152話:【収集】貴族街『ベイ・カジノ』その8
「こ、こわいな……」
「なに怖がってるのよご主人。最初にご主人が言い出したんでしょ? だったら最後まで登り切ろうよ」
ですよねー。分ってるよ。でも、それでも怖くてたまらないんだって……。
「ご主人様。あなたが一番遅れてますわよ」
俺が手足をついている壁より先の方で、2人がその場から見下ろして自分と会話をしてきている。彼女達はいつもの姿のままで何食わぬ顔。俺が上から覗いていることに対して何も思っていないようだ。
それに普段とは違った表情をしている。楽しそうに上までめがけて登る事をしている。日頃の運動不足解消ができると思って喜んでいるのだろうなー。肉食系のモンスターって犬みたいに散歩しないといけないのだろうか。
まだ俺の知らないモンスターに対する生態について考えながら、両手両足のクライミング用の鉄鉤を使い、レンガの壁の隙間にひっかける感じでゆっくりと感触を確かめながら登っていく。本来なら狩猟で使う道具も、こういった場所でも使えることを知り、もっと柔軟な発想でもって道具を使いこなさないといけない事を学ばされた。
「ふぅ……自分の体重としょっている道具とか武器がウェイトになっているから。なんかの拍子で引っかけたレンガが剥がれたりしたらひとたまり無いぞ……!」
だが、俺の決めた事だ。いきなり土壇場でコロッと返るわけにも行かない。バカだけど言った事は実行しないといけない事は自分でも分っているんだ。
「だからこうしておかないと。後々で将来の自分が苦労するんだよな……」
邪念なのかはともかく、人間離れした動きで、軽快に鐘楼の屋根の天辺まで向かって上り詰めていく彼女達を上に眺めながら俺も後に続いて行く。そして俺がようやく登りおえるのに掛かった時間が、なんと30分くらいだ。……まじで練習しよう。そう思える結果だった。
「もう、クライミングは嫌だ……。ニンジャラン無しで登るのマジできついって……はぁ、はぁ……」
疲労困憊で曲げた膝に手を置きつつ息を整える。そんな俺をよそに彼女達はというと、
「うぉーーーー!!!! すっげぇええええええ!!!!」
「素敵な景色ですわ……。私、ここで絵を描きたくなりましたわ」
「え……」
そう聞かされて思わず顔を上げて彼女達の向いている方を向くと、
「――ぁ……これはいいな……」
青の大空とボルカノ火山をバックに手前で広がる街並みと雑踏のこだまする音。イタリアン様式が色濃く見えている西洋風の異世界の建築物の数々の上にあるオレンジ色の屋根が、樹木の葉脈という街路地に添って建ち並ぶ絶景に思わず感嘆のため息をこぼした。所々にある煙突から漏れ出ている白い煙がいいアクセントとなっていてその景観を更によくしている。俺もサビとは違うけど、手元にスマホがあったらその場で写真を撮りたい。
――そして、
「ねぇご主人あそこ見て」
「ん?」
サンデーが何かに気がついて遠くにめがけて指を差した。指先の方向を直感で考えて、俺は服のジャケットからスキャットライフルを取り出して構えて、スコープ越しにそこを覗いてみた。
「青色のローブ姿の人物が3人。手にはぶ厚い広辞苑サイズの本を左腕に抱えているな。方角は北東約3キロか……。あれが学者連中の着ているものなのか?」
「お、じゃあ行くのかご主人?」
「ああ、どのみち行く価値はあるだろう。捕まえた3人組の連中に尋問をかけてみて、返答次第で拝借させてもらう事にしようか」
「もし違っていたらどうしますの? 殺しますの?」
「いや、釘を刺して口外するなと脅すんだ。やり方は色々あるさ」
「分りましたわご主人様。その時に采配してくださいな」
「ああ、サビ。よし、じゃあそこに向かうぞ」
「よし、じゃあご主人! 降りようぜ」
とは言われてもだ。
「おれ、また30分、いや、1時間は掛けないとここから降りれないぞ……」
飛び降り自殺だなんて気が早すぎるわけで。とは言ってみても彼女達には通じる筈も無くて。
「なに言ってますの。ここから普通に飛び降りれますわよ? オスならシャキッとしてくださいな」
「シャキッとどころかグシャッってなるわ!」
思わずその場から立ち上がってサビに言い返す。さらに、
「よし、ご主人。ここは空飛ぶ鳥の気持ちになって飛ぼう!」
「俺の身体の何処を見て羽が生えていると見えるわけだ!? ほら、これ――あっ」
足下から掬われる虚無感と共に、横倒しで宙に浮く感覚が突然襲い掛かる。倒れる刹那の瞬間で、視線を下に思わず無意識に向けてその理由を知ってしまった。
「うぁあああああああああああああああああああああああぁ!!!!!!」
――『ごしゅじぃーーーーーーーーーーん!!!!』
あ、俺死んだと自覚した。背中から聞こえてくる風切る音。迫り来る地面の触れてもいないのに感じている感触。どれも見ても死の感覚が俺に襲い掛かってきている事に間違いが無く、ただ俺は何もできずにそのまま流れに身を任せる事しかできない。ニンジャランは身体の何処かが地面についていないと発動できない仕組みになっている。つまり詰みだ。
――ガァゥウウ――ッ!!!!
「サビっ!?」
朧気に思考していた所。聞き慣れた唸り声に気づいて正面を見たらなんと、サビがモンスターの姿になって、壁を伝い下り降りながら転落する俺にめがけて近付いてきていた。
「おいおいおいおいおいおいおいまじかよっ!!?? や、やめろサビぃ!! その姿で降りてくるなぁ!!!!」
――だがしかし。
――『ご主人様のバカ!!!!』
「――えっ?」
――と脳内で伝わってきたサビの言葉に思わず驚いて目を見開く。
――『ここで死んだらタイムパラドックス物ですわ!!!! バカな死に方は許しませんから!!!!』
「た、タイムパラドックス物ですわって……おいおい」
きょうびそんな言葉を聞かないぞって思ったのもつかの間。彼女は距離を約10センチまで詰めてきて、その顔を前にした俺は視界が真っ暗になるのを目の当りして。
「ふぐぅーーーーーーっ!!??」
その直後。いつぶりだろうこの感触と、そう思いながら俺はサビに頭をかぶり付かれてしまった。首よりしたからくるプラーンという感触と、顔にヌメッとムワッとしたなんとも言えない臭気を直に感じつつ。
――たっ、たすかったぁ!!!!
サビの機転のおかげで俺は碌な死に方で終わる事を回避する事ができた。
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次回の更新は11月14日になります。5日ほどお休みを頂きます。更新当日はSSを投稿させてもらいますので楽しみにしていてください。
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