洗脳されし菜乃花
「な、菜乃花……」
俺は無意識に呼びかける。
「死んで」
しかし、返って来た言葉がこれだった。
瞬間、大地が爆ぜる。
「グッ!」
なんとか、魔道・神楽で菜乃花の攻撃を防ぐ。
クソ、一体どうなってやがる!?
『主様、これは洗脳だ。しかも、魔力じゃなくて呪力で洗脳している』
なんだと?
『魔法の洗脳とは違って、呪術の洗脳は格が違う。その理由は分かるでしょ?』
脳に深く根付いているということか。
呪いと同様に、もう解呪が不可能。
「つまり、もう菜乃花を助ける術がない」
クルムと同じく、体内に俺に魔力を注ぎ、洗脳を解くということは難しそうか。
今の攻防一つみただけで分かる。菜乃花の異常なまでの力を。
アイツが手にしているあの剣。
聖剣エクスカリバーと並ぶ、剣──邪剣サクリファイス。
名の由来は、その剣の作る工程にある。
サクリファイス……生贄として、人間を使っている。
人間を溶かし、型どる。
ソレに纏う呪力は、身体をも蝕む。
つまり、菜乃花を洗脳したのはサクリファイスか。
「なら、サクリファイスを──」
『無理だね』
ネロが被せ、否定する。
『主様も、さっき言ってたじゃないか。呪いと同様……つまり、三日以上経っているであろう彼女の洗脳を解く事は不可能だ』
「……」
『主様。冷静さを欠いているよ。余程、彼女が大切な存在だったんだね』
ある程度、予想はしていた。
菜乃花が、こちらの世界に召喚されることは。しかし、来たのであれば、俺が返せばいいとそう思っていた。これは、俺の慢心が呼んだ失敗だ。
だが──
「菜乃花を諦める訳にはいかない」
サクリファイスをとりあえず、奪い取る。
「させない」
「チッ」
菜乃花が攻める。
突き、横薙ぎ、払い……流れるように打ち込んでくる。
「ゼィヤッ」
俺の渾身の太刀筋も見切られている。
「呪力で身体能力を……!」
厄介極まりない。
しかも──
「<彗星>」
魔法までも使いこなすか。
「《消え失せろ》」
魔法陣破壊で<彗星>を破壊したところに、その影に乗じて菜乃花が接近してくる。
「<天翔破月>ッ」
咄嗟に回避するが、菜乃花の追撃が終わらない。
防具すらも、呪力で──ッ!
「さようなら──<地獄ノ刃>」
サクリファイスを地獄の炎で纏わせ、俺の首めがけて、振り下ろす。
「──ッ!」
避けきれない。
魔力障壁も意味を成さない。
地獄の炎で焼かれた者は、蘇生不可。
これを詰んだ、と。言うのだろう。
だが──
「こんなところで死んでたまるかァ──<影潜り>」
咄嗟の判断で、俺は影に身を潜める。
死ねない。
爺さんに会うまでは。
死ねない。
菜乃花を洗脳から解放するまでは。
「菜乃花ァァアア!」
影から、飛び出て俺は振る。
サクリファイスを叩き折る。
「魔道・一閃ッ!」
欠点めがけて、魔道・神楽の一閃を──ッ!
「しつこい……」
「は?」
俺の一閃が届く事は無かった。
菜乃花の突き出した切っ先の方向にあるは、己の心臓。
「グハッ」
血反吐を吐き出す。
「回復できない……」
呪いがそれを許さない……いつぞやのユウキがそう言ってたな。
なら、同様に蘇生も不可能。
「早く、解呪を……グハッ」
妖刀・政宗よりも、呪いの進行が早い?
「邪剣サクリファイスは、呪いの塊……いや、呪いそのもの。そこらへんのとは格が違う」
「な、なるほどな」
これは本格的にヤバイな。
『ボクが主様を死なせない』
消えかかった意識の中、ネロの声が朧げに聞こえてくる。
「<解呪>」
実体化したネロが俺に、解呪を施す。
「させない」
「君はそこで黙って見ているといいよ──<絶対支配>」
「ッ! 動かない?」
その隙に、ネロは魔力を高める。
「魔系統っぽく改変した<解呪>だ。これなら──!」
数秒を要して、呪いが消え去るのを確認した。
「ありがとう……ネロ」
「どういたしまして。それよりも、どうするの? アレ」
ネロが指差すのは、身動きが取れなくなった菜乃花。
「なら、今の内にサクリファイスを──!?」
俺が、菜乃花に近づこうとしたその時。
「ぶッ壊れろッ!」
「強引に支配を解いただと!?」
あれだといつか体が壊れるぞッ。
「主様……洗脳を解くのは早くした方がいいよ」
そんな事はわかってる。
しかし、問題はどうやって洗脳を解くか……
「──そうか」
アレなら……菜乃花を。
「ネロ悪い。魔法を菜乃花にかけてくれないか?」
ネロは、俺のこの言葉だけで、なにをやるつもりなのか察したようだ。
「いいけど。イチかバチかだよ?」
「構わない。やってくれ」
そして、俺は駆ける。
「菜乃花……邪魔するぞ? ──ネロッ!」
「もう知らないからね? 魔系統最上級魔法──<精神支配>」
菜乃花を縛っているのは、脳に根付いた呪い。
ならば、俺がそれを取り払う。
菜乃花の精神……つまり、心に侵入して。




