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楽士伯の姫君は、心のままに歌う  作者: 汐の音
十六歳篇 疾く過ぎる夏

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41 草原の宿場町(後)※

「私達の素性、ですか?」


「そ。シュナと私はレガートの商男爵の子息と息女ってことで、名目は城から依頼があった新しい楽器の調査ってことになってる。実際、いいのがあれば調達も考えてるわ。貴女達は?」


「そうですねぇ……」


 エウルナリアは、手にしたスープの椀から餅状のなにかをフォークに絡めつつ思案した。


 夕食どき、この界隈では一番らしい上等な旅籠(はたご)ということで食堂も大賑わいだ。一行は二階席の奥まった場所を貸し切り、少し異国情緒のある食卓を囲んでいる。


 漆喰の壁はあちこちが網状の格子を嵌め込まれた小窓となっており、風通しがとても良い。ざっくりと編まれた織物の上に直接座具が敷かれ、背当てとなるエキゾチックな色合いのクッションが幾つも並んでいる。


 各々入浴も済ませ、さっぱりと寛いだ表情だ。床に直に座り(けやき)のテーブルに並べられた料理に舌鼓を打つ。時おり階下から「お代わりはいかがですか~?」など、陽気な配膳係に声を掛けられた。


 年嵩の騎士が対応しようとしたところ、「あ、じゃあこの馬乳酒? 飲んでみたいんだけど」と身を乗り出すシュナーゼンの耳を引っ張り、「結構。すまないねお嬢さん。()()()()()も。旅先だからとあまり羽目を外しませんよう」……などと(たしな)めている。


 ふむ、と黒髪の少女は皇女の反対側の隣を窺った。


「どうする? レイン」


 栗色の髪の少年は、今は湯上がりでまだ濡れた髪を片方の耳下でゆるく縛り、肩より前に垂らしている。気のせいでなく色っぽい。おかしい。何かが間違っている。


「……新婚旅行ってことで良いのではないでしょうか。どうせ、遅かれ早かれそうなりま」

「却下。まじめに」


 すぱん! と、珍しく令嬢が従者の言を一刀両断した。少年は意外そうに目をみひらく。


「僕は、いたって真面目なんですが」


「うん、レインがごくごく稀に、全力でボケてくれるのは知ってる。でもだめよ。その設定だと私たち、同室になっちゃうでしょ」


 少年は、見るからにしゅんと萎れた。


「まさに、そうしたかったんですが」


「うん。尚のこと却下ね。――ええと、私達もサーラとシュナ様のお付きの者ではいけません?」


 うーん……と、柳眉をひそめた皇女が考えあぐねる中。

 先ほどシュナーゼンの耳を引っ張っていた年嵩の騎士が葡萄酒のピッチャーを片手に、卓に歩み寄ってきた。そのまま、すっと片膝をついて目線を同じくする。


「提案なのですが。令嬢と従者どのは、学問準男爵家あたりの息女とその従兄(いとこ)ではいかがです? 東方の楽曲を研究しに来たと。これなら、()()()()()()()()()()()()()との接し方も変えずに済みます。我々も、従来に近い接し方ができる」


「あぁ……なるほど、本当ですね。ではそうさせていただきます。えぇと……?」


「ロキと申します」


 会釈をする傍ら、ロキと名乗った騎士はにこやかに、年若い三名の空いた杯にほどほどの量の酒を注ぎ足していく。―――場馴れしている。こういった“お忍び”の経験が豊富そうな男性だ。

 エウルナリアは軽く酒杯をかかげ、微笑んで礼を述べた。


「ありがとうございますロキさん。長旅になりますが、宜しくお願いしますね」


「こちらこそ。うちの困った坊っちゃんとお嬢さんを宜しく頼みますよ」


 くすくすくす、と笑みを交わした両者は仲良くコン! と、杯とピッチャーを合わせて乾杯した。

 複雑そうな表情のレインに、ゼノサーラはにやりと人の悪い微笑を浮かべる。


「大変ね、人たらしの従姉妹(いとこ)のお守りは」


「いえ……これくらい、まだ序の口です」


 据わった灰色の目に、銀色の少女はこの上なく楽しそうな笑い声を上げた。




 と、その時。


 階下から賑やかな楽曲が聴こえてきた。

 風変わりな笛の音。膝で挟んで固定し、手で直接打ち鳴らすタイプの皮張りの太鼓。竪琴。独特なリズムを刻む手拍子(クラップハンド)―――楽士の一団だ。


 一階から二階までは天井が吹き抜けになっており、音もよく通る。

 やがて、独特の節回しの歌声が場を満たした。それは哀調を滲ませながらも情熱的で、言葉はわからないが多分恋歌なのだと知れる。


 隣の卓にいたシュナーゼンが、いつの間にか割り込むようにエウルナリアとゼノサーラの間に身を滑らせた。近い。


「いいねぇ。旅の空の下、両手に花!」


「黙れ、太鼓バカ」


「うん、僕は確かに打楽器をこよなく愛してる。否定はしない。けどエルゥ、きみも好きだよ」


 しれっと黒髪の少女の肩に回そうとした皇子の手は、反対側のレインによってぺちん! と思いきり叩き落とされた。


「シュナ様、()()()()()()に手を出さないでくれませんか。いずれ、僕の妻になってくれる女性(ひと)ですよ」


「えー? ……あぁ、そういう設定? うん、わかった。彼女がきみの奧さんになるってところ以外は」


「……うぅん……」


 頭上でやり取りされる煩い諸々を見事に聞き流(スルー)し、エウルナリアは東の楽曲に耳を傾けた。けれど――


 (だめ。身体が“歌”を喜べない。不思議な曲調で新鮮だけど、それだけだわ……“歌いたい”って、まだ熱望できない)


 ちびり、ちびりと葡萄酒を口にしつつ。

 少女の心を憂いへと縫い止める(くさび)は、まだ抜けなかった。




―――――――――――――――

※ロキ、シュナーゼンのイメージ

挿絵(By みてみん)


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