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【10万PV突破記念】SS:異世界ハンターで家族生活

         ―1―


――これは今から10年後の未来を描いた物語である。そしてあるかもしれない未来の物語でもある。


 快晴の空。日の出と共にボルカノメトロポリスの街の1日が始まとうとしている。既に街では早朝に動く業者達の往来が頻繁にあり、街の経済は今日も日の出と共に始まっていた。


 その早朝の活気とはかけ離れた閑静な住宅街。その中でもひときわ目立つモダン様式の小さなお屋敷。そこに居住まう4人の家族達にも今日の1日が始まろうとしていた。


「……うぅん……」「ぐぅ……ぐぅ……」


 男女の大人が2人、同じベッドの上で横になって眠っている寝室。男の方は寝息を立てながら身体を大の字に伸ばして眠っている。女の方は身体を横にして布団に身体を掛けて少しうなされた様子で不快感を表情を露わにしながら眠り続けている。


「――うぅん? ……あぁ、もう朝か」


 最初に目を醒して身体を起こしたのは女の方だ。身に纏っているのはゆったりとしたラベンダー色のネグリジェで、そのピンクの髪とよく似合っており、特有の大人の色香を纏った雰囲気がある。


「カリト。もう朝だよ。起きて頂戴」

「……んぁっ? あぁ……もう朝かよ」

「いやなの?」

「いいや……。君と一緒に起きられるなら嫌いじゃ無いな……」

「もう寝ぼけたままでそう言わないの」

「ふっ、それもそうだな」


 2人の朝はお互いの目覚めのキスから始まる。それから少し時間が過ぎ。


「旦那様。奥様。おはようございます」

「おはよう爺や」

「おはよー爺。子供達はもう食卓部屋にいるのかな?」

「はい奥様。メイドのエリサからは既に着席済みと聞いております」


 食卓部屋前の廊下でこの屋敷を管理する執事である爺ことヤモリが、カリトとリリィの前に立ち、柔らかな雰囲気を感じさせる態度で2人と会話を交わしている。中老の男、背は高く、身に纏う黒の執事服越しに感じさせられる体格は筋肉質である。


「カナエはちゃんと起きれたのか?」

「はい旦那様。カナエお嬢様につきまして。先日のように寝坊される事なくお目覚めになられました」

「そっか。それはよかった」


 本当なら俺からカナエに言ってやるべき事だが、爺の計らいで手を患う事は全て自分に任せて欲しいと言われてる為、親心としてはちょっとやる事を取られてる感じはするが、暫くは彼に頼ろうと考えるカリトである。


「アキトはちゃんと起きれたの? 今日カリト君と一緒に出かけるでしょ?」

「はい奥様。本日のお出かけに対して昨日の夜は大いにはしゃいでいらっしゃいましたが。エリサが機転を活かしまして本日もいつものように食卓部屋でお待ちになられております」

「そう、なら大丈夫そうね。寝坊してたらちょっとどころでは済まないお仕置きをするところだったわ」


 息子のアキトに対して少し厳しく接するリリィ。彼女は昨日、その昔、カリトからもらった大切な思い出の品を、アキトのイタズラで無くしてしまい、その事で少々不機嫌なのだ。


 とは言え、大事な子供に変わらないのでひとまず彼女は目を瞑ることにしておく事にはしている。昔から彼女は手持ちの物を誰かに失くされたりすると、親子であっても人並み以上に感情的になってしまうのだ。その時はカリトが仲を保つ形で宥めたりはしている。そして、


「さあ旦那様と奥様。どうぞ中にお入りください」


 リリィの機嫌を伺いつつヤモリが2人に中へ入るよう促す。それに応じてカリトとリリィは開かれた食卓部屋の扉をくぐり抜けて中に入っていった。


「あ、パパぁーーーっ!!」

「おおいきなりタックル抱きつきかぁっ! パパにおはようって言ってくれカナエ」

「やだ! えへへ」


 カナエ特有の反抗期の挨拶で拒否られるカリトである。カリトの胸に向かって飛び込み、タックルからの抱きつきをした幼い少女。それでもめげない娘大好きなカリトである。明日こそは可愛いくおはようございますと言われたいおバカな父性をうちに秘めて持つ彼は、そのままぎゅっと抱き返してあげている。


 リリィ・カナエ。年齢はちょうど先月で8才になったばかり。容姿はリリィに近く、瞳はカリトと同じく焦茶の色をしている。ショートヘアーのピンクの髪に対して、今着ているシンプルなベージュのドレスと革靴がよく似合う天真爛漫な女の子だ。


「おはようカナエ。朝から元気でえらいわー」


 2人のやり取りに思わずほろっと嬉しくなるリリィ。そして彼女は遠目にこちらの様子を伺って視線を向けてくる少年に振り向き。


「アキト。こっちにきなさい。パパに挨拶はしないの?」

「わ、わかってるって母さん……」


 昨日の事を引きずって戸惑いを隠しきれず、母親の言う事に反抗的な感じに受け答えをする少年。


 サトナカ・アキト。10才。容姿はカリトに近く、目の色はリリィと同じ輝く緑色をしている。ツンツン頭の黒髪が一見やんちゃそうな少年を彷彿させるが、このように怖いものを見ると自分を内に隠す性格をしている。だが年相応なのでやんちゃなのには変わりがない。

 今日のアキトの服はいつものカッターシャツとズボン姿ではなく、狩猟用の赤のラインの入った青いインナースーツを着用している。そして彼は今、妹を抱く父を前にして恐る恐るといった感じになり。


「お……おはようございますお父さん」

「おう、おはようアキト。昨日は母さんにひどい事をしたんだってな。なんで怒られたか今日の狩の終わりまでに自分で考えて答えを出しなさい。んで母さんに今日の夜までには謝って話すこと。約束だ、いいな?」

「うん、わかった……」

「じゃあ約束を守るかわりにほら、カナエと一緒のご褒美だ」


 カリトは抱きつくカナエを右側に寄せて、そのままアキトを左側に抱き寄せる。


「アキト。ごめんな。いつもカナエばかり構ってて。気を引きたかったんだろ? それくらいパパでもわかる話だ」

「うん……」


 自分の考えてる事がカリトに見透かされて、アキトは安堵と後悔の気持ちを学んだ。自分は嫌われているという誤解は間違いだった。父親の短な言葉を前にして思わず泣きそうになるのを堪えるアキトだった。


