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楽士伯の姫君は、心のままに歌う  作者: 汐の音
十六歳篇 成人後の日々
18/244

18 独占欲のかたち

後半の糖度が少し、増しました。(6/1改)

「意外だね」


 ぱさり、と先ほどのアンサンブル総譜(スコア)を捲りながら、手元の別紙にカリカリカリ…とペンで何かを書き付けつつ、アルユシッドは呟いた。


「何がです?殿下」


 答えつつ、静かに問いかけたのはレイン。

 対面の席で、やはり先ほどエウルナリアが速記したピアノ譜を清書している。両者ともに顔は上げない。手も止めない。


 ここは西塔。

 別名“図書の塔”の中空回廊が繋ぐ音楽フロアの一つ。シュナーゼンは一、二学年で取り零した必修科目の単位を取るべく別行動中だ。


 二人は今、他の生徒らもそこそこ席を埋めるなか、窓際の机で向かい合って座っている。

 聖教会の司祭を兼ねる第二皇子と、筆頭家臣の令嬢の専属従者――…にして、皇国楽士団の若きピアノ独奏者(ソリスト)。どうしても目立つ。

 珍しい組合わせに周囲の関心は引き寄せられ、ちらちらと視線を向けられるも、両者ともに全く動じない。


 アルユシッドは視線を楽譜に落としたまま、再び柔らかく会話を促した。


「彼女をあっさりと行かせたろう? よく許したね」


「――許すも何も」


 栗色の髪の少年の頬に、ふっと笑みが浮かぶ。それだけで空気が華やいだが、本人は頓着しない。息をするように続きを告げた。


「あの方の望みです。僕がとやかく言うことではないでしょう」


「…なるほど」


 青年も柔らかな笑みを柘榴色(ガーネット)の瞳に滲ませた。かれはいつも微笑んでいるように見えるので、真意を掴みづらい。


 が、今は友好的な態度の下に何かありそうだ。

 レインは涼しい顔で沈黙を押し通す。


 アルユシッドは微苦笑した。


「流石“選ばれた”だけあるね。でも、それでどうやって守る? ()()()は諦めてないよ。()()は今、頭を抱えてる」


「あぁ…催促があったんですね。どっちです? 正攻法? 搦め手?」


「両方」


「それはまた」


 ふふっと、従者の少年が笑う。見るものがどぎまぎするような表情で。


「とんでもない大魚を釣り上げましたね。あの方らしいです。あのね、ユシッド殿下……僕は」


 カタン、とペンを置く音がした。


 言葉を区切ったレインが正面から白銀の青年を見つめている。

 青年も気づき、ふと視線を上げた。


「一人で守れるなんて、考えてもいません。候補者はもちろん、国家の意志も雁首(がんくび)そろえて一致団結協力すべきです。綻びがあれば、必ずそこから切り崩される。最悪の場合、あの方を切り捨てさせるような何かを仕掛けて来ます。

 それを防げるなら―――あの方を守れるなら、僕の些細な独占欲などどうでもいい。両殿下もグランにも、僕にはない“力”がある。

 …どうでしょう。模範解答になりましたか?」 


 滔々と、淀みなく話し終えたレインは灰色の目に硬質な光を湛え、挑むような視線をアルユシッドに投げ掛けている。


 片眉を上げた青年は「…そうだね」と、ほんのり苦い笑みを浮かべた。




   *   *   *




 時を同じく、中庭にて。

 リーーーン…、ゴーーーン……と、休憩の終わりを告げる鐘が鳴り響いた。外で聴くと、とても大きく感じる。


 中央講堂の後ろには時計塔が建っている。高さは入り口の双子塔と同じほどで立ち入り禁止。内部は大きなゼンマイ仕掛けが剥き出しになっており、色々と危ないらしい。仕掛けの一環で自動的に最上階の鐘が点かれるらしく、基本的に職員も立ち入らない。


 選び抜かれた鐘は、ひとの手によらずともうつくしい音を打ち鳴らす。耳に残る余韻は湖からの風に吹き流され、淡くかき消えた。


 ――と、同時に植え込みの向こう側、さざめいてパタパタと行き交っていた生徒たちの気配が薄くなる。


 (下学年の子達だったのかな。東塔に行っちゃった)


 エウルナリアは、ぼうっと考えながら再びトランペットを構え、息を吸い……半ば目を閉じたところで違うものに唇を塞がれた。


「?…――!!」


「あぁもう……早まるな、エルゥ。頼むから俺の心臓もっと大事にしろ」


 マウスピースに手のひらを向けて、素早く差し出されたグランの右腕が伸びている。

 つまり、エウルナリアはグランの手の甲―――正確には、その中指の付け根あたりに口づけてしまった。意外にさらりと、なめらかな感触に思わず赤面する。


「ごっ……ごめんっ! グラン、あの、くち…!」


 しどろもどろになって、慌てて距離をとった少女は恥ずかしそうに右手の甲で口許を隠した。左手はまだトランペットを支えている。


 ――いや、もう遅いから。と言うか…


 グランの紺色の目に剣呑な光が宿った。

 (あぁ、やっぱりこいつ、わかってなかった)と如実に語る眼光だ。


 赤髪の、ほぼ青年に見えるアンバランスな少年は、ぐっとトランペットを支える細い手首を捕らえるとそのまま、楽器ごと少女を引き寄せた。左腕を華奢な背に回して、ぎゅっと閉じ込める。


 細い身体は思った通り柔らかく、存在自体が夢のようで――ひどく、頭の芯を酔わせて思考を奪うものだった。あんなに触れたかった黒髪が今は腕のなか、容易に口付けられるほど顔のすぐ近くにある。


 くらり、とした。


 (あー………やっちまった…)



 頭の中のどこかで理性の声がした。

 が、グランは無視した。


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