過去の過ち
一方で、ネロたちは終わりの迷宮近辺に、転移されていた。
「こ、これは……」
洗脳から解放されてあまり時間が経ってない菜乃花が起こった出来事に頭が追いつかない。
そんな菜乃花のためにと、ネロが解説をする。
「<転移>と呼ばれる転移魔法だよ。恐らくここはダンジョンの近く……どうやら、アイツはボクたちが邪魔らしい」
「邪魔って?」
「これは最初からボク……いや、主様とボクたちを転移させた張本人──クロクルの問題なのさ」
「ど、どういうこと?」
「いや、それを説明する前にある人たちを集めなくちゃならない」
「誰?」
「主様の大切なものたちさ」
ネロを先頭に歩き出す。
目的地は、ダンジョンの入口──巨大な山の山頂。
あれから、一時間もかからず登山に成功した。
「すごいね。ナノカは一応このスピードについてこれるんだ?」
「はぁはぁ、うん。なんかこの世界に来てから異様に体が軽いんだ」
内心でネロは理解する。
今代の勇者が菜乃花であると……。
元来、勇者とは異様なまでの力を内に秘めている。そうなる原因としては力を今まで使ってこなかったからである。力を使わず、それが内へ内へと秘められていき、それがあるきっかけを堺に爆発的に外へと放出される。異世界人に勇者が多いのはこれが原因だ。
しかし、異世界人だからといって全員が全員内に力を秘めているわけではない。そう考えれば、選ばれし者という表現もできるだろう。
「まぁ、とりあえずここにきた理由はね、ここにいる人たちに用があるんだ」
「人たち?」
「そう。多分だけど…………ほら、やっぱりいた」
ダンジョンの入口。その付近に集団の人影が見える。
目を凝らせば……
「おーい、アマサたちぃ」
そう、アマサたちである。
「聞きなれない声……いや、貴方はあの時、御主人様といた……」
「そう、名前はネロよろしくね」
菜乃花はアマサの「御主人様」という言葉にどこか引っかかりながらも「菜乃花と言います」と短かく、自己紹介をする。
「で、そんな二人が何の用かしら?」
クルムの微妙に圧のかかった声。
そこに怒気が混じっているのは一目瞭然だ。恐らく、カエデが自分を置いってったことに怒っているのだろう。
「悪いのだけれど、私たちはこれから行くところがあるので、御用があるのならまた今度ということで……」
「それって、デビルス大陸に行くんでしょ?」
「──っ」
クルムが何故それを!? と言わんばかりに驚く。
「今回の用ってのはそれが関係しているのさ。ってことだけど、これでもダメ?」
「──ッ、話しなさい」
クルムの許しを得た事で、ネロはまず、自分の素性から話し始めた。
「じゃあ、時間がないからどんどん話すね。まず、ボクはネロ。魔系統冥級魔法そのものだよ」
オールや、ララさえもその言葉に驚く。
「自立型の魔法とは初耳です……」
オールの呟きにネロが答えで返す。
「冥級魔法とはね、魔法のルーツなんだよ。んで、ボクのルーツがたまたま魔族だったって話しさ」
疑問が解けたところで、ネロは語る。
「ナノカさっきのことだけど……この戦いは主様と、クロクルの問題って言ったよね?」
菜乃花が頷くのを確認し、続ける。
「これから語るのは主様とクロクルの関係。そしてクロクルの過去だよ……これを聞いてから戦いに挑むかどうかを判断してくれ」
──これは今から千年前の物語だ……
* * *
昔、そう遥か昔……千年前。
当時、魔神として世界に名を轟かせた者がいた。その名はクロクル。性はなく、名しかない。
その理由としては己で捨てたという答えで収まった。
彼の父親は魔物に、母親は人間に殺された。故に彼は全てのものを恨んだ。