「にーちゃん。ご飯食べよー」

「ほらアキト。朝っぱらから泣くのも良いが。兄のやるべき役割があるだろ?」

「うん父さん。カナエ、椅子に座ろう」

「うん!」


 アキトとカナエはカリトの抱擁から離れて手を繋ぎ合い、そのまま食器の並ぶテーブルへと歩いていく。その後ろ姿を見てリリィとカリトは、


「もっと家族の時間を増やさないとな」

「うん、私もそう思うかな。これからのこともあるし」

「ああ、リリィの中にある大切なモノの為にもな。爺ばかりに任せるわけにはいかないかもしれんな」


 1度しか来ない親子の日常生活。何度も繰り返せるのも人生で1度だけ。どこまで子供達を可愛がってあげられるか。2人は今日も目の前の壁を前にして考える。ふと部屋の扉からコンコンとノックがかかる。それから扉が開いて。


「失礼します。朝食をお持ちいたしました」


 黒いメイド服姿の金髪ショートの若い女性が、扉の近くまで入ってカリト達にお辞儀をした。


「おはようエリサ。調子はどうだい?」

「お心遣いに感謝します旦那様。エリサは本日も元気です」

「そっか。それはよかった。じゃあ早速用意頼んだぞ」

「かしこまりました旦那様」

「リリィ。行こうか」

「うん」


 カリトとリリィが先に座るのを見計らい、エリサは恭しく再びお辞儀をして、そのまま廊下へと出て行く。そして暫しの間を開けて彼女は清潔感のある白の配膳車を部屋に持ち込んでやってきた。配膳車の上部2段には料理が載せられたトレーがあり、下の一段は空白のスペースが設けられている。


「わーーっ! おいしそう‼︎」


 エリサがテーブルに並べた彩りどのある料理の数々を前にして、カナエがその場で大はしゃぎ。思わず手掴みしようとした妹を止めようと慌てるアキト。そんな2人を面白そうに見守るカリトとリリィが並ぶ食卓の光景。4人の姿を微笑ましく部屋の側で眺めるメイドのエリサと執事のヤモリ達である。


『いただきます』


 カリトの合掌と共にアキトとカナエとリリィが同じ様に後に続く。そして朝食が始まった。


「パパ。えと、今日のしりょーは何を狩るの?」

「そうだな。今日はアキトも連れて行くから出来るだけ安全なモンスターにしようか」

「にーちゃん。けがしないでね? あと、モンスターさんをいじめたりして倒さないでね」

「ふふ、カナエは本当に優しい子ね。アキト。ちゃんとパパの言う事を聞いて狩猟クエストを受けるのよ?」

「うん」

「銃の扱いも分からなかったらちゃんと聞くのよ?」

「うん、わかった母さん」


 心配症のリリィを前に困惑顔のアキトは母の言いつけを理解しようと頷いている。


「大丈夫だリリィ。後は俺がアキトのサポートをするから」

「本当に大丈夫?」


 半信半疑でリリィがカリトに聞くと。


「何かあったら俺がどうにかすればいいだろ? 大丈夫。今日の狩で無茶な奴を相手するわけないから。そこまで心配にならなくても俺が側についている」

「そう……だったら大丈夫よね」

「アキトがやりたいって言ってきたんだ。初めての狩でおかしな事はさせないから任せてくれ」


 リリィはカリトの言葉を受けてこれ以上は同じ繰り返しになる。それ以上はカリトの信用に傷をつけることになると思い、彼女は話題を変えた。


「カナエ。今日はママのお手伝いの日だけどどうする?」

「えとね。今日のお昼からね。モンスター牧場のみんなと遊ぶ約束しているの」

「じゃあ、お昼まで一緒にお手伝いしてね」

「うん、わかった!」


 少ししこりのある話題の変え方をしたリリィに少し違和感を覚えるカリト。彼は何も言わずに、手前の皿に乗せられたハムエッグを箸で摘まんでそのまま被りついた。


「アキト。気にするな。母さんはただお前の事が心配でそう言ってきただけだ。そう落ち込むなって。せっかくの朝だ。母さんはお前の事を嫌いになった訳じゃ無いからな」

「うん……」


 まぁ、あんな風に言われて落ち込ない訳がないか。そう思いながらカリトは隣の皿にのせられているサラダを摘まみとって口の中に入れて咀嚼する。リリィは昔からアキトの事になると少し厳しくあたりがちになるからな。俺が優しくしてあげないとなと思うカリトである。


「うーん……」


 母親のリリィに心配されている事に対して、アキトは少し自信を無くしていた。テーブルの料理に手が進まない。でも食べなければエリサと爺に迷惑をかけてしまう。それに今日は父親のカリトとの初めての狩猟の日だ。箸を持つ手が重くなりつつも食べなければ食欲が満たされない。


「うーん……」


 アキトは今まで感じたことの無い葛藤に悩まされる。


「ふむ……」


 その息子の様子をカリトは少し心配に思いながら、今日の狩猟で相手をするモンスターをどの様に相手するか考えていた。


「それでねママ。ライノスとサドラーがね。2人きりで私と遊びたいからって喧嘩しちゃったの」

「…………」


 リリィはカナエと談笑しながら視線を時折逸らしつつ、2人が無事に帰ってくる事を心の中で願っていた。昔の彼の事を思い出して。



        -2-


「リリィさん! この商品の陳列場所どこにします?」

「ああ、それは二列目の陳列ブースのフロントに目立つ感じで並べてみて」

「わかりました」


 ボルカノメトロポリスの一区画にあるスーパーマーケットにて、リリィは店舗専用の制服に身を纏い、周囲の社員達と一緒に混ざって開店作業に追われていた。


「今日は精肉の特売日だから品切れを抑えていかないと」


 今日は月に1度の精肉特売日だ。この店内で並べられる新鮮な精肉全てが、割引価格で提供し販売する事になる。1人でも多くのお客様に行き渡る様にしなければならない。普段は事務室で過ごすリリィも、今日は現場で働く仲間達と一緒になって同じ作業に取り組んでいる。


