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楽士伯の姫君は、心のままに歌う  作者: 汐の音
十六歳篇 成人後の日々
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7 戻る日常、しずかな変化(2)

 エウルナリアは遠征後、急に「寮に入る」と言い出した。サングリードから帰ったのが昨日の朝なので、丸一日かけて入寮を済ませた形になる。


 バード家の令嬢は、相変わらず思い立ったあとの行動が早い。――問題は、なぜ? だ。



 シュナーゼンも、グランも、レインも。

 事情は帰国後の解散前、エウルナリアの父である歌長(うたおさ)に呼びつけられて直接聞いた。現場に駆けつけて彼女を救出したのはアルユシッド皇子なので、ある意味間接的ではある。


 『婚約者候補の君たちだから、包み隠さずにおくけど』


 と、前置きされたそれらの全容を思い出し、シュナーゼンは再び(はら)の底がむかむかするのを感じ始めていた。

 ―――が。



「シュナ」


 呼び掛けに、はっとする。

 声の主に目をやると、とんとん、と眉間の辺りを指で叩いていた。

 (かお、すげーことになってる)と、口がぱくぱく動いている。


 銀の皇子は思わず、ふっと軽く吹き出した。そのまま、くくっ……と声を漏らし、体を折って衝動に耐える。


「あ、ありがとうグラン……君って、ほんと癒されるわー…」


「あんたの感性、やっぱおかしいよ」


 心配して損したと暗に伝えてるのかな、と解釈した皇子は更に、コロッと機嫌を良くした。


「任せて。変人であることは、打楽器奏者の第一条件だ」


「そこは誇るな。つうか、胸張んな。大陸中の打楽器奏者(パーカッショニスト)に泣いて謝れ」


 どこまでも素っ気ない態度を崩さない赤髪の青年に、シュナーゼンはくすくすと笑う。


「仲、いいねぇ」


 鈴をふるような声も加わる。

 練習室は(しば)し、ほわほわとした空気に包まれた。




   *   *   *




「で、選曲なんだけど。これなんてどう? “金管と打楽器のためのアンサンブル vol.5”」


「えー。なんか、真面目だねそれ」


 思ったままに振る舞う銀の皇子に、黒髪の令嬢は束の間、眩しそうに目を細める。しかし笑顔のまま、決然と断言した。


「真面目でいいの。課題なんだから」


「レインはどうする?これ、ピアノ譜ないだろ」


 ぴら、と(ページ)をめくり、裏を確認するグラン。かれは意外にも面々の中で、最も繊細だ。エウルナリアは微笑んで、ゆるく首を傾けた。


「…レインはいいの。二人のアンサンブルに即興で入れる。そこは、アレンジして書き直さないといけないけど、やるよ」


「で? 当のレインはどこ。確かにまだ音を合わせる段階じゃないけど」


 ぴく、と少女が反応した。


「さぁ。男子寮でいろいろ、あるんじゃないかな」


 (……)

 (………)


 二人の男子は、神妙な顔になった。

 ――これは、あれだ。重症というか確実に何かあったなと察する。


 グランは少し、物言いたげな顔をしたが結局は何も言わなかった。対してシュナーゼンは……果敢にも切り込んだ。


「なにか、あった?」


「…!」


 (ちょっ…、お前、もっと言い方あるだろうよ!)


 内心での突っ込みに終始してしまう、自分の繊細さがいっそ恨めしい。仮にも自国の皇子殿下に“あんた”、“お前”呼ばわりなのは気づかなかったことに(スルー)した。


「……ううん、なにも?」


 それだけにこり、と告げて立ち上がると、使わなかった楽譜をまとめて胸の前に抱えた。

 「本、戻して来るね」と足早に退室してしまう。


 ぱたん、と扉の閉まる音のあと。


 グランとシュナーゼンは、顔を見合わせた。


「…知ってる? 女の子があんな風にいうときは、大抵なにかあったときなんだよ」


「詳しいな、皇子さま。何それ、経験?」


 軽口を装うが、紺色の瞳にはちょっとした苛立ちが見え隠れしている。

 銀の皇子はしれっと、悪びれずに答えた。


「いいや。(サーラ)が前、そう言ってた」


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