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楽士伯の姫君は、心のままに歌う  作者: 汐の音
十七歳篇 石の都の花祭り
184/244

184 騎士の迷い(後)

 ――眠い。不覚にも、つられて眠い。

 長椅子は占拠されているので、グランは一人掛けの椅子に沈み込むように座っている。


(無防備だよなぁ)


 よい機会なのでまじまじ、眺め倒してみた。

 初めて会った十歳の頃も天使じみていたが、中身は小悪魔だ。その外見と内面のバランスは、長じるとさらに凶器となった気がする。


 朝日は、ここまでは差し入らない。

 灯りは点けていない。ほのかに薄暗いはずなのに浮かび上がる肌の白さ。透明感。伏せられた睫毛の長さはどうかしている。

 やたらと形のいい、筋の通った小ぶりな鼻や珊瑚色の唇も――……


「……しまった。いま、おれ、滅茶苦茶よからぬこと考えてた」


 ふるふるっ、と(かぶり)を振った。

 やばい。ドレス越しであっても魅力的な曲線を描くシルエットの破壊力が、地味にひどい。

 ついでに言うなら、ここまで熟睡できるこいつの神経が一番ひどかった。


「あー……諦めた。起きたら起きただし。運ぼ」


 よいしょ、と立ち上がり、すたすたと長椅子へ。

 寝こけた人間など、さっさと目の毒にならない場所まで運べばいい。悪いことをしそうな輩(俺)からは一刻も早く離すべきだ。


 さて。


 仰向けに寝ていたので仕事はやりやすかった。

 つとめて余計なことは考えず、右手を首と背の下――脇の下。左手を膝裏へと差し込む。


「おっと」


 持ち上げると、それなりに女性一人分の重さだった。でも、小柄なせいか運びやすい。起きなかったことに拍子抜けしたが、ホッと安堵もした。

 が、次の瞬間、理性はみごとに粉砕された。



「…………すき……」


「ッッッ(!!???)」



 ばくん! と、心臓が跳ねる。

 いや待て、俺。いま、一生縁のないこと言われた。落ち着け、どうせ寝言だから。寝言……


(誰に?)


 ――決まってる。

 こいつが、夢のなかでも求める相手が誰かなんて、分かりきってる。


「……寝てても、残酷だよなぁ。エルゥ(こいつ)って……」


 何とも言えず、モヤモヤとした思いと柔らかな重みを伝える身体を抱いて、彼女に与えられた寝室へと向かった。





 キィ、と取っ手を下げて難なく入室。

 閉めるのはあとでいい。目指す寝台に近づき、そっと横たえる。


 慎重に腕を引き抜き、…………息を殺して見入ってしまったとして、『それ』はもうどうしようもない。自然の摂理なんだと言い聞かせた。


 眠るエウルナリアはこの上なく愛らしく。

 目覚めている時よりも遠慮なく見つめていられる。


 ――見つめ返されることはないけど。


 そう考えると、無性に胸が痛んだ。かきむしりたくなるような(もや)は濃くなるばかり。欲情? しっ放しだよこんちくしょう、と、内心独り()ちて。


 何度めかの諦め。

 深く、深く息を吐いた。


「エルゥの、どあほ……」


 つらい。切ない。思いっきり唇を噛んだあと、上半身を屈める。


 つっと、触れたいと願った唇に指を這わせた。

 ――殺される。色んな意味で。



 すぅ、すぅぅ……と、安楽な寝息に罪悪感を搾り取られ。

 そろそろやばくないか? と、頭の冷静な部分が囁く。





 これは、一生の秘密。

 絶対に誰にも。



 締め付けられる胸に急かされるまま、吸い寄せられるように口づけようとした。


 そのとき。


 幸か不幸か。多分、前者なんだろう。


 ――……どうぞバード卿。ご息女はこちらです。

 ――ありがとう。



 続きの間から、聞こえるはずのない声が聞こえた。


(うっそだろ)

 グランは瞑目する。ここまで。ここまでだ。

 バレたら斬首。良くて解任、牢獄行きだ。間違いない……! (※レガートの法で、罪人の刑に斬首は禁じられてるけど)



 ため息をつき、「ごめんな」と一言。

 素早く顔を近づけると眠る彼女の額に、わざと乱暴に唇を落とした。

 案の定、睫毛が震える。ひらく、湖の青の瞳。


「ん、…………グラン……?」


 夢のような。

 夢にしておきたかったような時が手の内からこぼれ、彼女を守り通してから、淡く消え去った。



「――――おはよ、エルゥ。気のせいかな。さっき、アルム様の声、したぞ?」




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