「魔王様……とうとう最終決戦ですね」
側近の魔族にクロクルが頷く。
「あぁ、これで忌まわしき人間が終わる。そしたら、魔物どもの殲滅だ」
「えぇ、あの時のこと今でも思い出します、弱くいじめられていた私を助けていただいた御恩は忘れません」
この男──センは、ほかの魔族に比べ、魔法の使い方が下手だった。それをいいことに人間にいじめられ、玩具として扱われていたセンをクロクルが助け出したのだ。
「それからだったな。今回の戦で勇者を倒し、そして我々の悲願が叶う」
クロクルは後方で控えていた万を超える軍の士気を上げる。
「行くぞぉ!」
「「「オォォッ!!」」」
人間の軍は先の戦にて、大半を蹴散らした。恐らく、まともに機能出来る兵なんてたかが知れている。目標は勇者のみだった。
そう、敵はたった一人だけだったのだ……
それが──
「ど、どういうことだ? 説明しろ! セン」
「は、ハッ、今回の戦で我が軍は全滅しました」
センの言った全滅という言葉が頭から離れない。
「いくら我が出陣しなかったとはいえ、我が軍が全滅だと?」
「魔王様、お逃げくださいッ! アイツは化物ですッ」
センの忠告を無視し、クロクルは戦地へ急いで赴く。
そしてそこで見たものとは──
荒れ果てた大地。転がる無数の死体。その死体は身覚えがあった。なぜなら、それは部下だったからだ。先日酒を交わし、勝利を誓いあった仲間。
「はぁ、はぁ、魔王様ッ、危ないッ!」
「──ッ」
遅れてきたセンの言葉で、気づく。己の命の危うさに……
「セ、セン!?」
そして、己が側近に助けられたことに……
「お、おい……嘘だろ……」
目の前で失われていく命……
「無様ね。自分の部下に守られるなんて……」
女の声がクロクルの耳を貫く。
「お前が……勇者か?」
「そうよ。ラシル。ラシル・ファースト。これから貴方を殺す者の名」
それを聞いたクロクルは何かがキレる音がした。
「時系統冥級魔法──<時の狭間>」
「ッ、体が」
「死ね──<火之災>」
一瞬で燃え広がる黒炎。
「聖系統最上級剣術──<精霊の道標>」
黒炎を纏い、ラシルは立つ。
「これが噂に聞いた地獄の炎……拍子抜け」
この時のラシルの目は、虚ろで、まるで何も見えていないようだった。興味がない。そう、等しく興味がなかったのだ。己を前にして未だ立っていられる者がいなかったが故に、無関心。だが、その評価も変わることとなる。
「影系統冥段──<陰影>」
ただ真っ黒な影がラシルに伸びる。
「こんなもので──?」
目に見えて襲ってくる影に、避けようとするが体が動かない。
「<時の狭間>」
勘違いが起こるようだが、時系統のルーツは時そのもの故に──
「消えた?」
一瞬で消えた。否、消えたのではない。そう錯覚しただけである。時が止まり、その間クロクルはラシルの後ろに回った。
「これなら防ぎれないだろ──<火之災>」
「舐めないで、精霊が教えてくれた。聖系統中級剣術──<光剣>」
衝突する二つの魔力。しかし、魔力だけならクロクルが負けることはない。そう思っていた──
「魔法に隠れて斬撃が!」
物理による攻撃で、クロクルの意識がブレる。そこに<光剣>の魔力がつけ込む。
「闇系統冥級魔法──<闇ノ侵略>」
だが、大人しくクロクルがやられることはなく、闇が<光剣>を侵略する。
「放て──<闇剣>」
「──ッ」
大地が爆ぜる。
だが──
「無傷か」
彼女が纏う装備の名は精霊宝具。使う剣は聖剣エクスカリバー。
故に魔法は意味を成さない。
だが──
「っぐふ」
冥級魔法はその限りでは無かった。
しかし、同時にクロクルの体にも血が伝っている。
