336話:遠い記憶で綴られる昔の思い出話 4
威圧ともとれる命令に、彼女に対し思わず怖いものを感じてしまったが。
「俺が出る幕ではないって言いたかったのですか?」
そう聞こえない声で。ハミルトと戦うレフィアさんに投げかけた。俺だってやれる。死線を何度もモンスター相手に乗り越えてきた。どんな難しいレベルのクエストだってこの手と体で幾度もなくこなしてきた経験だってあるんだ。絶対に勝てる自信を持ってここに立っているんだ!
「レフィアさん。悪いけど俺だって戦いたいんだ!」
気配を限りなく押し殺し、矢を引き絞る動作と共に顕現させて狙いを定める。狙いはレフィアさんが撃った弾丸がハミルトに着弾するのと同時に、俺が今から放つ矢を頭部にめがけて撃つ。ただそれだけの事に一点集中するだけでいい。頭の中に浮かんでくる雑念などこの矢に載せて振り払ってしまえば良い。
「…………」
じっと一点を見据える。狩猟の時だってそうだ。いつもの繰り返しでやっていることじゃないか。ただ。
「的が小さすぎる……」
そして動きが素早い。別のモノに例えるならば動く頭の上にのせているリンゴを人に当てず銃で撃つのと同じことだ。もう極端に5円玉を人の頭の上にのせて狙い撃つ芸当をしようとしているんだ。そして先に考えている縛りもあるわけだ。
「外したら殺されるぞ俺」
文字通り3人で行われるバトルロワイヤルが勃発することになるだろう。それはそれで面白いと思うかもしれない。あくまで端から見ればの建前でもある。今日の味方は今日の敵ってなりたくねえし。
そして俺が仕掛けるターゲットはというと。互いに拮抗で膠着しており、互いの武技を繰り出しては受け返し、隙を伺ってやり返す。そしてそれが幾重にも折り重なっていき熱い闘いへと昇華していく。気づけば俺もその闘いに対して釘付けになっており。自分のするべき事をはっと思い出すくらい忘れさせられる闘いだった。
「……やめておこう。野暮だ」
俺は構えていた矢を消失させて引き絞っていた弦をゆっくりとゆるめて地面に弓を下ろした。
「狙いに自信はあった。だが彼女の聖域に土足で足を踏み入れる価値のある一矢にはならないな」
「はははっ」
「なぜ笑うのだレフィア! ぐあぁっ!?!?」
ハミルトの右肩と左足に近接格闘術による銃弾が打ち込まれる。彼女の使う銃弾には魔人に一定の効果のあるとされる多量の水銀が濃縮されており。これを受けると魔人は水銀の作用によって体内の代謝に異変が生じて中和作用と呼ばれる体の異変が生じることになる。そしてその作用により直撃を受けた箇所は元の人間の部位に戻る。
「アンタの裸体なんて幾度なく見てきたつもりだったけれども。やっぱおかしいってハミルト。楽しいよ私。何故かしら?」
「何が楽しいんだ……くそっ!?!?!?」
自身のアンバランスな体つきに制御が効かないことで足並みが崩れてしまったようだ。そして彼の問いかけに対して笑いを絶やさないレフィアさんは。
「だってアンタをこうして復讐代行人の名の下に天罰を下せるのだから……!!!!」
そして再び手短なガンアクションと共にリロードを終えた2丁の回転弾倉式拳銃で再び弾丸の嵐を巻き起こした。
「やめろレフィア! お、俺たちは元共は――」
「知るかこの女誑し! あんたの上に跨がっていた頃の自分を思い出して。こうしている間にも頭の中でイライラが治まらないのよっ!!!! 死ねば良いのに!!!!」
それ、まるっきり夜のお話じゃないですか。いや現在時刻は夜の22時くらいになるかな。っていう冗談はさておき。
「だめだぁっ、このままでは人間に戻っちまぅ……!!!?」
「どうやら命運尽きたって感じのようね。新人出番よ!」
「えっ、俺????」
「さっき話たばかりなのに弓を構えていたじゃないの。そんなに私と殺し合いがしたいのかしらぁ? 良いのよ別に。なんかこの男と戦っても消化不良っていう感じでつまらなくてさぁ。あんたみたいな強い男と戦うのが一番大好きなのよねぇ」
あ、バレてましたか。つえぇぇ。てか怖っ!
