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嫉妬

遅くなりました。少し、長めです。


 クルムの一言で〈偽造世界〉が激しく震える。所々に穴が空き、魔力の奔流が巻き起こる。それを一言で表現するなら『災害』。崩壊と破滅が同時に巻き起こる災害級の現象に、サクラが驚きを隠せない。


「これは·····?」

「〈崩滅〉と言う私のオリジナルの魔法。まだ試験段階だけど、破壊力は抜群よ?」


 そして微笑むクルムに、思わずサクラは後ずさる。それほどまでに、クルムの笑みは不気味でそれこそ『魔女』というに相応しいものだ。

 しかし、このまま何もしないと言うのは、己の命を捨ててるのと同意義。本能的に下がった足を無理やりに止め、眼を〈偽造世界〉全体に走らせる。


「·····なるほど。魔法自体に崩壊を招く──〈陣滅〉と、滅系統の最上級魔法に数えられる〈終末の日(ラグナロク)〉を合わせたのね」

「ふふっ、正解よ。この現象は二つの魔法をかけあわせてできている。と言っても、それがわかったところで、どうこう出来るとは思えないけど?」


 クルムは余裕そうな笑みを見せる。それを見て、サクラは唯一の疑問が頭に浮かんだ。


 ──クルムは、この状態でどう生き残るのだろうか?


 という疑問だ。


 自分がこの〈崩滅〉に巻き込まれる前に、魔法を中止させるのか? しかし、それだとサクラを完全に殺せるか? と言われれば、答えは否だ。

 ならば、先程の試験段階というのが、この魔法を攻略する鍵だと考え、一つの賭けに出た。


「〈止まりなさい〉」


 それは強制力で支配するというものだ。

 試験段階というのは、魔法が不完全だと言うことで、どこかに欠陥がある。それこそ、先程の〈陣滅〉で〈言霊〉が意味を成さなかったように、〈崩滅〉を魔力を込められるだけ込めた〈言霊〉で支配しようと考えた。


 だが、


「止まらない?」


 そう崩壊も破滅も終わりを見せない。それどころか、加速する一方だ。己の手を見れば、どんどんと消えていっているのが確認できた。もう時間の問題らしい。


「一体どういうこと?」


 すると、途端に視界が暗転した。どうやら、魔力の奔流がサクラの周りに流れていることから、穴に落ちたことがわかった。しかし、サクラにとってこれは痛くも痒くもない。そも、体内に秘めた魔力の絶大さ故に、魔力による自滅や消滅はありえないのだ。

 そう、だから、こんなはずではなかった。


「熱い、体が焼けるッ」


 魔力というのは多いことが必ずしもいいとは限らない。魔力の量で強さは決まらないのだ。そうなる原因は言わずもがな、魔力を扱えるか、コントロールできるかが強さの秘訣となるからだ。故に、サクラはその絶大なる魔力をコントロールする為に、幼少より訓練を欠かさずに行っていた。だから、こんな魔力の奔流など、前述した通り痛くも痒くもない。

 なのに、体が熱い。皮膚が焼ける。痛い、体中が高密度の魔力に耐えられない。


「なんで、なんでぇぇ」


 その叫び声が奈落とも思える穴の中響いた。




 一体、どれくらいの間、魔力に皮膚を体を蝕まれていただろうか。消えそうな意識が覚醒していく。


「なんで?」


 真っ先に出てくるのは疑問。確か、自分は焼かれて死んだはずじゃあ──

 そんなサクラの前に、満面の笑みを浮かべたクルムが座り込み、真っ直ぐこちらを直視していた。


「やっと起きたのね? どうかしら、死ぬ気分は?」


 この一言で、全てを察した。

 <崩滅>は決して攻撃魔法では無かった。いや、捉えようによればある意味攻撃だが、今回の<崩滅>は幻覚魔法だったようだ。しかも、相当高度な。

 

 思い込みの怖さを知っているだろうか? 一度そう思い込んでしまえば、そう感じてしまうアレだ。例を挙げるならば、熱はないのにちょっとした頭痛で、熱があると思い込み、途端と気だるさが襲ってくるアレだ。内容は個人差があるもの、その効果は絶大である。

 そして、今回はあまりに高度な幻覚魔法だったが為に、それが現実だと思い込んでしまい、それが痛覚にへと繋がり、最終的には死という幻まで見てしまった。感じてしまった。


 そう<崩滅>とは周りの物質に向けた崩壊と破滅ではなく、精神的な崩壊と破滅であるのだ。幾ら体を鍛えたところで、精神というのは思ったより弱く脆い。その証拠に──


「あ、あ……」


 サクラは後ずさりながら、小便を漏らす。

 死というのは恐ろしい。<蘇生>というものがあったとしても、その痛みや精神的にくるものとは恐怖を植え付けてくるのである。それに平気なのは、それこそ異常者であり、この場合、カエデやクロクルの事を指す。


