心 2
さて、菜乃花の心に来たはいいが、何ぶん来たことのない未知の世界で困惑しているのが現状だ。
海にも似たこの世界で、体の自由は上手く取れないわ、現在地点がわからないわで右往左往している。
しかし、これでは菜乃花の元までいけないのも確かだ。
なんとか工夫を凝らさなければ……
「魔力障壁を細長く囲って、魔力の噴射で行くか?」
飛行機や、ジェット機みたく抵抗が少ないフォルムを形成。
「……噴射」
足や、手から、魔力のみを噴射させる。
すると、ものすごいスピードで移動できた。
「後は、魔力の調整をすれば……」
一分を有したが、あらかたの制御が可能となり、この自由がきかない世界での移動手段を手に入れた。
「おっと、急がねぇとな」
辺りは一面、海。
しかし、呼吸ができていることから実際の海とは関係がないのだろう。
そして、問題はこの広大な世界でどうやって菜乃花を探すかだ。
何故か、気配感知が上手く起こらない。
「……手当たり次第か」
そして、俺はこの広大な心の世界を駆けた。
数十分も駆けてたら、あるものを発見した。
「菜乃花?」
糸に巻き付かれた全裸の菜乃花。
そんな菜乃花を見るけるなり、俺は調整も忘れて全速力で菜乃花の元に向かう。
「菜乃花! 今助けるから待ってろッ!」
魔道・神楽をこの手に顕現させ、俺は巻き付かれている糸を断ち切る。
力なく解放された菜乃花はぐったりと俺にもたれこんだ。
「大丈夫か? 菜乃花」
俺の問いに、菜乃花は力なく頷く。
「そうか。なら早くここから出よう…………か……?」
そして気づく。俺の心臓部を確かに貫いてる菜乃花の手刀に。
「な、のか……」
「楓……いや、エヴァンだっけ?」
上手く治癒が発動されない中、俺は気力を振り絞って声を出す。
「どう、して」
「サクリファイスが楓が教えてくれたんじゃん。私の知ってる楓は偽物で、本物は消えちゃったんでしょ?」
そして、手刀をゆっくりと引き抜き、菜乃花は俺の顔をその両手で挟み、怒鳴る。
「ねぇ、返してよ! 楓を、私の楓を返してよ!」
俺の体を強く揺さぶり、菜乃花は怒鳴り続ける。
「あーあ、菜乃花ちゃんに嫌われちゃったね? エヴァン」
少年の声が意地悪く聞こえてくる。
「おまえ、が、サクリファイスか?」
「そうだよ。ふふふ……これで完全に掌握しきった」
なんだと……?
「オレの呪力が蝕んでいく中、菜乃花ちゃんにはある希望が心にあった……それは、君だよ。エヴァン!」
「……」
「それを排除して完全に菜乃花ちゃんはオレのモノとなる。そして、それは今完遂した。君は菜乃花ちゃんに殺され、菜乃花ちゃんはオレの所有物に加わる。完璧だ、完璧すぎるシナリオだろ?」
眼前に立つ菜乃花は、今にも俺を殺しそうな勢いだ。
「さぁ、せめて菜乃花ちゃんに殺されるがいいよ。あぁ、ついでに……この世界にきた時点で君の負けだよ。固有能力も魔法も上手く起動できないからね。じゃあね、エヴァン」
菜乃花……。
「エヴァン。なんで楓を……返して、楓をかえしてぇぇぇッ!」
そして、菜乃花の手刀が再度、俺の胸を貫いた。
俺はもたれこむように、菜乃花の肩に己の顎を乗せた。
「菜乃花……楓という人間は俺だった。転生の仕組みは乗っ取るんじゃんくて、新しい肉体に生まれ変わるということなんだ……でも、お前になら、殺されてもいいという気持ちも存在している……」
俺には確かに成すべきことがある。
爺さんを倒し、そのふざけた計画を潰すということが……。
「俺はお前に嘘をつき続けてきた。その報いだとな……」
菜乃花と出逢って、俺は変わった。
「確かに、俺はエヴァンだ。この世界で魔王をやっていて、人間も殺してきた。それぐらい、人間が憎かったんだよ……でも、ある友と出会い、生きて……その先にあるものを見つけた。それは人間の愛というものだった」
人間のいいところというのもおかしいが、彼らには愛する心があった。
「それを見たとき……俺は、羨ましいと感じた。だからかな、俺は転生を使ったんだ。そして出逢ったのがお前だった」