「リリィさん! もうそろそろお店開けないと外で並んでるお客さんの列がヤバイです! ガードマンさんが頑張ってますけど圧がすごくてマズイっす‼︎」

「えぇ……」


 何がどうヤバイのかは想像するに、アルバイト社員が見たありのままの状況なのだろう。リリィは覚悟を決めた。周りで不安になっている社員達に、


「みんな! 陳列作業に集中して! 手の空いたレジ担当はすぐに現場に入って待機! それ以外で手の空いた人はすぐに出入り口に並んでお迎えの準備をして‼︎」


 的確かつ簡潔な指示を出した。するとリリィの言葉を受けてこの場にいる社員全員がキリッと表情を変えて。


『はい!!!!』


 全員の士気が最高潮に達した。リリィを除く各々の社員達は自分の役割を果たす為に動き出す。


「ねえそこの君!」

「はい、リリィさん!」

「長蛇の列が一気に押し寄せられないように人数制限をかけて順次通してあげて!」

「わかりました! ガードマンさんにはそう伝えておきます!」

「頼むわよ!」


 大勢で押しかけられた時の事故が1番怖い事が起きやすい。リリィは店舗の管理者として、然るべき対応の為に繰り返し指揮を取り続けてこなしていく。そして、


「みんな、今日も笑顔でお客様を迎えるわよ! いくわよ!」

『はい!』


――いらっしゃいませ‼︎


 スーパーマーケット『サトナカ』の1日が始まった。


 サトナカ・カリトが輸入したスーパーマーケットは市民の生活において欠かせない生活基盤を支えるショッピング施設である。


 最初は小さなコンビニ形式で始めたこのお店も、幾度の繁盛を経験して立て直しを繰り返し、今となっては3階建て規模の大型スーパーマーケットになった。来年には集約しすぎてる来客数を分散させる為に、市街北部に新しく2号店を設立する予定が決まっている。


 その店を取り纏める主要人物としてリリィは副店主の座におり、今は開店作業を終えて幹部の人間達と一緒に事務室でミーティングを行っている最中だ。


「はい、ちょーりちょーさん。お茶です!」

「はーいありがとうねカナエちゃん。いつもありがとうね」

「えへへ」

「カナエちゃん。お魚のおじさんもお茶が欲しいな」

「うん、待ってて!」


 今日の会議はカナエのお手伝いの影響で和やかな雰囲気で始まっている。


「いやぁ、カナエちゃんは相変わらず可愛いですな。まるでリリィさんの少女時代を目の前で見ているかの様な」

「ふふ、ありがとうエルドラさん。娘を褒めてくれて。でもボーナスは上乗せ出来ないからね」

「あちゃー、バレてましたかははっ」

「ふふ、冗談よ。あなたの頑張り次第でボーナスは変わるから頑張ってね。さて、早速今日の会議を始めるね」


 和気藹々といった感じの流れで20分程時間が流れて、


「じゃあ明後日は2号店の人員について説明すから忘れないでね」


 締めの言葉はリリィで会議は終わり、各々の持ち場に幹部達は戻って行った。


「お疲れ様ママ。はい、お茶だよ!」

「ふふっ、ありがとうカナエ。頑張ってくれたご褒美にほら、膝の上でギュッてしてあげる」

「キャーー!」


 リリィの甘い言葉に誘われて、カナエは思わず嬉しくなって大はしゃぎ。カナエはリリィの膝の上に登って座り、そのままギュッと彼女の胸に顔を埋めて抱きついた。


「ママからいい匂いがする」

「優しいママの匂いがするでしょ?」

「うん……眠くなっちゃう……」

「ふふ、お昼から牧場のみんなと遊ぶんでしょ?」

「うぅん、眠くなるのやだ」

「じゃあギュッとするのやめる?」

「いやぁ、このままがいい」

「じゃあ、10分だけね」

「ふぁ……、うんママ」


 カナエはリリィの温もりに触れていくうちに睡魔に襲われていく。その最中にカナエは寝言のように、


「ママ。なんでにーちゃんに嫌な事をするの?」


 リリィにそうアキトのことについて話し始めた。


「ママはアキトがお兄ちゃんらしく振る舞って欲しいの。難しいお話だけど。アキトは嫌な事があると自分を隠そうとする所があるから。そのまま大人にならないで欲しいっていう思いもある」

「にーちゃん。ママが怖いって話してくるの。パパは優しいけど、ほんとーはママにも優しくして欲しいんだって」

「カナエ……」


 悩ましい話だ。今まで甘やかして育てた事もあって、アキトは9才の頃まで我が儘な子供だった。それを親として矯正しなければ今後。息子はこれから出逢う多くの人達との間に溝を作って孤独になってしまいかねない。社会は私達みたいに何もかも教えてくれる場所じゃない。今のうちにアキトにしてやれる事をしなければならない。


 リリィは母親としての責任を感じて、去年からアキトにそう接するようになり始めたのだ。だが、カナエの言葉を通じて知ったアキトの気持ちを察して、彼女は胸の中で眠る娘をギュッと優しく抱きしめ返しながら。


「カリト君。私、どうすればよかったのかな……」


 愛する夫、カリトの事を想って結論を出さずにいた。ふと、


「すみませんリリィさん――あっ、すみません⁉︎」

「どうしたの?」


 商品の陳列を担当する社員の若い男性が事務室に入って彼女に声をかけてきた。カナエが寝ていることに気づいてちょっと気まずそうな様子だ。


「いま店内の精肉売り場でトラブルが起きておりまして……」

「え?」


 社員のトラブルとは一体何なのか。私を呼ばなくても精肉主任が対応しているはずだ。なのに何故私に話が来たのか? 


 リリィは店舗の様子を窺う為、社員に連れられてトラブルの現場へ向かう事にした。カナエは事務室内で書類作業をする中年の女性社員に預かってもらっている。もし子育てに困ってたら相談してくださいねと言われたが、本当にダメだったら聞いて欲しいと言う事で彼女は話を受け流した。


「おい、これってどういうことだよぉ! この店は新鮮な肉を置いてるっていってる割にはこーんな腐った肉を置いてるのかよぉ!」

「ですから何度ももう上げましたとおり、そちらのお持ちになられてるモノは当店で取り扱っていない商品です。これ以上執拗に周囲のお客様にご迷惑をかけられるのでしたらそれ相応の対応をさせてもらいます」

「あぁん? 聞こえねぇな、オメェの話なんてはなから聞いてねぇんだよ」


 店内に張り詰める空気。困り果てている精肉主任に対して、いちゃもんをつけるスキンヘッドでマッチョの巨漢の男。その周囲を囲むように野次馬と化したお客達の不安そうな表情。リリィは隣にある鮮魚コーナーの出入り口から、その様子を社員と一緒に並んで様子を窺っていた。


「あいつですリリィさん」

「あれって、恫喝屋のトーシロじゃないの」

「知っているんですか?」

「名の知れた店荒らしの男よ。ああやって言い掛かりをつけて周囲の気を引いて。そのまま嘘の悪評を流して嫌がらせをしたり、徒党を組んで強引に店を破壊したりして閉店に追い込んだりとやりたい放題に暴れているのよ」

