354話:嘘でも良いからしてみる?
「あの、レフィアさん!」
「なによ。荷物持ちが喋りかけるんじゃないの」
「いやいや。こんなに買い物して。自分で荷物持たないとか」
「とか? ですって?」
「いえ、謹んでお荷物お持ちします……」
「ふん」
俺は完全に機嫌を損ねさせてしまった。
あの時に嘘でも良いから気のあるフリをしていれば良かったんだと気づかされた。
「んで、俺は現在進行形で女の機嫌を損ねるダメ男。いやダメな彼氏だな……ははっ」
「聞こえてるわよー。良い彼女で良かったわね。でないと私の友達みたいに平手が飛んできたわよ」
このご時世にビンタだなんて。なんて暴力的な……。いや、異世界なので許されてるんでしょうねきっと。俺が男女の関係のやりとりについて疎いだけなのかもしれない。
「どうします。いったん預かり所なりで荷物預かってもらいます?」
「それは出来ないわ」
「どうしてっ!?」
いや普通にこれからの予定は食事にでもって誘いたかったんだけれど。即拒否してくるから階段を踏み外してしまったじゃないか。どうしたら機嫌を直してくれるんだよ……。って思っているとレフィアさんが話を返してくる。
「あんた。私たちがコソコソと仕事をしている事忘れてなくない?」
「それがどう関係してくるのです……?」
と質問すると彼女はため息をついてくる。スンとした表情でしか返せない。
「これだから無頓着なのよ。女の心ってものをもっとこぅ……!」
それとこれとでどう結びがつくんだっていうんだよ。多分彼女の頭の中では葛藤に満ちているらしい。
「少女漫画みたいなのを期待されてもこまりますー」
「あん? そんな知らない言葉を使われても反応に困るけども。馬鹿にしてるのね? 一発ここでやり合う?」
拳を前に出して殴りかかる体勢をとりつつ喧嘩の一歩手前にまで発展した。とはいえ周囲の客の視線もあるので。
「あ、あそこで良さそうな品物があるので先に行きますね!」
そそくさと対話拒否からの逃走で場所を変えよう。そうすれば何かいい事が起きそうだと思って走り出す。器用だと思われてもいいので両手に荷物を持ちながらいつも通りの走りでダッシュする。去り際に背後から客達の驚く声と、レフィアさんの怒って投げかけてくる「あとで覚えてなさい! ディナーは高級レストランじゃないと本当に許さないんだから!」って、非現実的な要望だったので。こちらも負けじと言わんばかりに。
「今からじゃ予約取れませんよ! どっか安い酒が飲める居酒屋だったら個室なりとれそうですけどー!」
「だったらもうそこでも良いから! あんたとは徹底的に話しないと気が済まなくなってきたわ! 昼のことといい、さっきのことときたら本当にリリィがなんであんたみたいな男を夫にしたのか。ほっっとうに分からないわよ!!!!」
ふふ、っと思わず苦笑する。とりあえず適当に荷物をどこかで預けて彼女を迎えにいくことにしよう。まあ、出会ったらあの人の事だから渾身の一撃をお見舞いしてくると思う。
とはいえ目立ちすぎたかもしれない。
「よぉ、そこの荷物持ってる兄ちゃんよ」
「あん?」
「俺様だ」
「……ビリーム」
人気の無いバックヤードまで訪れたら見慣れたクソ野郎と出会ってしまった。ビリームはスーツ姿というよりカジュアルな格好の装いをしており、その上から。
「なんで黒のエプロンかけてるんだよ?」
「そこ聞く? まあ、俺みたいな凄腕の店主である事の証明って言うの。聞きたくなっちゃたのかな?」
「飄々とした態度とってる時点で店長失格だろ」
「いえるー」
「……」
そうだ。こいつは真面目に話してもふざけた態度で言葉を返してくるんだったな。
「で、ラパンとご一緒にこの人間の行き交うショッピングモールで仲良く仕事かよ。お前ら魔人だろ? 人間の血肉大好きな化け物になって何のつもりで人間の役にたつ事してんだよ?」
「お嬢の気まぐれーっていうか。あいつを見守るのが俺の仕事だからよ。暇して毎日店にたむろしてたら嫌がられるじゃん」
「当然だろ」
