はじまり
「あっ、あれ……? 足りないんですけど?」
いま俺はもの凄く焦っている。それは他人から見ればほんの些細なミスで起きた出来事だった。
「何度も同じ事を言わせてもらいますが。今回の報酬はこれだけです。あなたの狩猟したフォレストディアーは10体でした。こちらが求めていた11体とは数が合わないんです。申し訳ありませんが規約の関係上、報酬額とお渡しできる素材の数は半分とさせていただきます」
ぺこりと受付けのお姉さんがカウンター越しに俺に謝ってくる。いやいやうそだろ?
「いや、確かに俺は頼まれた数を揃えて送ったはずなんだけど!?」
俺は何かがおかしいと感じていた。数え間違いをしたはずがない!
「すみません。これ以上の対応は私の業務外の範疇になりますので。これ以上の示談をされるのであればギルド長に直接お申し付けください」
そう言われるともう引き下がるしかないか……。俺は折れることにしてため息をつき。
「……俺みたいな駆け出しハンター相手に相手なんかしてくれないさ」
「ギルド長はどなたでもお話を聞いてくださるお方です。そろそろ後ろの方々のご迷惑になりますので」
――なんだよ。クレーマーか? ガヤガヤ――
どうやら俺は少し取り返しのつかない事をしていたようだった。
「わ……わかった。こんどはちゃんと数をかぞえておくるよ……」
「ではまたのご利用をお待ちしております」
薄く微笑む顔でぺこりと会釈をするお姉さん。とりあえず俺はカウンターを背に振り向いてこの場から立ち去ることにした。
――なんだ。新入りがいちゃもんしてたんか。俺達の時間を無駄に浪費するような事すんなよな。ヒソヒソ――
口で出すような事じゃないだろ! くそっ! 俺は唇を噛みしめながら、神妙な面持ちのままで心の中で囁いていた奴に対して悪態をつく。それと共に惨めな気持ちと悔しさがこみ上げてきている。
俺の想像していた異世界生活とはかけ離れていた日常だった。さらに追い打ちをかけるようにして現実が迫ってくる。
「あぁ……今日も安宿で1泊か……」
はやく俺も上級ハンターの仲間入り。いや、それ以前に俺はアマチュアハンターにすらなれていないのに何を言っているんだ自分は。
「とりあえず25ダラーで止まれる宿を探さないとな」
手持ちの残金50ダラー。日本円で5000円と言ったところかな。これでどう生きれば良いんだろうか……。
今の俺は前の世界でいう寝カフェ暮らしをしないと生きていけない状況だ。これで何度目の宿泊になるんだっけ? もう何度も送り続けている日常だから忘れてしまったな……。考えただけでヤバいかも。
「あぁ……落ち着いた場所で寝泊まりがしたい……」
異世界に転生したカッコいい主人公立ちみたいに俺も家が欲しい!
「師匠から貰ったお下がりのライフル銃。使い込まれて扱い易いんだけど……ねぇ。周りの人達みたいにピカピカの物が欲しいよぉ……」
車で例えるなら、廃車間近の中古車を乗り回す側と、ピカピカの新車のメルセデスを飽きては乗り換えて乗り回す側に分かれるのかな。本当この仕事は格差が激しいよ……まじで……。
前の世界で死んでからこの異世界に来て約2ヶ月が経過している。最初の内の1ヶ月は転生した! やったぜ! 俺TUEEEEEEEEEE!!!! 美少女達を毎日手のひらで転がせる!!!! ってな感じで息巻いていたんだけどな……。そして2ヶ月が経って気づいた事が。
――あぁ、思い出しただけで傲慢の塊だったなぁ……。日本にいたほうがよほどマシだったわー。ベッドの上で怠惰に寝ながら手元の携帯ゲーム機を転がせて、自分の好きなハンティングアクションゲームを満喫していた自分が懐かしいわー。社会ってこんなに厳しかったの? 大人の人達ってこんなに鬼畜な毎日を送っているわけ? そりゃ誰でも月曜日が来るのが怖いって思うわ。うん、明日は休もう。
「っていけねぇ考えごとしすぎた!!!? 間違っても宿泊難民にはなりたくないな……?!」
今は夕暮れ時だ。予約不要の安宿は、いろんな人間にとって骨肉の争いが幕を開ける始まりの時でもあるから、そのビックウェーブの並に乗り遅れた奴らになんて慈悲がないっていうほどに酷い目に遭わされるわけだから。
「1回だけ野宿して怖い思いをした事があるからな……。ここの街って大きい割に治安が悪いし。それに野宿狩りをする連中がいるみたいだし」
ようは夜の治安があまり宜しくない街に身を置いているわけだ。俺の周りだけの話しかもしれないが。
俺は慌てながら駆け足気味に急ぎ、宿泊施設が多く建ち並ぶ地区に向かって、夕陽が降り注ぐ街中を走るのだった。
今日から連載が開始します異世界ハンターで狩猟生活。どうぞよろしくお願いいたします。
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