144話:人材屋ロウニン商会 その6
「ご、ごめんねカリト君っ!? わ、わわたし貴方に恥を掻かせるつもりはなかったのよぉ!? ただ、交渉する上で失敗があれば二度目はないと思って保険を掛けてあげたかったのよっ!?」
「……せっかくうまく出来たと思っていたのに。なんでもっと早く言ってくれなかったんですか? ぬか喜びじゃないですか」
ふて腐れる俺を前にあわわと慌てふためくリリィ先輩。さっきの件を2人で話しをしながら受付けの女の後ろについて歩いている。一応後ろでサンデーとサビはついてきてはいるが、俺とリリィ先輩が揉めているのを見て少し距離を置きながらこちらの様子を窺ってきている。顔はやれやれといった感じなのが変にささるな……。なんだよ二人してその顔はよ。と思いながら後ろの方を目端で見ていたら。リリィ先輩が。
「カリト君の言いたいことは沢山あるのは分るわ!? でもこれってある意味で仕事だよね!? だったら失敗したらダメだと思うのきっと!?」
「……確かに仕事として考えることはできますよ? でも俺の気持ちはどうなんです!? リリィ先輩が俺の事を想ってくれているなら、最初くらいは自分1人で任せて貰ってもよかったと思いますけどねっ!?」
そうリリィ先輩が傷に塩をぬってくる言葉を返してきたので、俺は思わずそう言い返したら。リリィ先輩は気まずそうな表情をして黙り込んでしまった。んで、
「とりあえずまた後でちゃんと話ししましょう。お互いに誤解があるわけだし。本当はこの場でオチをつけたいけれど。状況が状況だからね……」
声のトーンを落として、リリィ先輩は俺にそう話をしてきたので。
「ええ、分りました。今は目の前の事に集中しましょう」
「うん……ごめんね」
彼女のごめんねの言葉にどこか悲しげな感情が込められているのを感じ取った。俺はその言葉の直後に胸が苦しくなるのを感じて、自分の言った言葉で彼女を傷つけてしまった事に気がつき、その場で言えないまま反省の気持ちでまた後で彼女に接することにしようと思った。……感情的になりすぎたな。ふと後ろでついてきていたサンデーがこそっと俺の背後に近付いて。
「なぁ、ご主人。リリィを怒らせたらダメだぞ。早く仲直りしてやるんだぞ」
実に痛いところを突いてきた。いや、俺だって好き勝手に彼女を傷つけようと思ってああ言ったんじゃないのよ? 自分のプライドを傷つけられたからついカッとなってしまったわけであってな……。って彼女には言っても分らないか。なので。
「お、男にも意地があるんだよ。出来ればあのまま格好よく話を進めたかったんだよ……」
「でも結局私からみてもあのやりとりはダメだったと思うぞ?」
受付けの女との事を話しているんだろう。だよな……。恫喝気味に脅してどうなったって言われてみれば……なぁ……。なんだか自分が悪いことをしてしまった気がしてきたな。いや、俺が悪くないとかは……ほんの少しあるけれど。
「……また後でリリィとは話をつける。お前は周囲の気配に気をつけて警護してくれ」
「おう、じゃあ頑張れご主人」
「ありがとうよ」
ごめんなサンデー。お前の事を少し見下していたところがあったな。今のフォロー。かなりグッときたぜ……! なお、日頃の行ないが加味されるのでプラマイゼロなのが残念すぎる……。お前昨日の夜にこっそり俺の取っておいた夜食を盗み食いしていたの知ってんだぞ……?
「こちらでお待ちください。中の確認をいたしますので」
俺達を引き連れていた受付けの女がその場でゆっくりと立ち止まって後ろを振り向き、そのままそう話しかけてお辞儀をしてきた。その直後に俺は軽く頷き返すと、彼女はそのまま了承と受け取って隣にあった扉のノックをした後に中へと入っていった。その途中で聞こえてきた爽やかそうな男の声に聞き覚えがないかと思い返していると。
「どうぞ中にお入りくださいませ」
と扉を開けたまま中の方に手を差し伸べて俺達に入るように受付けの女が勧めてきた。と、その前に。
「リリィ先輩。もしかしてまだ声の力とか使っています?」
「私の力をそこまで使わせたくないわけかしら? それだったらカリト君が1人で部屋に入って頑張ってきてくれてもいいのよ? てか、私の存在意義に関わる話しよそれ?」
俺と同じく彼女も気が短い事をこの場で知ってしまった。この状況で口を滑らせたでは済まないぞ……!? てかこの人と将来結婚したらなんか俺の身の保証がないような気がしてきたなっ!?
