まずは私の話をしよう。
公爵家ヒミズリアル家の長女アズサ・ヒミズリアルは14歳の時まではお淑やかな少女だったと言っても過言ではない程、女子らしかった。…過去形なのはほんの1週間ほど前に起こったとある事件により、彼女は変わってしまったからだ。
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1週間前、ヒミズリアル家の長子、黒髪に淡い紫色の瞳をした16歳のレイ・ヒミズリアルとレイと同じ黒髪を伸ばした金色の瞳を持つ妹であるアズサ・ヒミズリアルは動ける服装で屋敷敷地内の広い芝生が青々と生えた野原に魔術と魔法の稽古をしていた。
ヒミズリアル公爵家は歴代最高とまで言われる宮廷魔術師や魔導師を数多く輩出して来た、由緒正しき古き家であり、王族の血も薄いが混じっている。
そんなヒミズリアル家の子供は昔から5歳から魔術師や魔導師としての能力を見極められ、どんな属性魔法が得意なのか、どんな魔法や魔術に適性があるのかを調べられる。その為、魔力量などは学園に行くまでは測られないが、ある程度は自分の実力を把握している優秀な魔術師、魔導師になる事が多い。
勿論、レイとアズサも例外なく己の得意、不得意を理解し熟知しようとしていた。
「兄上様、稽古の後にお手合わせをお願い申し上げます。」
「…分かった。だが、無理はするな…怪我でもしたら危ない。」
だからこそ2人とも魔術と魔法が加減やコントロールが出来なくなれば怪我だけでは済まない上に、両親とお目付役の執事長と侍女長達に怒られ、暫くは授業以外での稽古を禁止されることが分かっていた。
その為、無理はしない。何かあれば兄上や他の人の指示に従うと言うことを条件として手合わせをしている。
いや、していたと言った方がきっと正しいのだろう。
「ファイアボール!!」
「…ウォーターボール!」
自分の触媒である短剣を持ち、ファイアボールを放ったアズサに間髪いれずにウォーターボールをレイは放ち、
相殺させた。そう、最初はファイアボール、ウィンドボール、ウォーターボール、グランドボール…と4属性の初級魔術である攻撃にも、時には救難信号などで使えるボールをお互いに相殺したり属性にも相性が有る為、それを高威力でぶつけて、突破しようとしたりと…ヒミズリアル家以外ではきっとやらない様な高度な手合わせをしていた、のだが
「…大いなる大地よ、この地に恵みを持たらす者よ。我が力、我が名にかけて令する。敵を阻め、捕縛せよ!」
緑の妖精に力を借りる様にして触媒である指輪で命じ、魔術を組み立てたのだろう。植物がうねうねと畝り、アズサを拘束しようとするが
「風よ、我が肉体を封じる悪しき蔦を断ち切れ!」
それを彼女も良しとしない。
寧ろ、彼女は自身と契約している精霊に命じて魔術による拘束を意図も簡単に断ち切った。
そしてそのまま反撃をするかの様にして風魔法でエアカッターを発生させて、必要最低限で当たる様にワザと地面スレスレに放って攻撃を仕掛けると言う、なんとも言えない絶妙なコントロールで攻める。
基本的には、魔術師や魔導師は戦闘になれば後方支援などが多いのだが、ヒミズリアルは違う。攻めと守りの両立をし、単騎でも勝てるくらいには強く成らなければならない。と言う、その強さの両立が出来ているからこそ公爵家にまで上がれたのだと言われている。
そんな期待の星である2人の手合わせはある意味、同年代からしたら凄まじい物だと言われても仕方がないレベルなのだが、それもすぐに終わることとなった。
「大地に芽吹く緑の妖精に命ずる!敵を阻み、払いのけよ!!」
アズサの攻撃をレイは土の精霊に命じて壁を作って相殺し、降参させる為に魔術を組んで放ったのだが一瞬、威力の調節を見誤ったのが一番の原因となったのは明らかであり、彼が気付いたのは放った直後だった。
「風よ、命z!?っ、ぐふっ…!!」
アズサが魔法を使おうとした瞬間には魔術によってしなる大きな蔓の鞭とかした植物に勢い良く腹を殴り飛ばされ、50メートル先にある大きな木の幹に強く頭から叩きつけられて気を失ってしまったのだから。
慌ててレイがアズサに駆け寄るものの、頭からは血が流れて来ており、顔も青白くなってきていた。呆然としていたレイだったが、すぐに我に返って侍女や父親であるヒミズリアル公爵を呼んで、アズサの治療をしてもらったのだが、彼女は丸一日目を覚まさなかったのだ。
これには公爵家の全員が真っ青となり、どうしようかと言って医者にも見せたが、魔術や魔法で治したのならば問題はない。でも、眠っている理由が分からないと言って、首を傾げて、困った顔をしていた。
だが、奇跡的に目を覚ましたアズサは変わってしまっていたのだった。
「お父様、兄上、私、決めた!学園に入学する時は騎士科に入るわ!!」
そう言って、長かった髪をバッサリと切り、身体を鍛え始めてしまったのだから。
この1週間盛り上がっているのはその名も『稽古中の悪夢事件』と屋敷内の人なら殆ど知ってるくらいの大きな事件のせいでお嬢様は変わられたと、数年後とある長年働いている執事から新米侍女は聞かされ、それを聞いて驚いたのは言うまでもない。