どうやらこいつにも良識があるらしい。大量殺戮を犯した狼男の魔人が何を言ってるんだろうか。こっちはもう既に調べ上げてるんだよ。どうやら最近また人間の女性を襲って殺したと聞いている。酷い死に方をしたらしいから、ネメシスである俺には課せられた使命があるから。
「殺人の罪でお前をこの場で殺さないといけない。王家から既に略式死刑の権限が委託される。釈明はあるか?」
「まーじっめだなー」
「あ?」
「そうやってお前もこれまで人の命を奪うことに関わってきたんだって言いたいんだよてめえ」
「お前のボスの事で恨んでるのか?」
「ああそうだよ。ずっとお前を殺してやりたいって思ってたさ。でもよ。こちとら今の生活にようやくなじんで。いや、慣れてきたってのに邪魔が入ろうとしてるんだからよ」
と区切りをつけて、
「お前をどう苦しませて殺そうかって。頭の中で考えちまうじゃないか。わかるか俺の言いたいことをよ」
怨嗟の表情。彼の前。いや背後には鬼神が宿って姿を現していた。というのもまあ、俺の幻覚だったようで。彼の殺意の波動を自然にそう視てしまったと訂正するべきだろう。
「これ以上しゃべりかけたらこの場所でなんの悪いことをしてねえ奴らの命が消えちまうんだぜ? わかれよほら、どうなんだぁ?」
「……」
軽率だなんて思わない。俺は正しい事を言った。だが、人質を取られて同じ事を繰り返す余裕はない。
「理解した。とりあえず元の間柄に正すべきだ」
「信用ならないが。そうしておこう」
礼なんて言わない。敵に油断をみせてはいけないっていうだろ。
「次だ。次にまた会ったときは」
「何も言うなよ」
言葉で口を塞いでくる。相手の方にぶがある。
「…………」
背を向けてこの場を立ち去った。
「これ以上の滞在は危険だ。レフィアさんを回収して退却しよう」
どうやらこのショッピングモールの全体がふたりの魔人が居着く拠点になっていたようだ。もしかすると後何人がっていう事も考えられる。
「人数不利になる前に去るしかない」
――うふふ。また会いに来てねカリト君。愛してる♥
「え?」
どこからかラパンの声が聞こえてきたような……。いや、気のせいだろ。ビリームの殺気に当てられて気が動転しているんだ。
そして俺は元来た道へと戻る。
「レフィアさん?」
ショッピングモールの中央にレフィアさんはいた。近づいて声をかけるとどこか色っぽい表情をしており様子が変だ。
「おそいわよ新人……」
「レフィアさん。ここから退却しましょう。重大な事をつかんだので急いで本部に戻って報告したいので」
そういって彼女の手を触れると。
「いやよ……」
「え?」
「このまま帰りたくない……」
そう言いながら身を寄せて甘い吐息を顔にかけてくる。様子が変だ。
「まるでお酒を飲んで酔っているような……」
ほんのりかけられた吐息からアルコールの匂いがする。まさか俺の居ない間にお酒を飲んだのか?
そう思考を巡らせてると彼女がさらに踏み込んでくる。
「……今日は宿に泊まりましょうよ。二人で一緒に楽しくお酒を飲みながらね」
宿に泊まるってそれ男女のやりとりがしたいって事じゃ……いやいや俺には嫁がいるんだよ。とりあえずこの酔いどれをどうにかせねばならない。
「ほら、介抱しますから行きますよ」
「わぁーい。新人とお泊まりするぅ……」
「いつぶり以来だよ。酔っ払いを介抱するとか」
そういえば最近になって忙しいこともあり、まともに楽しく嗜好品をたしなめてない。とりあえず平穏なこの場所から立ち去ろう。敵地のど真ん中に居てはそういう事も出来ないしな。
投稿日に私用があり、日にちをずらしての投稿とさせて頂きました。申し訳ございません。
次回の更新は8月30日です。よろしくお願いします。※新作の進捗は順調に進んでおります。電撃文庫で賞をとれるような作品製作を意識してやってます。時折更新を遅らせてしまうかもしれませんが、これからもお付き合いしていただけるとうれしく思いますし。そのときが来ればいまこの後書きを読んで頂いている読者様の新しい一冊をお届けできるかと思います。重ね重ねですがよろしくお願いします。