先程の斬撃を数箇所喰らってしまったのだ。
実力はほぼ互角。
「「ウォォォォッ!」」
そして長い戦いが幕を開けた。
三日三晩。寝ずに続いた戦い。
両者の力がほぼ互角なだけに、遂には二人とも倒れるという形で戦いが終わった。
大地は原型を留めず、クレーターができ、木々はなくなり、湖は蒸発した。
そんな大地の上、二人の激しい息遣いだけが聞こえる。
「はぁはぁ」
ラシルの手はボロボロで剣一つもてやしない、片や、クロクルは魔力が切れ、魔法一つ放てやしない。
そんな中、ラシルの口が開かれる。
「貴方は何故、人間を恨むの?」
思えば、最初のあの会話からまともに聞いてないクロクルは返答に迷ったが、戦いに疲れてかゆっくりと口を開いた。
「人間に母親を殺されたからだ」
「復讐なの?」
「あぁ、人間は調子に乗りすぎた。他種を嘲笑い、馬騰し、実に醜いと感じたんだ」
「……」
一拍の間のあと、ラシルがおずおずと聞く。
「それは、私にも感じた?」
迷った。
それは、質問の意図がわからなかったのではなく、その醜さを彼女から一切感じなかったからだ。
だが、不安げに揺れる瞳を見たら、自然と口は開いていた。
「感じなかった……」
「……そう」
訪れる沈黙。
破ったのはラシル。
「最初、貴方と戦う前は魔族に殺された仲間の復讐で来た。しかし、実際話さないと分からないものだ。この戦いは無意味だということに……」
「……」
魔族は人間を恨み、人間は魔族を恨む。これは一生埋まることのないものかもしれない。そう考えるとつい思ってしまう。この戦いの終着点はどこなのだろうと。
「恐らくこのまま続ければ、いつかはどちらかの負けで決着がつくでしょう。しかし、その先の未来で何が変わるのだろうか? 怒りの矛先が変わるだけで、獣人。精霊、神、竜。全てを蹂躙するまで、戦いは終わらないかもしれない。……いや、次は同族同士の戦いが始まってしまう」
終わらない。
悲しみが怒りが、それぞれの感情が交差して戦いは続くのだろう。
「貴方の魔法を見た時、ハッとなった。貴方は復讐を成すがためだけに、冥級魔法を開発したのでしょう? それ故に、貴方は真っ直ぐな魔族なのだとわかった」
自分の成すことを叶えるが為に、真っ直ぐ生きてきた。寄り道せず、全ては憎きものたちを殺す為に。
「その真っ直ぐさをどうか、人間たちに向けてはくれないか?」
「なんだと?」
「先程、貴方は言った。私に醜さは感じなかったと……そういう人間もいるんだ。なにも、貴方たちが憎む人間たちが全てではない。お願いだ」
その言葉にどう返していいものか迷う。
ラシルが言ったことは間違いではない。ここで和解をすれば、少なくとも戦いは一度終わる。
だが、先に逝った同士たちの事を思うとどうしても、迷う。己がされてきた仕打ち、センがされた仕打ち。それを考えたら、答えは決まんなかった。
「私は今まで、他人にここまで興味を示した事は無かった。人間が汚れている事は百も承知だ。だから、人間にも仲間と呼べる者は少なかったし、魔族には当然無かった。だが、貴方と戦って感じたんだ。貴方ならって……上手く言葉にできないし、しようとも思わない。だって、私が今、貴方と喋っている。それが答えなんだから」
本来であれば、口も聞きたくない相手なのだろう。だが、彼女はクロクルに話し掛けた。
戦いの中で、剣を交えて伝わったのだろう。
ならば、自分も少しは歩み寄ろうではないか。
自分と同じ、センと同じ者をもう出さない為に……
「わかった。和解しよう……」
これが過ちだったと気づくのはもう少しあとの話……。
過去篇はまだ続きます。