「でもそれだったら衛兵達もとっ捕まえてどうにかしますよね?」

「そこが問題なのよ」

「というと?」

「あの男の組織の背後にポリスと政治家が絡んでるの」

「うはぁ……まるまるヤバイじゃないですか。だから捕まえられないと」

「ええそうね」

「でもアレですよね。それだったらネメシスが成敗してくれたりしますよね?」


 店員の言葉から出てきたそのワードにリリィは眉をひそめると。


「ネメシスなんてそんなもの都市伝説よ。もし仮にあったとしても。ありえないわ」


 と彼の言った言葉を否定した。そして、


「私が出る番かしら?」

「そ、それはリリィさんにお任せしたいのですが……」

「そのつもりで呼んだのでしょ? まさか何も考えずに呼び出したのかしら? こっちは色々と忙しいのに」

「そ、そのつもりで呼んだのです……」

「なに自信のない物言いするわけなのよまったく。それだとあいう奴らのいいカモになってしまうわよ」

「ほ、本当にすみません」


 リリィの不機嫌な言動におずおずと謝り続ける男性社員。そんな彼の姿を前にして小さくため息をつく彼女は、


「いい? ああいう人間はお客様じゃなくて邪魔者よ。ああやって粘っているということは。周囲の気を引いて不快にさせて店から追い出そうとしているのよ。それで帰ってしまったお客様から散り散りと情報が蔓延して。尾ひれのついた噂が流れて。んで、お店が経営危機に陥ってしまうっていう流れを狙っているのよあの男は……」


 正直に今すぐにでも追い出してやりたい。だが周囲の目もあるのでリリィは体裁を保ちながら優しく接することに決めた。それに――


――カリト君と私が頑張ってここまで大きくしてきた店を下劣な男から守らなければならないから。カリト君の居ない間は私がこのお店を守らないと。


「お客様。お話の所失礼します」

「あぁ? なんだテメェ?」

「当店副店主を務めさせて頂いております。リリィと申します」

「へぇ、こんだけ騒いだらえらいべっぴんなねぇーちゃんが出てきたわけかぁ! 偉いだけにな、ぎゃははっ!」


 そんな言葉を口にした時点で周囲の客の目が一層厳しくなっている事に気づかないのだろうか? リリィは内心静かな怒りに燃えながら営業スマイルで男に接することに。


「お褒めの言葉としては少々目に余りますね」

「んなもん知るかよ。でっ、この副店主が俺に何のようだ? 俺はいま忙しいんだよ」


 まったく取り合うつもりもなく。自己中にお店を荒らしたい。そんな裏のある言葉に対して、側にいる精肉主任がキッと歯を食いしばって怒りを堪えていた。


「大丈夫よアラタ主任。私がなんとかしてあげるから」

「……くやしいです……! 今日は沢山のお客さんが来ていただいているのに……! まだ外には長蛇の列にならぶ多くのお客さんがいらっしゃるのに……! こんなことで……店の大切な1日が台無しになるなんて……!」

「主任。ちょっとバックルームに退避して頂戴。あとついでに衛兵に連絡してほしいかな」

「……感謝しますリリィさん」


 野次馬の中へと消えていく精肉主任。道を空けて通してくれたお客様達は可哀相にという表情を浮かべていた。


「おうおう、手に負えなくなったら今度は衛兵を呼ぶってのか、はっ!」

「怖くないのあなた?」

「んなもん怖くねぇよ! またおまえかって程度で社場戻りでお終いだからなははっ」


 ケタケタと余裕を含んだ表情をうかべる男を前にリリィもさすがにカチンときて。


「一体誰に頼まれて仕事をしにきたかは知らないけれど……。いい加減にしないと私でも怒るわよ」

「おうおう怒れ怒れ。ん、そういえばお前どっかで昔見たことのあるようなきがするな……?」

「人違いよ」


 両者共々で覚えていない顔同士のようだ。昔に何かしらの縁で2人はいつの間にか出会っていたようだ。


「まっいっか。んで、この肉よ。腐ってるじゃねぇか。なんか俺様に言うことはあるんじゃないか? 誠意とかよぉ」


 一瞬だけ男の下心が見え隠れした。

 確かにパッケージは店の物だ。だが、中身が明らかにおかしい。カリト君が直で仕入れてくれているものじゃない。何年も見てきた自分が間違う筈も無く。


「悪いけど嘘は良くないわよ。ここにある全部のお肉はね。店主が直接フィールド行って仕入れている物ばかりなの。そんな既製品と一緒にしないでくれる? あとその肉をこれ以上お客様達の前で見せびらかさないでもらえる。不快だから。あなたも含めて」


 すると――


『そうだ、そうだ!! 俺達の買い物の邪魔すんなっ!!』『何事かと思ったらただの嫌がらせがしたいだけじゃないの!! 聞いててバカらしいわ!!』


――周囲で会話の全てを聞いていたお客達がリリィの陣営に味方して加勢してきた。


 お客達の圧を前にして、あっという間に行き場を失ってしまった男は悔しげな表情を浮かべだして。暴挙に、


「ちぃ……っ!! こうなったらここで暴れてや――」


 男は懐に手を突っ込み。中に仕込んでいた拳銃を使って無差別殺人を実行しようとした。だが、手首が表に見え隠れした瞬間に。


「はぁ……、動くな」

「は……え……? 手が……か、身体が動かない……?」


 リリィは声の力を使って男の凶行を未然に防いで制圧した。彼女は封印していた力を使ってしまった事に頭を悩ませながらも。やってしまった限りは全力で相手を潰しに掛かることに決めて殺意の感情を抱き。


「いい、今から私が言う言葉は全て当店の権利を持って伝える内容よ」


 男の側に近寄って周囲に気づかれない様に、


「お店に出ていって。そして二度と来ないこと、そして――」


 とどめの言葉を継げる。


「人の居ない所で1人きりになって。そして手元の拳銃を使って自分の頭を撃って死になさい。ネメシスの名の下、あなたに正義の鉄槌を下すわ」

「ひっ、ひぎぃいいいいいいい!!!!」


 男はその場で錯乱して、おぼつかない足取りのまま一目散に逃げ出した。そして、


「あ、営業妨害を考えた雇い主の名前聞けてなかった」


 怒りの感情で半ば冷静じゃなかったので、大事な事を忘れていたリリィだった。でも、結果的にお店を守ることができたのでよしとした。そして、


――パチパチパチパチ!!