「あ、はいそうです。でも」
「でも横やりを入れてこなかった」
「あっはい。だってそうしたらなんか野暮って思ったので」
自分の気持ちはともかく。やはり面と向き合って戦うふたりに余計な事はしてはいけないよな……って思ったし。
「はぁ、まったくロッソの奴も少しはこいつの教育に手を貸しなさいっての。あとで酒なりヰタ飯なりおごらせてやるんだから。ほら早く飲みたい気分から。さっさとこいつの後始末頼んだわよ」
銃を持った手で髪をかき分けながらぼやきつつ、レフィアさんが俺に後始末の指示を出してきたので。快く了承する事にした。
「や、やめっやめろ……! 俺が調子乗ったのが悪かった……許してくれぇ……」
地面に頭をこすりつけて命乞いをしてくるハミルトに対して。
「はぁ、こんな男って気づいていれば……」
と、唾棄するレフィアさんを見て。
「とりあえずすまない。何の恨みもないが。お前は魔の力に飲まれて抗うこともせずに多くの人の命を犠牲にしてきた罪がある。その落とし前はしてもらうぞハミルト」
「ちっくしょぉおおおおおおお!!!!」
後がないと理解したハミルトは俺に向かって玉砕覚悟の突撃をしてきた。実に狙いやすい。
「それを許すわけないじゃん」
「あ、あしがぁあっ!?!?」
生身の足に銃弾が撃ち込まれる。この上ない痛みに悶絶するしかないようだ。その隙を突いて武装顕現でウーサを召喚して素早く矢をつがえて狙いを定める。出力は20パーセントでいい。それで人は簡単に死ぬからだ。
「あの世で詫びるんだな。ライトニングアロー!!!!」
ヒュンという短い音と共に悲鳴が上がる。ハミルトの眉間に向かって聖なる光の矢がクリティカルヒットする。
「安らかに眠ってろ」
殺す事に対していつも抵抗はある。でも最悪な事態になるまでその信念を貫くのには難しいバランスもあってか。
――君はいつもそうやって側で見ているだけの傍観者になりたくてそんな心情を掲げているのかい?
アルシェさんには最近そんなお小言を受けてしまった。そして。
――魔人になってしまった人間はね。死してもなおその生命活動を続けようと抗うんだよ。独りで死にたくないっていう強い気持ちに駆られて周りにいる人たちを貪り喰らいはじめるんだ。なんで知っているかって? 君もよく知るあの子に教わったんだよ。放浪が好きなボクの友人からね。今頃はどこでのらりくらりと遊んでいるんだろうなぁ。
「俺の放った矢は聖なる力が宿っている。これでお前も生き返る事なく死ぬことができる」
竜人の大賢者グリムの研究成果が生かされている。彼女も魔人に対しての対抗策を考えていた。そうアルシェさんから話を聞かされていた。まさかその対抗策に俺が抜擢されるなんて思いもしなかった。なんかこう異世界にある特有の物で対抗すると思っていたからだ。
ウーサは神の弓。英雄アステリアの力が宿る弓でもあるために、聖なる浄化の力が宿っているのだという。水銀弾とは比較できないらしく。効力も作用も大きく違うのだという。水銀弾だと完全なまでに魔人を鎮圧できないからだ。
地面に仰向けで転がる傷だらけになったハミルトの死体をふたりで眺める。
「ハミルト……」
「知り合いだったんですか?」
「……私の元彼だったの。前に言ったでしょ。リリィとは後腐れのない恋をしなさいよってね。それがあなたに対しての私からの教訓よ」
「教訓ですか……」
後腐れのない恋をしたかったって彼女にはどう説明すればいいだろう。リリィは今頃田舎の実家で息子と一緒に療養している。本当なら長く見てお付き合いをした上で結婚して子をもうけるのが普通の生き方だったんだろう。
とりあえず仕事が落ち着いたら、そうだあれだな。ふたりが喜ぶような事をしてみよう。と思い老けていたところ。
「新人。頭の中でのろけてる場合じゃないわよ。新しいお客が来たわよ」
「えっ?」
「はぁい、かりとく~ん♥」
「は……?」
突然建物の上から聞こえてきた俺を呼ぶ甘い声。俺の記憶の中で聞き覚えのあるとても印象に残った《《あの》》女の声が聞こえる。
夜の満月を背景にして上にたつ男女の陰。男は女の横で膝を立てた姿勢で地面に腰を下ろして座ってこちらを眺めているようだ。そして。
「愛のあまりに監獄から出てきちゃった♥ これって愛のパワーって奴ねぇ、えへへ♥」
間違いないあいつだ……!!!!
