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人間に抱く憎悪


 時は遡る。


「さて、エヴァン。お父様が帰ってくるまで遊びましょう?」

「あう」


 そんな妻と子を眺める夫──ジングの目は決して最愛の妻に向けるものでなく、汚れ、醜いものへと変貌していた。

 王子であるジングに与えられたもの。それは──


 クリンの抹殺及び、クロクルの死。


 息子であるエヴァンの殺害であったからだ。

 ジングはこれに対し反対は愚か、反発すらしなかった。それは父である王が怖かったではなく、その方が楽しいと思ったからだ。


 それがこの事態を巻き起こした。


「クリン?」


 クロクルが眼前の事態に、硬直する。

 

「やっと戻りましたか。お義父様?」


 ジングの目を見て、確信した。

 殺したのが、ジングであると。


 瞬間、絶望感が襲ってきた。


「ぐ、アァァァァァア!」


 今まで信じてきた。守ってきた人間。ラシルが守り、愛した人間は汚れ、醜かった。


「いやぁ、楽しかったですよ。エヴァンを守りながら必死で抗うクリンを殺すのは」


 その言葉で思い出す。エヴァンを……。


「エヴァンは」

「あぁ、クリンが最後の最後で転移してしまってね。今ではどこにいるのか」


 生きている。


 もしかしたら生きている孫の存在が、絶望のクロクルを突き動かす。


「貴様は殺す」

「ハハッ、待っていたよ。だけど、あいにく僕は殺せない。この剣がある限り」

「?」


 高々と剣を掲げるジング。


「これはね。農村の子百人を生贄に、エヴァンの血を混ぜたものなんですよ。かつて魔王と恐れられた貴方の血……実に役立ちました」


 クロクルは察する。


 自分が憎む人間が全てでないように、また自分が憎むべき人間がいることに。そして、それが眼前のこの男であることを。


「銘はサクリファイス。邪剣サクリファイスだ。貴方にこれが倒せますかね? いや、倒せない。なぜなら──」


 ジングが言い放った言葉は、ラシルと自分しか知らないこと……。


「──貴方の手元には冥級魔法が存在していないのですから」

「──ッ」

「知っていますよ。かつて初代勇者と魔王はその力を捨てた。勇者は己が装備を精霊に渡し、魔王は己が魔法をデビルス大陸の各地に封印した。全ては我々人間や、魔族から信頼を得る為に」

