19 決意
とく、とく、とく……と、速い心臓の音が身体に伝う。大きな上背、高めの体温。引き締まって固い身体。
どこもかしこも、自分とは違う。
レインみたいに優しい抱擁とも――もちろんディレイ王の、有無を言わさぬ怖い拘束とも違う。
(何だろう…もし、自分より大きな弟がいたら、こんな感じなのかも)
グランの緊張が心臓の鼓動と一緒になって、エウルナリアに届く。
最初の衝撃と続く混乱が少し治まったあと。
ゆるゆると、体から力を抜いた少女は空いた右腕をそっと、かれの背に添わせた。
大きな身体がぴくりと反応する。「エルゥ」と一言愛称が漏れて、右手が黒髪を撫でた。そのまま彼女の形のよい耳を露にさせて――唇を寄せ、囁きを落とす。
「ごめん…好きなんだ。ずっとこうしたかった。こんな風に……触れたかった」
エウルナリアの肩は、一瞬跳ねた。どうしようもない戸惑いと罪悪感で胸がいっぱいになり、咄嗟に顔を逸らして逃げようと身じろぎする。
が、なおも髪をかき分け、白いうなじに触れられ―――さすがに瞬時に、限界へと到る。
「!! だめっ…ごめん、グラン。わたし……」
「知ってる。エルゥが俺を選ぶことはないって、重々わかってる」
「……っ…ごめ……んなさい…」
「いいから。謝らないで」
「……」
「謝るな」
「…」
「このまま聞いて。俺さ……しばらく、休学する」
「…?!」
弾かれたように、エウルナリアは顔を上げた。青い目に映ったのは切ないけれど、いとおしげな視線を落とす夜色の瞳。思わぬ至近距離で互いのまなざしが絡む。
黒髪の少女の無防備な表情に、グランは目許を和らげて苦笑した。
「今の、メチャクチャなアンサンブルを仕上げて課題として終わらせて、単位を貰ってからだけどな。
…皇国楽士を辞めるわけじゃない。楽士のままで、騎士にもなれないか探りたいんだ。俺は、レインにはなれないけど……後悔するくらいなら動きたい。エルゥには、専属騎士が必要だよ。
外国からの招聘は嫌でも増えるのに、身辺警護の人員は基本、宴の席では弾かれちまう…でも、楽士なら別だ。堂々と側で守れる。いざというときの盾にも」
「グラン!」
「……もちろん、なんらかの形で帯剣できないか考えるけど」
まさか、身を呈して――と青ざめて危ぶむ少女に、グランはくすりと笑った。
愛しい、いとおしい。大切な歌姫。
彼女を思いきり、好きなだけ歌わせてやりたい。心を憂えさせるものからも、身体を害そうとする輩からも守りきって。
だから―――
いまだに胸を締め付ける、この甘さは生涯の宝にする。ほかの誰のためでもない、痛みは自分だけのもの。彼女を想う心だけは………自分一人だけのものだ。
「それでいいよ。俺は、―――それがいい」
この上なく優しい微笑みで、グランは想いびとの少女の白い顔を右手の指でなぞった。
人の身に、どうしてこんなに綺麗な色彩を備えられるんだろう……と、純粋な感嘆をもたらす真っ青な瞳から溢れて、長い睫毛にたまった涙をそっと、拭いながら。