「ありがとうございますお客様。貴重なお時間を奪ってしまい誠に申し訳ございませんでした。どうぞ引き続きごゆっくりとお買い物をお楽しみくださいませ!」


 周囲を囲んで拍手喝采を浴びるリリィ。彼女はそのまま深く感謝の一礼をした後に、バックグラウンドへと向かって歩き立ち去っていった。


「すみません店員さん」

「はい何でしょう?」


 バックグラウンドに向かう道中。年配の女性がリリィに柔和な笑みを浮かべて声を掛けてきた。何事かと思いながらも彼女はいつも通りの対応で接することに。


「ありがとうねぇ。おかげさまで日頃の楽しみが失われずに済みました」


 その言葉を受けてリリィは。


「ええ、本当にそうだと思います。私にとってこのお店は掛け替えのない居場所ですので」


 と言って、


「それと仕事ですから」


 そうニッコリと表情を浮かべて言葉を付け加えた。



        ―3―


 リリィが店舗運営をしている同時刻。カリトとアキトの親子は一面に広がる荒野を横断していた。


 唸るエンジン音。下から来るコツコツとした揺れ。サトナカ・カリトは自身が異世界から輸入したオフロードカーに乗ってハンドルを操り、隣に息子を乗せて運転していた。


「どうだ、いいものだろう」

「うん! すっごく面白い乗り物だね!! 風が凄く気持ちいいよ!!」


 サトナカが輸入したオフロードカーはボルカノメトロポリスに住むハンター達に取って欠かせない乗り物となりつつある。それ以外にも様々なアイデアを施した自動車が盛んに開発されおり、街から外へ出て行くと必ずと言っていいほど通りすがりに見かける。ただ、街中は自動車を往来させる為にはスペースの問題があるので、用途としてはそれくらいに限られている。


 燃料は特定のモンスターが分泌する油状の体液。それを精製した専用のオイルがこの世界ではガソリンとして使用されている。


 自動車の出現により、竜車の需要が急速に減ったことに対して方々の業者から批判もあったが、その便利さを痛感したのか、今となっては竜車と一緒に自動車をレンタルする事業も併行して盛んにおこなわれている。


 ちなみにカリトのオフロードカーはカミル商会によるオーダーメイド品だ。彼が前に居た世界で知られている名車『ジープ・ラングラー』を模した物となっている。本物とはかけ離れては居るが、現地での使いやすさを重視したチューニングが施されている。技術力の問題もあって燃費はそこそこ。トランクには必ずガソリン缶を3つストックしておかなければならない不便さがある。

 スペックは4輪駆動のマニュアルで、3.6リッターのエンジンを搭載しており、最高時速が約240キロは余裕で出せるパワフルな車となっている。カリトはまったく運転知識のない所からスタートし、今となっては息子を隣に座らせて運転を楽しむ所まで上達している。


「すごいねこの車! お父さんが発明したんだよね!」

「ま、まあな」


 本当は違うがそういう事になって情報が広まっている。さすがマスターランクのハンターだ、俺達の生活を変えてしまう物を発明してしまうだなんて。という感じの評価を彼は受けており、


「お父さんはもっと凄い車を知っているからな。将来は街で車が走っているところが見られるかもしれんな」

「だったら僕が大人になった時はお父さんと一緒に運転がしたいな!」


 らしい事を言ってくれるじゃないかと微笑ましく心の中で思いながら、次はスポーツカーをカミル商会に提案して、世に広めてみようかと模索していた。理由は簡単だ。車が好きだから。世の中の人にも新しい娯楽を提供したいからだ。カリトの夢は世界に自動車文化を広めることである。


「そうか、そうか。その時が楽しみだな。きっとお父さんが年を取ったときにはこの車より速い車が出てくると思うから。アキトはそれに乗ってお父さんを楽しませてくれよ」

「うーん、お父さんの車で運転してあげたいかなって思うんだけど」

「それもそっかははっ」

「へへへへ」


 息子に愛されることに嬉しさ満点のカリトである。それからしばらく20分くらいが経過して、


「ついたぞ」

「うん……緊張する」

「まだ検問所前の出入り口だ。緊張するのにはちょっと早いな」

「うん」


 道中のテンションとは違う様子を見せてくるアキトを前にして、カリトはそう優しく接する。


 今回カリトがアキトを連れて訪れた場所は『ボルカノ森林』だ。彼が最初にグレゴールワイバーンの狩猟したときに訪れた場所でもある。今日はアキトの事も考慮して比較的に安全な個体のモンスターを狩猟する予定を組んで、ギルドでクエストを受注している。


「どもサトナカさん。今日は息子さんをつれて狩ですか?」

「ああ、元気かアルス。そうだ。今日は息子を連れて狩に来たんだ。この子の初めての狩猟だ」

「それはとても期待に満ちたお話ですね。将来はきっと息子さんが後を継いで活躍してくれるのでしょう」

「さぁ、どうだろうな。俺は趣味と仕事でやっているからな。こいつがどう思って後を継いでくれるかは分らん。でも、今日はそんなの取っ払って楽しくやっていくさ」


 検問所前に立つ立哨兵のアルスと談笑を交していくカリト。その父親とアルスのやりとりを横で眺めながらアキトはじっとしている。子供の自分にとって2人が何を話しているか分らないのだ。だから頑張って理解しようとしているのだ。


「んじゃ、2時間後くらいには戻るわ」

「わかりましたサトナカさん。お気をつけて」


 アルスはその言葉と共に検問所の門を開いた。その後に続いてカリトはオフロードカーのエンジンをふかして運転操作を行い、アルスに手を軽く挙げて挨拶しそのまま車を前に進ませた。


 それからしばらく進んでベースキャンプに到着し、所定の駐車スペースにてカリトは車を停車させた。


「よし、降りていいぞ」

「うん!」


 ハンディングウェアに着替えたアキトは待ちに待った瞬間を前にして気持ちが昂っていた。見たことのない初めて見る世界。旅行では見られない光景。それら全てがアキトの中では同じ世界にいるのに、別の世界に来ているようだと感じられるのだ。


「お父さん! 早く行こう!」


 早くこの先が見たいと言う、子供特有の衝動にかられている息子を前にして、既にいつもの軽鎧を着込んでいたカリトは。


「まぁ、待つんだ。ここからはお父さんの言う事を聞きなさい。何があってもお父さんの言うことは絶対だからな?」

「う、うん」


 目に見えている危険を感じてアキトを諭した。

 普段の優しい父親ではない。はじめての違和感に気づくアキトはその場でしゅんと気持ちが自然と落ち着き、少し返事に困りながら頷きかえす。


「じゃあ、まずは狩りに必要なものの準備から始めるぞ。危ないものは俺が取り扱うから、アキトはキャンプ道具をそこの焚き火台の近くに持っていってくれ」

「わかった!」


 お父さんの役に立てる! その思いでいっぱいのアキトは元気よく返事を返した。

 その反応を受けてカリトは車の後部にアキトを連れてまわり込み、トランクの扉を開けてアキトに色々とあるキャンプ道具を持ち運ばせていった。その合間に彼は今日使う銃の取り出しや必要な項目のチェックを済ませていく。