明らかに先ほどまでとは違う言葉と表情に、彼女の苛立ちが見え隠れしていて思わずヒヤッとした感情が沸き起こり、慌てて俺は話の撤回を求めた。すると。
「これ、もしネメシスの仕事だったらカリト君。あなた私を死なせる羽目になっているからね?」
「え……」
一瞬彼女の言っている事がオーバーにも聞こえてきたのと、何を言っているのか頭で理解が追いつかなかった。俺が対戦ゲームでいう戦犯行為をしているっていうのかよ……。そう思うと全然気づかなかった。
それから何とも言えない空気のまま、俺達は部屋の中に入り、目の前にいる紫のスーツ姿の男に初めて出会った。こいつがゼセウスか? 聞いた情報とは違う服装をしているな。
「こぉーれはこれは。お初にお目に掛かりますと言いますでしょうか? 受付けのモノが飛んだ手違いをいたしてしまったようで誠に申し訳ございませんでした」
と一旦間を開けるように区切りをつけて、男は部屋の奥の窓辺からその中央にある応接席の上座に近付き、
「ご挨拶させていただきます。私、人材屋ロウニン商会の副社主を務めさせて頂いております。名を、ゼセウス・ローニンと申します。そちら様のお名前はなんとお呼びすれば宜しいでしょうか?」
自身を人材屋ロウニン商会副社主ゼセウス・ローニンと、恭しくな態度で俺達を前にそう名乗りを上げてお辞儀をしてきた。
「ってきり社主があってくれると思っていたのだが」
「誠に申し訳ございませんが。社主のゼセウス・アルバートは現在出払っておりまして。詳しくはお伝えできかねますが。とある会場に自ら出向いておりまして」
と、なんかそう言いながら薄っぺらい言葉で中身がダダ漏れしている事に疑問を感じていると、リリィ先輩が勝利の笑みを浮かべていた。とすると……。
「あら、手強い相手かもって値踏みをしていたんだけど。以外にもあっさりと私の力に抵抗もなく掛かってしまったみたいね。どうなのゼセウス・アルバート?」
とお辞儀をしたままだったゼセウスが、リリィ先輩の問い掛けに反応して身体を起こし。
「はぁい、左様でございますお客様。どうぞ何なりと私にご質問を」
「ふふ、じゃあとりあえずそこのソファーで対面になってお話をしましょう」
「かしこましました」
いつの間に声の力を? と思ったのだが、まさかあの時の様に受付けの女を利用して彼に力を掛けたのか? という疑問にシフトしていった。んでそのまま俺達は互いに対面に向き合うか立ちでそれぞれソファーに座り込み。それから早速だ。
「あんたと社主がなぜ同じゼセウスっていう名前なんだ?」
まぁ、大方察しはついているが。一応聞いておこう。抜けのない聞き取り調査を心がけろとイリエから学んだしな。
「社主は私の兄でございます。この会社は私達兄弟が設立したものでございます。当時の企業理念は『貧困に向き合って未来を切り開く人材の育成を』というスローガンを元に全てが始まりました。今もその考えは根付いております」
「実際に目でみたけど。貧困にまともに向き合ってない奴ばかりが沢山居たぞ?」
「あくまでそれは表の表面に見えているものに過ぎません。実際の深いところを見て頂ければ自ずとご理解をして頂けると自信を持って言わせてもらいます」
現場とここでは全然違うと言いたいのか。……それは理解した事にしておこう。腑に落ちない所もあるけれど。そこは大事な所じゃない。
「それで、その兄はどこで何をしているんだ?」
「教えなさい。あなたの知っている兄の予定を」
とリリィ先輩も加勢してくれて同時にローニンに問い掛けると。彼は堅い表情を浮かべて。
「……非常に申し上げにくいのですが」
「それでも話しなさい。でないと大変な目にあうわよ?」
「……これ以降のお話は口外しないでください。私の身の安全が保証できないので」
「うん、それで?」
「はい……。兄は今のところ貴族街の中央にある娯楽施設にて仕事をしております」
「娯楽施設だと? どんな所だ?」
「カジノです。ボルカノカジノと聞けば誰もが憧れる貴族のみが利用を許されている特別な場所でございまして。そこに兄が人材派遣の名の下で仕事をしております」
「具体的な仕事の内容は?」
「…………カジノ施設内の裏場。つまり地下の施設にあるオークション会場にて、貴族に仕える奴隷を売買する仕事を取り仕切っております」
――その瞬間。サビの言っていたあの話の内容が合致したのを感じた。
明日も予定通り更新いたします。よろしくお願いします。
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