「久しぶりカリト君。私の知らない間に他の女と子供をこさえていただなんて。私という最高のハニーがいるのに実にクライム。檻の中に放り込んで焦らされてた私って悲劇のヒロイン。こうしている間にも君の元に駆け寄って愛を囁いてギュッとあなたに寄り添って抱きしめてもらいたいくらいに切ないの……」
詩人みたいな口調でまくし立てて喋りつづける彼女の眼には♥マーク浮かんでいて。俺のげんなりする表情なんてお構いなしに蠱惑かつ、そして闇を感じさせるオーラを纏ってアピールしてくる。エロかわいいのに彼女との因縁があるので、何の眼の保養にもならないと個人的に思った。あはは……。恋愛感情となくて困惑しか感じないな。
そして隣で腰を下ろしていた男は。
「よう久しいなサトナカカリト。お嬢の話聞いてて楽しい事になってんじゃん」
「ビリーム……許さん!」
「いやまだお前に何もしてねぇし」
いつぞやの時に世話になったコンチネンタルの暗殺者こと。
「そうだよ俺様だよ。ビリーム様」
奴はアルテミス事変(俺がアテナの街で起きた事件をそう読んでいる)で暗躍していた企業であるコンチネンタルの構成員だった男だ。音沙汰がなく消息がつかめなかったのだが。どうしてかラパンの隣に並んで座っているじゃないか。
それは俺からしたら異様な組み合わせに思えた。
「まあ、なんだその。再会して早々なんだけどさ。サトナカカリト。お前に宣戦布告するわ」
とビリームが言い。
「私たち魔人戦線とあとなんだっけあのおじさん連中の組織の名前????」
「魔獣教団だっつぅのお嬢」
「そうそう魔獣教団だっつぅのっていう組織はねカリトくん?」
「…………」
いま……ラパンが魔人戦線って言ったのはマジか……?
そして魔獣教団。これは俺も知っている組織だ。ホワイエットが世話になったからな……。間接的に奴らは俺のホワイエットを魔獣化させようとしたアリオンに加担していたのだから……。何が聖なる魔獣を生み出すための実験だ……!
――英雄を崇める子孫達の中にも過激派は一定数いてね。その中でも一番の勢力を持つ魔獣教団は危険な一派なの。
「ラパン。お前……魔人になってしまったのか?」
その問いかけに対して彼女は。
「ふふっ、こんな体になってしまった私を愛してくれているのかしら?」
事実ともとれる返答を返してきた。
「なんて冗談よ。あははっ」
「…………」
聞いても損するだけのようだ……。
もしこの作品を『面白い』と思って頂けたり、『続きが気になる』と思って頂けたならぜひ広告下にある『☆☆☆☆☆』の所を押して頂きますようお願い申し上げます。今後の作品制作の励みになります。