「うん、カミルさん。ちゃんと息子の体格に合わせてチューニングしてくれてるな」


 カリトの下にあるガンケースの中の緩衝材で収まってるジュニア仕様のボルトアクションライフル。口径は5.5ミリの小口径弾薬を使う、比較的初心者向けの銃をカリトはこの日のためにカミルに依頼をして作らせた。


 極限まで切り詰めた銃身、その先端にはフラッシュハイダーが取り付けられている。銃身を短くしたデメリットを抑制するために設けられたパーツだ。ストックは滑り止め加工が施された木材が組み込まれている。肩に触れる銃床部分にはラバークッションがあって、銃の反動で肩を怪我しない様な工夫が施されている。使用する照準器はアイアンサイトで、カリトの教育方針により、倍率スコープの使用を控えている。


「そうだな。まずは射撃練習から始めさせようか」


 使うのも人次第だ。教育次第で息子が幸か不幸になるかは自分の手腕にかかっている。カリトは気を引き締めつつも、気楽な気持ちで楽しむ事を両立しようと思った。


「アキト。キャンプ道具の設置は終わったか?」

「うん! 出来たよ!」

「おっ、この前よりよく出来てるな」

「えへへ、でしょー!」


 この前に行った湖のキャンプ旅行。その時にアキトが自分でやると言い出して任せたのだが、知識ゼロのアキトには無理があって、結局カリトとリリィが間に入って手伝う事になった過去がある。だか、今日は違った。


「昔の俺より綺麗にタープテントを建ててるな。あとはテーブルとか諸々も間違った置き方をしてないな」

「おとといね。お母さんに教えてもらったの」

「ああ、なるほど」


 どうやらリリィが仕事の合間を縫って息子に教えてくれていたようだ。帰ってから何かサービスしてやらないとなと思うカリトであった。


 それからしばらくカリトは銃の取り扱いをアキトにわかりやすくレクチャーした後、実際に的を使った練習を繰り返しやらせていた。


「当たらなーいデス!」

「お、俺の教え方が悪いのか?」


 始めて30分。標的となっている樹木に描かれた的に1発も当たっていない。


 カリトは知った。アキトの銃の才能はリリィ譲りだと……。嫁の射撃音痴は昔から鉄人クラスで、実際に知り合ってきた人達みんなが口揃えてリリィには銃は似合わないと。美人の意味合いも込めた皮肉をよく彼女は言われてた。


 その素質をアキトをもろに引き継いでいるわけで。


「弱ったなぁ、このまま狩りに連れていったら日が暮れてしまうぞ……」

「当たらないよ!」


 まぁ、使い方は間違えてない、狙い方も多分間違えていないはず。これくらいなら俺のサポートでいけるだろう。狩りは単独行動ばかりじゃない事を、息子に教えるいい機会だと思い直して方針を切り替える事にした。


 それからカリトとアキトはベースキャンプ周辺のエリアを探索していた。


 探索する時の隊列として、アキトを先頭に立たせ、背後にカリトがついて回る感じで行動している。


『アキト。俺は後ろで何も言わずに付き添う。まずは自分で考えて獲物を探すんだ』


 別にこれは意地悪ではない。狩りは時に能動的なければならない時があるからだ。受動的になりすぎると、いざというときに手に負えない状況に追い込まれてしまうリスクがあるからで。


「うーん、どれがフォレストディアーの足跡なんだろー?」

「蹄の形を思い出せ」


 最低限のヒントを頼りに、自分の判断で物事を進めていく力を幼い頃から養わせて、将来的にアキトが困らない様に学ばせているのだ。


 そんな父親の教育を前にして、アキトはやる気に満ち溢れていた。憧れの英雄、みんなから尊敬されて慕われてる僕の大好きな父親。そしてモンスター達にも愛されてる英雄。アキトにとって、後ろで音も気配もなく見守ってくれている父親は、なにより変えがたい憧れのヒーローなのだ。


「あ、これかな?」

「お前に渡した資料を見てみろ」


 そう指摘を受けてしまったアキトは思わず受動的に、懐から父親から渡された1枚の紙を取り出して開き、地面に残された足跡と紙面の絵を見比べる。


「うん、これだね。あとはこの足跡を辿っていけば見つかるんだね」

「近くにいると感じたら気配を消す事を忘れるな」


 アキトの銃の才能はリリィ譲り。だが、それ以外で、特に隠密に動く事に関しては得意の様だ。もしかするとリリィの私室部屋に忍び込めたのはこの隠された才能のおかげだろうか? リリィの私室はカリトでも入室できない様に厳重なセキュリティーが施されているからだ。どうやって突破出来たのか知りたいものだと、カリトはアキトについていきながら頭の中で思いを巡らせていた。それと同時に、


――近くに肉食竜の群がいるな。


 アキトが見落としていた複数ある個体差のある同じ形の足跡の数々に対して、同時に嫌悪感を露わにした。面倒くさいと。


 そしてカリトの予想は的中した。


『グォ、ガァ、ガァッ!』


「あれ何っ⁉︎」

「フォレストラプトルだ。どうやら奴らもフォレストディアーを狙ってたようだな」

「食べられてる……」


 初めて見る弱肉強食の光景を前にアキトは恐れの感情を抱く。黄色の目を持つ竜の顔、フォレストディアーの血肉に塗れた顎、緑の縞模様の皮膚、鋭い爪を持つ3本の指を持つ短い両手、縦長の体躯を支える筋骨隆々の両足。


 5体いるフォレストラプトルの群れは、突如現れた人間に対して、特有の声で吠えて威嚇しながら警戒感をあらわに、扇状に広がって隊列を組み始めた。


「お父さぁん!」


 今にも泣きそうな顔を浮かべるアキトを前にしてカリトは、


「泣くな! 戦え! ここで下がったら2度と1人前のハンターにはなれないぞ!」


 息子を鼓舞させるために厳しく接する事を選択した。

 

 フォレストラプトル達は揃って思った。


――前より後ろが怖い……!!!! 一歩でも前に進んだら生き残れない!!!?