「どうして……?」

「初代勇者……ラシルの体を弄らせてもらいました。その時に脳を、ね?」


 クロクルは理解する。


 人間はクソだと。


 かつて、己がした事を忘れてはいない。だからこそ、力を捨て、プライドを捨て人間に寄り添ってきた。だが、かつて人間を守った英雄にこの仕打ち。


「いやぁ、楽しかったそうですよ? お父様が若い頃その現場に居合わせたようですが、弄る度に叫ぶ元勇者の顔は実に愉快だったと──ほげっ!」


 顔面に向け、殴る。

 上に跨り、顔を殴り、殴り、殴り続ける。


「こ、この、僕の顔を」


 人間はクソだ。

 醜く、汚らわしい、欲望にまみれ、そこに慈悲はなく、自尊心で己を纏い、弱者をいたぶる。逆に己がピンチとなれば、自分を被害者だと言い切り、偽物の正義を振りかざす。


「死ね、下郎」


 ジングの腹に右手を置く。そして──


「ひぎぃ、痛い、痛いよぉ」


 魔法を放つ。

 最上級? 違う、初級の<火球(ファイヤーボール)>だ。


「熱い、腹が、腹がァァァァ」


 己がされたように、ラシルがされたように、クリンがされたように……いたぶる。


「さて、始めようか」

「ひぃ」


 まずは、指。

 手にひらに生えた指を一本ずつ。そう一本ずつ。


「アガァァァァアッ!」


 次に、足。


「や、やめて」

「どうした? ご自慢の剣は?」

「も、持てない」

「それは、それはおかわいそうに」


 そして、切断する。


「アギィィィィイッ!」


 もう片方の足も同様だ。


「あ、ああああ」


 もう叫ぶことすら難しいのか、いやただ喉が潰れただけだ。

 かすり声をあげて、しかし、生を求め、腕でその場から逃れようと必死に抗う。


「見逃すと思ったか?」


 ──自分の娘がそうした時、逃さなかったようにな。


「ほら、ご自慢の顔の出番が来たぞ?」


 右手に炎を宿す。

 それをゆっくりと、ゆっくりと顔に近づけ……焼いた。


「アギャァァァァア」


 潰れた喉で叫ぶ。

 皮膚が焼け、眼球が露わになってもクロクルの怒りは、ラシルの怒りは……クリンの怒りは、収まらない。


「どうだ? お似合いじゃないか。醜いぞ? 今の貴様は」


 腕を根元から切り裂き、耳をそぎ落とす。


「死んじまいな」


 細く水魔法を放出。

 心臓を打ち抜き、あえてその醜態を残す。


「ごめんな? クリン」


 既に冷たく、生を失った娘を抱える。


「せめてネロと同じ墓に入れてやる」


 クロクルは決めた。

 和解なんて無理だと。ならば、滅ぼすしかあるまい。この醜く腐った人間どもを。


 * * *


「──これがあってから、クロクルは変わったんだ」

「……」


 もはや言葉が見つからなかった。


「でもね、一回だけ、クロクルが変われるかもしれない場面があったんだ」


 それは、成長したエヴァンと再会したことだ。


「クロクルは孫に与えられなかった幸せを与えようと、魔法が凄いのを口実に魔法学園に入学させたが、異質なエヴァンの魔法に人間は、子供は恐れた。そして最悪の称号を付けた──魔王と」


 魔王として追われ、命を狙われていると知ったクロクルは、考えた。

 そして、考え抜いたものが──


「恐怖を塗り替えさせるんだ」

「え……?」

「元来、魔王とは一人に与えられる称号だったが、冥級魔法をバラバラに封印したせいで魔王の称号を得られる者が増えてしまった。だからこそ、己が手に今一度、冥級魔法を揃え、人間どもを恐怖のどん底に陥れようとしているのさ。全ては主様の為に」

「それで、御主人様を普通に戻そうとしているのですか?」

「そうだ。人間どもを滅ぼせるし、魔族に標的を向かせず、魔王単体に脅威が向かせ、かつ主様の存在を人間たちから忘れさせる最善の一手だとね」


 だが、この計画には誤算があった。


「それは──主様が転生をしていたことだよ」


 アルテガと出会い、エヴァンは転生した。 

 人間たちの愛というのを知り、少しずつであるが、人間のことも信用し始めた。


「だから、クロクルを止められるのは主様だけなんだ。同じ境遇に立った者の言葉にしか、クロクルを止められない。それは分かるだろう?」


 何も知らない者が横からしゃしゃり出て、偽善の言葉で語りかけるよりも、同じ人間を恨み、その汚れや醜さを知ってもなお、人間を信じる者の言葉の方が響く。


「何故、この話を私たちに?」


 アマサの言葉に、ネロが答える。


「主様は孤独だった」


 前世では、人間に畏れられ、魔族にはその容姿から嫌われた。孤独。

 圧倒的な孤独が、エヴァンの周りにはあった。


「そんな主様に光を指したのは君たちさ」


 アルテガと出会い、菜乃花と出逢った。召喚された先で、アマサとクレアと、クルム、ユウキ、オール、サナ、ララと出会って確かに変わった。


「本当はボクの役目だったんだけどね」

「?」


 その呟きが彼女たちの耳に入る事は無かった。

 だが、これでいい。そうこれでいい。


「なら、なおのことカエデに会いましょう!」


 クルムの言葉に全員が賛同する。


「行くっす。次は私たちが助ける番っす」

「ん。いいこと言った」

「そうですね。行きましょう!」

「あちきも行くわ。そして──ぐふぐふふ」

「ララ様……よだれが……」

「ハッ、別にお仕置きをされたいなんて……」

「いえ、まだ一言も……」


 そんな彼女たちを見て、ネロは一人思う。


(これでいいよね。クリン……)


 そんなネロにアマサが近づく。


「さぁ、行きましょう。ネロさん。御主人様のところへ」

「へ?」

「今まで、御主人様を影ながら支えて下さりありがとうございます。これからは貴方と一緒に、私たちも支えていきますね?」

「あ……」


 



『お姉ちゃん。エヴァンを守って、この子に光を……』

 

 かつて、クリンの手から、エヴァンの体にへと移る際、クリンがネロに願ったこと。

 それを叶える為に、影ながら見守ってきた。


 ネロとは黒。自分は影の者だと、故に光を与える事は無理だと思っていたし、与えたのも彼女たちだと思ってきた。


 だけど──


「ネロ。私からもありがとう。ネロが今まで、楓を守ってきたから私が彼と出逢えた。だからもう一度、本当にありがとう。ネロ」


(ボクが見守ってきたのも、光につながったのかな……)



 幼きこの姿で、二人を見る。


「どういたしまして! じゃあ行こうか!」

「「うん(はい)」」


 貴方に何一つ与えられなかった駄目な姉だけど。これで、少しは貴方や、主様……いやカエデに与えられたのかな? ねぇ、クリン……。

これで過去篇は終了です。次は最終決戦で、最終章です。では、お楽しみに。

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