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楽士伯の姫君は、心のままに歌う  作者: 汐の音
十七歳篇 迫る秋(二)
70/244

70 優しい時間(前)

「可愛いじゃない! やるわね、あの司祭」


 とっぷりと日が暮れたころ。

 臨時で開かれた診療所はようやく最後の患者への処置を終えた。

 特に緊急性のない慢性の関節痛とのことだったが、今回のキャラバンの副官(サブリーダー)の男性――テオというらしい――は、丁寧に彼女を診察し、きっちりと世間話までこなしていた。むしろ、そっちが主だったようだ。

 帰路につく老婆の足どりと顔色はすこぶる良く、ご満足いただけただろうことは、傍目に明らかだった。



 エウルナリアは、スープ皿からすくい取った人参を口に入れる直前でぴたりと止まる。

 さほど凄みもない睨み顔で皇女を流し見ると、「めっ!」と言わんばかりに(たしな)めた。


「サーラ、だめですよ。ちゃんと敬称を付けるか、名前でお呼びしないと……ええと。ありがとうございます」


 対する皇女は「はいはい」と、まるで取り合う気がない。寛いだ姿勢そのままの中低音(アルトボイス)は、食堂の賑わいに溶けて、呆気なく消えた。

 彼女もまた、行儀良くちぎったパンを口に運び、咀嚼する。姫君二人は向かい合う席で視線を交わすと、にこっと微笑んだ。


 ――砂漠への行程、一日目。

 ようやく夕餉(ゆうげ)の膳だ。




   *   *   *




 砂漠の国ジール西端の村・ゼランの、サングリード聖教会仮庁舎の一階。

 その一角を占める大食堂は、聖職者十五名およびエウルナリア達八名、計二十三名の大所帯で賑々しく埋まっている。

 六人掛けの長机が三つ。別室から運び入れた四人掛けのテーブルが二つ。レガートの一行は後者の席に、四名ずつ分かれて座った。


 エウルナリアも少しだけ手伝った献立は、マッシュポテトと燻製肉を細切れにして混ぜた豆と根菜のスープ、それに、みじん切りした香草をうっすら練り込んだパン。


 なかなか豪勢だ。

 しかも景気づけにと、葡萄酒(ワイン)まで一樽(ひとたる)開けられた。先ほどの老婆の家から届けられた謝礼の品らしい。

 一行も有り難くそれを享受した。騎士達もさすがに寛いだ表情をしている。


 ―――たった四人で数日間、同じ人数の対象を守らねばならなかったのだ。その負担を、エウルナリアは申し訳なく思う。


 頬杖をつき、まだ半分ほど葡萄酒(ワイン)が残る木椀(コップ)をそっと置いたシュナーゼンは、少女の笑顔が寂しそうになる瞬間を見計らったように、朗らかに語り出した。


「うんうん。エルゥはどんな髪型も似合うけど、こういう凝ったのもいいね。サーラよりお姫様だと思う」


「否定しないわ。あんただって、中身はやんちゃ坊主じゃないの」


「ええぇ……」


 辛口の応酬にかけては息がぴったりの双子に巻き込まれたエウルナリアは、ちょっと困った表情で無言のレインに視線を送る。

 当然のように、灰色の瞳は黒髪の主を捉えた。

 どきまぎと言葉を待つと、とても柔らかく、にこっと微笑みかけられる。


「勿論お似合いですよ。でも……くしゃくしゃにしてみたくもなります。他の、誰もいないところで」


「えぇっ!?」


 何だろう。笑顔なのに捕獲された気分だ。たとえるなら、お腹を空かせた猛禽類か猫科の獣と目が合った、ウサギやネズミ――――


 (んん? ちょっと待って。その線だと私は補食対象……? いえ。そもそも、せっかく結っていただいたのに『くしゃくしゃ』ってだめよね? 怒ってもいいところ、よね……?)


 少し逸れた路線でとっぷり、考え事に没頭してしまったエウルナリア。

 見かねたシュナーゼンは呆れたように、栗色の髪の少年に言い放った。


「レ~イ~ン~……お前ね、やめろよそういうの。我慢してる僕がめちゃくちゃお利口さんみたいじゃないか」


「お利口なシュナ様……最高ですね。ぜひそのままでいてください。あ、今日の演奏も流石でした」


「ん? そう? うんうん、そうだろー?」


 ふふっと口許を綻ばせ、途端にご機嫌になるシュナーゼン。にこにこと笑んで、再び葡萄酒(ワイン)に口を付けている。


 おかげで、場は何とも言えず緩い空気に満たされた。


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