昔から俺を連れ回したり、意味の分からない理論で俺の居場所を的中させたり、でも、そんな菜乃花が愛おしいとともに、ある罪悪感が生まれた。
「俺がお前を愛していいのかって……俺の手は黒く、いや、紅く染まっている。他者の血を浴び、生きてきた俺が『愛』を手に入れていいのかって」
俺の歩んできたこの道は、振り返れば屍が転がり、血が滴っている。
「こんな俺は駄目だって気づいた。もっと菜乃花にはいい人がいると感じた。だからこそ、俺はここでお前の前からいなくなるべきだと知ったんだ」
だから──
「さよなら……菜乃花……」
俺の意識が消えゆく。
菜乃花の泣き声とともに俺は──
「やっと殺したのか。どうだった? 菜乃花ちゃん?」
菜乃花はうつむいたまま動かない。
「楓はエヴァンが奪ったって言ってた……」
そしてポツリと呟いた言葉にサクリファイスは笑う。
「そんなわけないじゃん。嘘だよ、嘘」
その言葉に菜乃花は気づく。
己の犯した過ちに……。
「そして君はオレを殺せない。言ったでしょ、オレの所有物なんだよ。さて、ちゃんとオレ用に調教してあげるからね……ふふっ」
サクリファイスの笑みに思わず、菜乃花は後ずさる。
「君はもうオレのものだ。逃げられないよ。オレの呪縛からは──ッ!」
「きゃあぁぁああ」
「あ、れ……」
サクリファイスはここで気づく。
己の体がないことに……
「いつの間に……オレは……」
「教えてあげようか。それはな……今だよ」
ばっとサクリファイスが顔を動かせばそこに楓がエヴァンが立っていた。
「どうして……君はさっき殺されたはずじゃあ……」
「<蘇生>だよ」
「へ? だって……おかしいだろ。魔法は……」
「あまり魔王を舐めるな。こちとら神を相手にしてきたんだぞ?」
サクリファイスは遅く、そして確実に理解した。
──エヴァンを決して敵に回したら駄目だと……
「ひと思いにやってよ?」
「言われなくてもそのつもりだ」
一閃。
菜乃花には刺激が強く、思わず目を疑う程の光景が眼前に起こった。
「大丈夫か? 菜乃花」
「うん……それよりも、楓は……?」
己が確かに貫いたはずの胸は完全に塞がっており、ピンピンしている楓の姿に思わず安堵するが、先程自らが行ってしまった罪を思い出し……震える。
「ごめん、ごめんね……」
決して謝罪で済まされない事は分かりきっているが、己の犯した罪悪感から謝罪する。
「お前が操られている事はわかってた」
わざと陥れて、そして心を手にする。
それがサクリファイスのやり方だ。
「この言葉だけで、お前の心が晴れるとは思わない。だが、お前はまだ光の道に戻れる。さっきも言ったが、俺はお前の前から消えようと思っていることは本当だ」
「──ッ」
前々から思っていた。
俺は菜乃花にはふさわしくないと……だから──
「さようならだ。菜乃花」
「待って」
去っていく楓の背中を見て、思わず菜乃花は抱きつく。
「私は貴方を殺そうとした。これは謝っても許されないことだと知っている。だけど、楓も言ってた……こんな俺は駄目だって、だからさ、これから一緒に探していこうよ。私たちが殺めてしまった者にできることを……」
菜乃花はサクリファイスがいなくなって全てを知った。己がサクリファイスで殺してしまった魔族たちを……。
「罪滅ぼしって言ったら聞こえはいいけど……私たちは同じ罪を犯した。なら、私も楓と同じだよ。だから──」
かすれる声で菜乃花が言う。
「私をまた一人にしないで……」
さっきから、やってることや言ってることがおかしいってことは気づいてる。
自分が一瞬でも殺してしまった人に言うべき言葉じゃないってことも理解している。
でも、離せなかった。
口が止まらなかった。
それほどまで、自分が彼に恋しているのだから……
「菜乃花……」
「……楓」
「「好き(だ)」」
一応、前話に出てきた楓はサクリファイスが作り出した偽物です。




