心 1
それは……そう、例えるなら海。
黒く濁った海で、私は沈んでいく。
手を伸ばしても掴むは水。
体は糸に巻き付かれているが如く動かない。
四肢に巻き付き、私を支配している。
私はいつからこんなところにいるのだろう。
楓が消えたあの日、私は何がどうなったのかわからなかった。
足元が光りだし、楓は消えた。
呼びかけても、呼びかけても、楓は見つからなくて、そして気がつけばどこかの城にいた。そこまでは記憶があるが、そこからの一切が抜け出ている。
ここはどこなのだろう。
だれもいない海でただ一人沈んでいく。
「助けてよ……誰か」
『誰も助けには来ないさ……』
誰かの声が響き渡る。
「誰?」
『サクリファイス。お前をここに縛り付けている者の名だ』
「なんで私を縛り付けるの? ねぇここから出してよ」
『ここはお前の心の中さ……いや、今はオレのモノとなっているのが正しいのか?』
意味が分からない。
『そうか……まぁわかりやすく言えば、オレがお前の心に住み着き、自由を奪っているってことさ』
「なんでわかったの?」
『言ったろう……ここはもうオレのモノだと』
すると、少年の姿が目の前に現れる。
「やぁ、菜乃花ちゃん。オレがサクリファイスだ」
白髪で、紅い眼をした少年。
その姿は痩せていて、今にも餓死寸前と言えるぐらいだった。
「ねぇ、菜乃花ちゃん。君は死をどう思う?」
サクリファイスが問う。
死……今まで経験したことのない響き。
唐突な質問に躊躇するが、少年の浮かべる笑みに自然と口が動いた。
「いなくなること」
「うんうん。そうだね。それが悲しいんでしょ?」
頷く。
そう、そのとおりだ。
「悲しむ者がいるから死というのは、死んだ者が生きた証となる──でもね」
先程の笑みが嘘のように、少年の顔は怒りで、悲しみで強く歪む。
「悲しむ者がいないと、それは証とならない」
「え?」
「サクリファイス──生贄……オレは生贄なんだ。世界には不要で、誰からも愛してもらえなかった。手を伸ばしても、伸ばしても誰も掴んでくれなかった。今の菜乃花ちゃんのようにね」
「……」
私には何を話されているのか分からない。だけど、彼の言葉は胸に響いて、私の心を強く揺さぶった。
「だから、オレは同じことをしてやるんだ。そのために君の体を掌握した。君はオレの呪縛から逃れられない……もう、誰も君の手を握ってくれない。君は孤独だ」
「そんなことはない! 楓が、楓がここから助け出してくれる!」
「楓……君が想う人」
私が大好きな楓なら、幼馴染としての勘がそう言っている。楓はこの世界にいる。
「だから、楓が助けて──」
「君の知ってる楓は既にいないのに?」
「え?」
「楓という人格は確かに地球にあった。しかし、それはもういない……君が今まで楓として接していたのは赤の他人……エヴァンだよ」
「どういうこと?」
「この世界にはエヴァンという者がいた。彼は人を殺し奪った『転生』を用いて、転生を果たし、楓の肉体を自分のものとした。君が好いていたのは楓のフリをした化物だったのさ」
「嘘だ! そんなの……」
「嘘ではないよ。なら、直接聞いてみるとしようか?」
「え?」
「お客様が訪ねてきたよ。君が待ち焦がれた楓だ……」
サクリファイスがどいたその先には、楓が立っていた。
「本物?」
「あぁそうだ」
この声は楓……なら──
「ねぇ、楓。貴方はエヴァンなの?」
嘘だよね。嘘って言ってよ。私が今まで大好きだったのは楓なんだよ。エヴァンな訳が──
「……そうだ」
俯き、答える楓を見て、私の心は真っ黒に染まった。