 フォレストラプトル達は暴食龍にバッタリと遭遇した時の事を思い出した。その経験から、目の前の得体の知れない生き物。特に後ろの生き物から、暴食龍と同等の威圧的な風格が纏わり付いているのを本能的に感じ取ったのだ。


 なので――


『グェ、グェ、ギギャ‼︎』


――食事を諦めてこの場から立ち去る事にした。


 フォレストラプトル達は2人に背を向けて、悔そうに挨拶をした後に、背を向けて茂みの中へと消えていった。


「こ、怖かった……」

「狩、嫌になったか?」


 包み隠さず息子に問いかけるカリトの表情は柔和だ。

 フォレストラプトルの群れを相手するのが面倒臭いと思っていた彼は、わざと気配をあらわにして、挨拶がてらに隠していたオーラを半分だけさらけ出した。そしたら案の定フォレストラプトル達は恐れをなして退散して行った。

 フォレストラプトル達は最初アキトをめがけて一点集中に狙いを定めていた。面白そうな餌だと。それを踏まえた上でカリトはフォローを入れたのだ。


「ありがとうお父さん……!」


 アキトは本能的に察していた。父親が自分を助けてくれたと。


「怖い思いをさせてごめんな。でも、これがハンターの仕事の1つなんだ。どんなに怖くて強い相手でも、自分を信じて勇気を持って面と向き合って立ち向かえば、お父さんみたいな強いハンターに一歩近付く事ができるんだ」

「すごい……」


 アキトから見える父の姿は英雄そのもの。憧れであり、大好きな父親であり、そして、


「僕もお父さんみたいなハンターになってみたい!」


 アキトの中に眠っていた挑戦心を芽生えさせた英雄に昇華した。


「じゃあ、行こうか」

「うん!」


 カリトとアキトの狩はこれからである。



        ―4―


 昼下がりの午後。場所はモンスター牧場に移り変わる。


「みんなー! おはよー!」


 広大な丘が複数ある草原の中央で、絹のドレスと三角巾を纏った幼い少女が、その場に立って遠くへ聞こえるように、誰かに向かって大声で挨拶をした。するとしばらくして、


『グォーーン!』


「あ、この声は!」


 遠くから野太い竜の鳴き声がこだまして帰ってきた。少女はその声を聞いただけで誰が返事をしたのか直ぐに分った。声が聞こえた直後、少女の上空には大きな黒い影が差し掛かり、翼をはためかせる音と柔らかな風か彼女に襲い掛かる。そして、


「ふふ、来てくれてありがとうホワイエットちゃん!」

『ぐるるぅ』

「えへへ、くすぐったいよ」


 少女にホワイエットと呼ばれた白き大人の竜。ホワイエットドラゴンのメスが、少女ことカナエの呼び声に応じてやってきたのだ。


 ホワイエットはかつてカリトが苦楽を共にした大切なパートナーである。今はカナエが役割を引き継いでおり、彼女は生まれたときに父親からモンスターの力を継承していた。その事もあって、カナエはこうしてホワイエットと仲良くじゃれ合う事が出来ている。

 鼻先から息を吹きかけてカナエをくすぐっているホワイエット。彼女も10年の時を得て美しいメス竜に成長した。今はつがいのオスと仲睦まじく子育てに励んでいる2児の母竜でもある。それもあって自然とホワイエットの背中には、


『きゅるるぅ!』


「あ、ベイビーちゃん達だ! こんにちは!」

『きゅるるぅ!』『きゅきゅ!』


 幼い双子のホワイエットドラゴンが、顔を覗かせてカナエに愛情を込めた挨拶をしてきた。


「えへへ、可愛いね」

『ぐるる』

「ん? それはそうだよって? あはは、そうだよねー」

『ぐるるる』

「んー? ご主人様は元気? あぁ、パパの事ね。うん、元気だよ。今日はにーちゃんと一緒に狩りに出かけてるよ」

『ぐるぐる』

「私も行きたいって? えへへ、その時は私と一緒にだよ?」


 その言葉にちょっと寂しそうな表情を浮かべるホワイエットである。旧知の相棒がいないことに寂しさを感じているようだ。カナエはその気持ちがよく分からないので無邪気に、


「大丈夫だよホワイエットちゃん。私もパパが近くに居ないと寂しくなったりするから。一緒だねえへへ」

『ぐる?』


 何が一緒なのかが理解できずに首を傾げるホワイエットである。ふと、


『グルグル!』

「あ、サンデーちゃん! どうしたのー?」

『ぐるるるるるる!』


 ホワイエット達と話しに夢中になっていたら、背後からカナエに声を掛けるようにサンデーがいつの間にかやってきていた。


「んー? ご主人はまた子供としゅりょーにいっているのかって? うん、そうだよー」

『ぐるぐる』

「ん? あいつ車に乗り始めてからてっきり私を外にださなくなっちまったなーって? うーん、こんどパパにおねだりしてみようかー?」

『ぐるぐる』

「うん、そうだよね。パパはモンスターテイマーの力がないからこうやってみんなとお話ができないからね。わかった。頑張ってお願いしてみるね!」

『ぐる! ガガガ』

「あはは、早くしないとパパががぶりってされちゃうんだね! いつものようにって、あははは」


 運動不足の解消のためとダイエットがしたいサンデーは、カリトを追い回して鬱憤を晴らしたいつもりでいるらしい。一方でその会話と同時刻に、カリトは訳の分らない寒気に襲われて思わず鼻がムズムズしてしまい、思わずクシャミをしてしまった。それが災いを成してしまい、せっかく見つけたフォレストディアーを取り逃してしまったようだ。ドンマイである。


 カナエは幸せの絶頂にいる。こうしてモンスター達と囲まれて楽しい一時を過ごすことが、彼女にとって何よりの楽しみであり、カリトとリリィが構ってくれないときに優しくしてくれる大切な居場所。それがモンスター牧場なのだ。


そして、カナエの将来の夢はモンスター牧場を経営するお姉さんになることである。


「えへへ、今日は何して遊ぶ?」


 今日もまたカナエの楽しい午後の時間が始まろうとしていた。



        ―5―


 ボルカノの街に夜が訪れる。


「いやぁ、今日は色々と大変な1日だった。ラプトルの群れに遭遇するわ、訳の分からない寒気に襲われてくしゃみして獲物を取り逃したり散々だったよ」

「ごめんねお父さん。僕が足を引っ張って」

「ふふ、その様子だとちゃんと狩がどんな事をするのか学んできたみたいね」

「パパー! にーちゃんの次は私だよ!」

「カナエがもう少しお姉さんになってからかな」

「むぅー、あっそうだった。サンデーちゃんから伝言だよ。たまには車じゃなくて私を連れてけだって。運動不足と欲求不満だって。あと今度連れて行かなかったら鬱憤晴らしにご主人の頭をかじるぞだって」

