間を殺したい〟に変貌する。そして、それが実行されるまで、カミュが消えることはない。
「面倒ですね」
オールは〝迷い〟を極力悟られないように思考を加速させる。先程のカミュの発言は確かにそのとおりだ。切り替えの早さにも似た、頭の隅に追いやっている。それでも、通常の戦いでは問題ない。しかし、今回は相手が悪い。なにせ、あのカミュなのだから……
霊であるが故に、見えてしまう。全てが。
ならば、と、先程から考えているが、依然思い浮かばない。
「何をしているのかなぁ? ──<幽霊の束縛>」
四肢が、全身が重い。スケルトンにも似た怨霊が取り付いているようにも見えるこの魔法。一見、ピンチにも見えるが、オールはある妙案を思いつく、ヒントとなった。
「やっと捕まえたのに、何を笑っているんだい?」
カミュの言葉も、耳に入らないぐらい神経を、全てを魔力に意識させる。その仕草に、カミュは不思議でならなかった。
だが、それを待ってやるほど優しくない。
「喰いつくせ──<魂喰い《ソール・イーター》>」
最上級魔法が発動したその時、カミュは体の違和感を覚えた。
体が熱い。皮膚が焼ける。そこで初めて、カミュは自分の体を見る。そこには痣があり、それにカミュは見覚えがありすぎた。
「呪い?」
そう、オールがカミュにかけたのは魔法ではなく、呪術だった。




