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106話:出会いとか日常とかよくない出来事とか その6

 さすがに重いとまでは言わなかった。だけど。


「もうカリト君! あなた本当にデリカシーがないのね! そ、そこは何も言わずにイチャイチャすれば良かったのよ!」


 どの道火に油を注ぐ事になるって分かってたからやめておいた。現に顔を赤くして怒っていらっしゃるので。でもガチギレとかじゃない。ただ単に恥ずかしい思いをさせてしまったのかな? ちょっと無神経な事を言ってしまった感じがして申し訳ない。でも。


「それって無理ありますって!? 端から見たらシュールだし」

「他に人がいないじゃないの! ここは特等席よ! 私とカリト君だけのお部屋なの。何をしたってお咎めされないわ」

「もうちょっと気を遣って欲しかったかなって思っただけなんですけどね」

「わっ、そっそれは謝るわよ。私だってこの背の高さは少し気になっているし……」


 ん? もしかしてコンプレックスだったのかな? ……酷い事をいったかな自分? ちょっと心配になってきて不安に感じてきたぞ。すると。


「と、とりあえずソファーが来るまで私とのスキンシップはお預けになるから! べっ、別に私は寂しいとか思ってないんだからねっ!?」

「もろに態度にでてるんですけど」

「わっ悪かったわねっ!?」


 あっなんだか痴話喧嘩してる感じになってきた。ちょっと自分も受け答えの仕方を考えなきゃいけないか……。そう2人であれこれ揉めていると。


「失礼いたします」


 ノックの音に気づかなかったが、さっきの人が俺達の為のソファーを用意してくれたようだ。一瞬、女性スタッフが俺達の立ち位置を見て首を傾げて不思議そうにしていたけど。特に何も思わなかったようでそのまま後続で着いてきた他のスタッフと協力して部屋の中にそれを設置してくれた。


「お待たせいたしましたお客様。どうぞお座りくださいませ」

「ありがとうございます」

「ふん」


 さっきまで積極的にスキンシップをしてきていたリリィ先輩が少し乱暴な感じで俺の隣に座ってきた。彼女との距離は10センチ以上はある。嫌われたのかな……? これ完全に喧嘩した後のカップルじゃん……。


「お飲み物はいかがされますか? こちらのメニューからお選びください。どれも無料でご提供させて頂いているものでございます」

「あっ、じゃあこのスカッシュソーダで。リリィ先輩はどうします?」

「冷えたエールでお願い」


 えっ、午前からお酒を飲むの!? まぁ……大体の原因は俺だと思うけど。ちょっと驚いた顔を浮かべているとリリィ先輩に見られてしまって。


「いいじゃん。休暇だし」

「ははっそうですよね。じゃあ、俺も同じお酒を飲みますね」

「かしこましました。では直ぐにお持ちいたします」

「いいのよ合わせなくても」

「いえいえ。そうじゃないですよ。普段のリリィ先輩がどんな事するのかなって思って知りたくて」

「……本当はお酒は苦手なの。知ってるでしょ? 私の酔った姿」

「あぁ……」


 半ば泣き落としな感じで迫られたな。まぁ、そのままOKはしないつもりだったから、今こうしてデートしてリリィ先輩がどんな人なのか知ろうと思って頑張っている所なんだが。今のところはぐいぐい接するタイプの女性っていう印象かな。


「涙は流さないんだけど。お酒を飲んで酔うとそうなっちゃうのよ」

「涙腺が緩くなるってことであってます?」


 泣き上戸なのかな?


「そういうことかなー」

「なるほど……」


 そこから一気に沈黙の空気が訪れる。ちょっと落ち着かなかったのでソファーから立ち上がり、歩きながら室内の観察をしてみることにした。


「壇上を一枚の絵みたいに囲って窓から見る。まるで映画のシーンを見ているみたいだな」


 少し顔を覗かせてみると下には多くの客席があり、あれがいわゆるA席とかB席とかなんだろう。一般入場向けの座席か。ちなみにいま居る特等席は2階のテラス席で。そこから見下ろす形で劇を楽しむことができそうだ。ちょっと遠目に見えるのは残念かな。双眼鏡とかあれば別なんだけど。

 とりあえず他に観察できそうな目新しいものは無かったので、ご機嫌斜めそうに顔を横に背けているリリィ先輩の隣に座り直すことにした。


「売店だと有料で購入しないと飲み食いはできないし。ちょっと贅沢な気分になれそう」


 さっきは無料とか言ってたし。軽食関係もそうなんだろう。


「お酒を飲むならおつまみはどうですかって普通は聞くのだけど。あの人。普段はここの接客はしていなかったのかしら。パパに今度手紙で書いておこうかしら」

「リリィ先輩のお父さんですか?」

「うん。今はこういう仕事をしているから全く会えないけど。手紙のやりとりは最低限はしているの。ほら、私ってもういい年した大人でしょ? だから頻繁に手紙を送り返してあげないと心配されちゃうの」

「いい父親だと思います」


 父か……。今頃はどうしているのか気になるな……。


「カリト君のパパは覚えているの?」

「俺は……」


 そう聞かれて思わず。


「遠い記憶ですけど。あまり良い感じのお別れのしかたは出来なかったのは覚えています」

「記憶喪失の人って。今まで経験した中で一番印象に残った記憶は残りやすいらしいって聞いたことがあるわ」

「ええ、俺の場合はなんでしょ。事故だったのは覚えています」


 まぁ、そう聞かされて父親と勘違いされても良い気分じゃないんだけど。どのみち同じか。そんな事を考えていると。再び扉からノックが掛かり。


「お待たせいたしましたお客様。エール2つご用意させて頂きました。それとこちらの軽食もお召し上がりくださいませ。当劇場オーナーからのささやかなサービスでございます」