「ちょぉっと遠出の遠征でも考えておこうかな!!!?」


 無邪気なカナエの言葉に慌てふためくカリト。彼の姿を前にテーブルを囲む他の3人がつられて笑う。今日も食卓部屋での夕食の時間は家族の笑い声で幸せに満ちあふれている。


「そういえばアキト。お母さんに何か言うことあるんじゃないのか?」

「いいのよカリト君。もうその話は大丈夫だよ」

「いや、約束を守りきることも教えないといけない。さあ、アキト。お母さんに言いなさい」

「うん……」


 アキトは勇気を振り絞り、自分を見つめてくる母親に面と向き合って。


「昨日のイタズラ。あれは僕がお母さんに気づいて欲しいかったからやったの。今まで僕はお母さんとお父さんに沢山わがままをしてきた。それで最近になってお母さんが僕が嫌になることをしてくるようになってきたからそれで僕は……」

「アキトは急に厳しく接してきた事にビックリしていたんだ。それがずっと続いているからストレスがたまってたんだろう。俺はそうこの子の話を聞いて解釈しているかな」


 その話を聞いてリリィは原因が単純な話だったことに気がついた。


「そっか、そうだよね。ごめんねアキト。でもね。自分の目的の為に人の物を隠す事は一番ダメなことよ。物を隠す事は盗む事と同じ事をしているのよ。それに、自分が傷ついて嫌な気持ちになっているのに、逆に傷つける側に立って嫌がらせをするだなんて滅茶苦茶で本末転倒よ」

「お母さんの言っている事が難しくてよくわからないよ……」

「それでも理解しなさい」

「うん……」

「そうだぞアキト。自分に分りやすく説明ばかり受けているばかりじゃあなくて。お母さんの言いたいことが詰まっている話しをよく聞いて。その言葉の意味を理解するんだ」


 アキトにとってそれはとても難しい話だった。分らないとしか言いようがないのだ。だけど両親に期待されている事に嫌悪感を感じない。むしろ嬉しかった。


「もう僕。お母さんのお部屋に勝手に入らないよ。それと隠しちゃった物はちゃんと大事に持っているよ。お母さんの宝物なんだよねこれ」

「持っていたのか!?」

「うん、寂しい時にいつでもお父さんとお母さんの移っている絵が見れるから」


 アキトが服の胸元から取り出したのは、シルバーのロケットペンダントだ。かつてカリトが若かりし頃に、リリィへ愛情を表現するためにプレゼントしたおそろいのロケットペンダントだ。中には2人が横に並んで立つ肖像画が描かれている。


「……アキト。とりあえずそれは返してね」

「ごめんなさいお母さん」


 アキトは悲しげな表情を浮かべているリリィに、そのロケットペンダントを手渡して返した。お互い気まずい感じが漂っている。


「にーちゃん。メッだよ。ママの大事な宝物を隠しちゃだめだよ」

「うん、カナエ。せっかくのご飯の時間に」

「反省しているならいいさ。さぁ、気を取り直してすき焼きのつづきだ」

「うん! もっとお肉が食べたい!」

「ふふっ、カナエは育ち盛りだから沢山食べるのよ」

「あーい!」

「アキトも母さんにお椀を渡しなさい」

「うん」


 恐る恐るなのは抜けきれてはいないが、時間と共にリリィとアキトの間にあるわだかまりが解けていくのは明白だった。そして4人の楽しい夕食の時間はあっという間に終わり、入浴と寝間着に着替えることを済ませ、全員同じ寝室のベッドの上でごろんと横になっていた。


「今日はみんなで寝ようか」

「うん!」「久しぶりにお父さんとお母さんと一緒に……」

「ふふ、アキトはもうお眠だね」

「うん、今日は沢山動いたからねむいやぁ……」

「また明日ね。お休みアキト」

「うんお休みお母さん……」


 アキトはその後目を閉じて静かに寝息を立て始めた。それにつられてなのか。


「ママ……眠くなってきた……」

「ふふ、いいよ。お休みカナエ」

「うん、おやすみなさい……」


 と、言った直後。ふとカナエが、


「ママのお腹の赤ちゃん。お休みー……」


 リリィのお腹に宿る新たな命にお休みの言葉を掛けて、彼女は幸せそうな表情のまま眠りについていった。


「ふふ、そろそろ私達も寝ようかしら」

「……ああ、そうだな」

「どうしたの?」

「いや、いつも別々の部屋で寝ていたからな。なんか久しくて勿体ないなって思ってな……」

「明日世界が滅ぶみたいな事でも考えているの?」

「いいや、そんな事は微塵も思ってないさ。こうして同じ事を続けていれば波風立たないさ」

「昔の貴方がその言葉を聞いたらきっと怒りそう」

「嫌か?」

「ううん、今の君の事も嫌いじゃ無いわ。むしろこの子達の為にを思ってくれているのが凄く分るから」

「ああ、そういう事だな」

「ふふ、本当はもっと冒険がしたいんでしょ?」

「……昔はそうだったかな。まあ、俺のやりたい事は全て子供達が出来る前までには終えていたしな」

「今は?」

「アキトとカナエが健やかに育ってくれる事が俺にとっての新しい冒険だな」

「ふふ、そうね。私にとっても君と一緒に冒険する事が大好きだから。子育てが終わったらまた冒険しましょうよ」

「じゃあ、その時は高級車が世の中に広まっているだろうな。それにのって2人で水入らずの旅をしよう」

「うん、将来の楽しみがまた増えたね」


 リリィは自分のお腹を優しくさすりがなら目を閉じて。


「お休みカリト君。愛してる」

「お休みリリィ。俺も愛してる」


 お休みのキスをして2人は子供達の後に続いて夢の中に入るのであった。



――夜の闇に満たされていくボルカノメトロポリス。今日も街は明りが消えること無く人々を照らし続けている。 

 

 そして、この1日の物語は、あくまであるかもしれない未来の物語である事を忘れないで欲しい。


 家族に祝福を。―【なろう10万PV突破記念】SS:異世界ハンターで家族生活 おわり―

どうも天音みちのんです。1週間ぶりの更新になります。


 さて、今回10万PV突破記念としてサイドストーリーを投稿させていただきました。いかがでしたでしょうか? 

 このお話はあくまでSSです。本編とはまったく関係の無い、作者が書きたいことを書いてみた物語となっております。お話の流れに荒削りなところはあるかと思いますが、楽しんでいただけたのでしたらとても嬉しく思います。


 この作品の大筋のテーマは『家族の日常』です。そう感じていただけたら嬉しく思います。

 

 さて、次回からメインのお話の更新を再開させてもらいます。通常通り毎日更新させていただきます。


この作品が少しでも『面白い』また『続きが気になる』と思って頂けましたら、是非とも広告下にある『☆☆☆☆』の所を押して高評価をお願いします! ブックマーク登録も必ず忘れずにお願いします。レビューや感想もお待ちしております。誤字脱字報告の方も随時受け付けております。 



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