「エルフという種族について、詳しくはしりませんが。悠久という時の中で薄れてく、死への恐怖というのには勝てないわ。私ですら、そうなのだから」


 カエデという男を前にして、何度、死を幻視したか。それほどまでにカエデという存在は恐ろしい。


「どうせ、カエデのせいでしょ?」


 どうやらまだ言葉は出るようだ。漏らしながら、なお睨み殺気を当てるという芸当にはクルムも驚かせられるが、しかし


「殺気が全然なってないですね? 先程の方がマシだったわよ。それに、殺気には慣れているから……あ、ごめんなさい。貴方への答えですが。当然カエデに決まってます。あんな恐ろしい人見たことがない」


 魔力、魔法の技術。魔法の種類に豊富な知識。剣術に付加魔術。一部の隙もない彼は恐ろしい。もはや、人の枠を大いに超えており、魔王と言われてもなお、規格外と言わざるをえないだろう。


「なら、なんであんな男の味方なんて」


 サクラには意味がわからなかった。万を超える相手にたった十数人で挑むのも、十数人もカエデの味方がいたことも。全てが意味が分からない。あんな男に、味方なんて、あんな男に、女なんて。あるはずない、いていいはずない。

 だって、それすらも、自分に──


「貴方はカエデに嫉妬しているのよ」


 サクラは思わず、バッとクルムを見る。


「嫉妬……?」


 余程、クルムの言葉がわからなかったのか、無意識に繰り返す。


 嫉妬……? エルフで最強な自分が、たかが矮小な人間如きに嫉妬だと?


「自分を超える魔法。自分がもってないものへの執着心。貴方がこれからしようと考えていたのは全てを奪われた事に対する復讐ではなく、カエデを超えたいという対抗」


 そして、続くクルムの言葉に、今度こそ言葉を失った。


「貴方はカエデが羨ましかったのよ」


 カエデが羨ましい? 自分に問うても答えが出ない。自分が彼に抱くは復讐心。それ以上でも、それ以下でもない。復讐なのに──


「仲間の敵打ちが取れる程の魔法を所持するカエデが羨ましかった。仲間を失い、孤独な自分と違って、仲間がいることが羨ましい。貴方はカエデが羨ましかっただけ。復讐というのは口実、ただ彼を超えたかっただけ。ただ、それだけなのよ」


 クルムの言葉に反抗するどころか、サクラの奥底にストンと落ちていき、今まで不完全だったパズルが完成したような気持ちになる。

 そして、サクラは自嘲するように笑う。


「なんだ。そんなことだったの。そんな、簡単な事に気づかなかったのか」

「貴方が彼に抱く気持ちが復讐なのはわかります。羨ましいのもわかります。嫉妬するのもわかるわ。ただ、カエデがあの時、貴方を馬鹿にしていたのは違う。彼は不器用なのよ。これは、私の憶測、ただの妄想よ。きっと、カエデは貴方に言いたかったのは──」


 ──へんな肩書き捨てて楽になれよ。


「もしかしたら、違うかもしれない。確かに彼は傲慢だしね。でも、それが魔王という悪なのでしょう。彼はそんな境遇で育ったの。これで、満足するとは思わないけど、貴方に事情があるように、相手にもある。そのことを忘れないで」


 クルムが話しているのは、確かに妄想なのかもしれない。カエデが本当にそう考えていたのかは知らない。だけど、


「貴方の仲間が逃がしてくれたのは、貴方に生きていて欲しかったからなのかもしれないわね」


 そんな言葉がサクラにとって、何よりも嬉しかった。

 恐らく、クルムにサクラを殺す気はないのだろう。あれば<終末の日(ラグナロク)>を放っていただろうから。決してこれは甘えでもなんでもない。今言ったように、生きてて欲しいからクルムは生かすのだ。

 だが、サクラの気持ちはもう決まっていた。


「私を存在事滅して」


 サクラの言葉にクルムは驚く。


「今言ったのを──」

「うん。理解している。だけど、もう駄目。この体じゃあ、生きてても仕方がない。だって、おもらししちゃったし……」


 クルムは思わず笑ってしまう。


「笑わないで! そもそも、ここまで追い詰めたのは貴方なんだから」

「ごめんなさい」


 しかし、なお笑い続けるクルムに苦笑しながら、サクラは真剣な顔になる。


「貴方には話してなかったわね。私ね。転生魔法使えるのよ。だから、魔族に生まれ変わったわけだけれども、どうせ、おもらししちゃったなら、私がこの世界で生きたというのを全部滅して欲しいの」


 そして、サクラは笑顔を浮かべる。


「真っさらな状態で生きてみたいところが見つかったのよ。お願い」


 そんなサクラの願いを無下には出来ない。故に、クルムは覚悟を決めた。


「じゃあ、行くわよ?」

「うん」

「<終末の日(ラグナロク)>」


 そして、消えていく。存在も魂も、全てが、透明な小さな光にへと変わって……そんな中、体内にあった莫大な魔力を全て消費して、サクラは転生魔法を発動させた。

 

 行き先は──地球。


 そして、数年後、小さな命、佐藤桜としてサクラは転生する事になるのだが、それはまた別の話。

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