 ワゴン車に乗せられてジョッキグラスに注がれたエールが2つに、それと綺麗なデザインの皿に盛り付けられた出来たてホヤホヤのアソートソーセージが俺達の下に持ち込まれてきた。ソーセージから漂ってくる芳ばしい臭いが鼻にきて思わずお腹がなってしまった。すると。


「ぷっ、カリト君ちゃんと朝ご飯は食べたの?」

「たっ、食べましたよ! あっ」


 またお腹からぎゅるるっと音が鳴ってしまった。思わず眼をそらして恥ずかしさを紛らわそうと努力するも。


「ふふっ、カリト君の弱点みつけちゃったかも」

「いやいやっ、俺の弱点ってこんなものじゃ」

「じゃあ、なにかなー?」


 先輩との距離が5センチに縮まっていく。彼女がイタズラな笑みで俺を問い詰めようと前のめりに迫ってきたからだ。ふと。


「どうぞごゆっくりおくつろぎくださいませ。また何かお呼びがあればそちらの呼び鈴をお使いくださいませ」


 扉付近で待機して並んでいたスタッフの人達がその場で一礼し、俺達の事を微笑ましのか初々しいと思ったのか、ちょっと嬉々とした感じでその場を後にして行ってしまった。なお、俺の耳は敏感だったりするので廊下で話している彼らの会話は筒抜けなんだよな……。


『あのままきっとロマンチックでエッチな事をするに違いないわ!』

『『きゃー!』』


 ごめんなさいね!? なんかそんな雰囲気になってしまっていて!?


「あの先輩」

「うーん?」

「ロビーで行ってた謎解きの話しなんですけど」

「うん。分った?」

「涙とかけて悲劇だったりします?」


 と聞いてみると寄り添うようにくっついていたリリィ先輩の表情がニッコリとなって。


「正解です。はいご褒美」

「あっ」


 不意打ちでリリィ先輩のキスを右頬に受けてしまった。


「ちなみにアリューシャンの海のジャンルは正確にいうとね。悲劇的な恋愛になるかな」

「リリィ先輩ってそういうの好きなんです?」

「うーん、あまり露骨にお涙頂戴物は嫌だけど。これに関しては史実に基づいて演じられる劇だから好きかな」

「史実ですか……具体的には?」

「直球でいうならアルシェさんが経験した悲しい過去の恋愛物語ね。多少の脚色はあるけど。好きな男性の為に、周囲の差別を受けながらも健気に隣で支え合って。その人との恋を成就させようと頑張るっていう話し。だれもが嫌いじゃない話しなはずよ」


 つまり今から見る劇はアルシェさんの過去を題材にした悲劇の恋愛物語か。


「ちなみにアリューシャンっていうのはどんな意味があるんです?」

「うーん。単純にアルシェさんアリューシェンからのアリューシャンって名前に尾ひれがついてしまったっと言えば分るかな? ほら、もう200年前の出来事だから。忘れ去れてもおかしくはないかな」


 つまり名前が間違って伝えられてそのまま劇のタイトルに使われたっと。


「あ、ちなみに海っていうのはアルシェさんが憧れていた場所なの。好きな人と一緒に行ったあの夏の海を忘れないっていう言葉がこの劇には出てくるんだけど。で、エピローグのシーンに思い出の光景のままの海が出てくるわけ」

「あぁ……泣けるななんとなく」


 アルシェさんから直接差し障り程度に聞かされている身としては泣けてくる話しじゃないか。アリューシャンの海……好きになりそうだ。


「ちなみにこの劇って他の街でも公演してたりします?」

「…………人間のエゴって嫌だよね」

「えっ?」


 突然どこか遠い目になって思いふけ始めるリリィ先輩の顔を見て、思わずそう言葉を漏らすと。


「アルシェさん。いえ今はアリューシャンね。彼女には何の罪もないのに。一部の人間のエゴのせいで悲劇になってしまったんだから」

「はぁ……」


 そんなやりとりとしている内に場内がくらくなっていくことに気づく。


「あっ、始まりますよ」


 と同時にオーケストラの奏でる音楽が場内に鳴り響き、暗闇の中に一筋のスポット照明が照らし出されて、その下には竜人の姿をした女性が立っており、彼女の歌声と共に劇が始まった事を実感した。


「ねぇ、カリト君。このままずっと一緒にいようね」


 ずっと一緒にいようってなんだ。


「私。悲劇を見るのは好きだけど。自分が体験するのは嫌なの」

「誰でも同じ気持ちですよ」

「そう。そう思ってくれているんだね。ありがとう……」


 とりあえず今だけは2人だけの時間を過ごすことに徹しよう。そう思いながら目の前に繰り広げられていく物語に没入していくのだった。


次回の更新予定日は9月20日です。今日はニコ生で執筆配信をしながら作業しておりました。気が向いたらやっているので良かったら見に来てくださいね。(露骨な宣伝)


URL:https://com.nicovideo.jp/community/co2440226

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