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楽士伯の姫君は、心のままに歌う  作者: 汐の音
十七歳篇 石の都の花祭り
174/244

174 王の帰城(前)

 最終的には額にも唇を落としたところで、ひらいたままの扉から「失礼いたします、姫君。レイン殿が目を覚ましたと――」と、中途半端なところで台詞を途切らせた治療師が現れた。

 そう若くもない女性だが、仕草が愛らしい。小首を傾げながら「ええと」と、呟いている。


「……」

「…………あっ。そうか、ノックを忘れてましたね」


 (おもむろ)にコンコン、と扉を叩かれた。いや、遅いから。

 いわくありげに微笑む姿に(見られたな……)と思わなくもなかったが、エウルナリアはさらりと流す。


「お待ちしていました。どうぞ、こちらの椅子をお使いください」


「ありがとうございます」


 悪びれず、しれっとしている。遠慮じみたところは何もない。――なぜ、こうもサングリードの薬師達は曲者ぞろいなのか。諦めに似た微苦笑の真意は、はたして彼女に届くのだろうか。(そもそも我関せずなのかもしれないが)


 めずらしい金縁の片眼鏡。赤茶の髪。

 ウィズルまでの道中、特に会話はなかったが見覚えはある。痩身のその女性は、さっと部屋を横切ると手早くレインの診察を始めた。

 検温、瞳孔、咥内を視認。脈拍……と。ここまで来て、今度は背中の傷にちらりと視線を馳せる。


「姫君、まだ司祭様の治療からそう時間が経っておりませんので、今は包帯はほどきません。明日の朝一番、お願いできますか? 新しい包帯と消毒薬、軟膏は調薬して届けてもらいますから」


「あ。はい」


 てきぱきと手筈(てはず)を整えられ、あっという間に彼女は立ち上がった。絶妙に気配を絶った女官が扉を開けて待機する出入り口に向かい、去ってゆく。

 礼を述べるため、慌てて見送りに付き添った少女に、治療師は微笑んだ。


「大丈夫。熱が出るのは仕方ありませんが、命に別状はありません。処置が速くて、本当に良かった……一晩、貴女が付いていて差し上げれば、回復も劇的に早いかと存じますよ」


 片眼鏡の奥、(わら)色の瞳が器用にウィンクをした。




   *   *   *




「王の、ご帰還ですっ……!」


 最初の侍女が興奮ぎみに駆け込んできたのは、治療師と入れ替わりだった。そのあとを、しずしずとゼノサーラの部屋に向かわせた侍女が続く。


「陛下は先ほどお召し替えをなさってから、レガートの皇女殿下のもとにいらっしゃいました。兄君のアルユシッド殿下もお戻りです」


「! そう。良かった……」


 ユシッドも。ディレイも。皆が無事に帰ったなら言うことはない。散々な視察だったが、結果よしとするべきだろうか。


 そっと胸に手を当てて安堵の吐息を漏らしたエウルナリアに、レインは伏せながらも、遠慮がちに声をかけた。


「あの。ガザックさんは、どうなりましたか? ……その、僕は気を失ってしまったので。詳しくお話は聞けるんでしょうか」


 はた、と全員の視線が寝台の怪我人へと集まる。


(――そうだったわ。あの方、やっぱりディレイを裏切ってたのかしら。それとも……?)


「…………」


 黙りこくり、眉間を寄せた美姫を気遣うように、淑やかなほうの侍女が言を次ぐ。


「はい。陛下は、皇女殿下にご説明差し上げたあと、こちらにもいらっしゃると。『()()殿()()意識が戻ったなら幸い。姫ともども、体を(いたわ)って休みつつ待て』とのお達しにございます」


「そうですか……」


 わかりました、と。

 それだけ告げると、レインは再び枕に頭を預け、脱力した。瞳を閉じている。薬が切れて、じくじくと痛みが戻ったのかもしれない。とにかく、これ以上の無理はさせられなかった。


(どうしよう。もう一度痛み止めを……? でも、常用しては難のあるお薬のようだった。駄目かな)


 あれやこれやと考えを巡らせる主をよそに、不揃いな髪になってしまった従者の少年はぽつん、と呟いた。


「『口達者』から……一応、扱いは良くなったと見ていいんでしょうかね」


「っ!」


 ぐ、と吹き出すのを我慢するエウルナリア。

 なるほど、そのようにも揶揄されていたな、と。




   *   *   *




 『え? 俺はもう、名前で呼ばれたぜ? あの、いけ好かないおっさんに!!』と、どこか優越感たっぷりに赤髪の騎士が現れるまで、あと少し。


 相愛の二人のおかげで、にわかに和んだ空気に当てられたウィラークの女性達は、困ったように顔を見合わせた。

 きつい顔立ちの女官は頬に手をあて、おそろしく長々とため息をつく。



 ――――レガートの主従はしばし、ほのぼのと互いを見つめ合う。





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― 新着の感想 ―
[良い点] いやあ。 なんかほのぼの良いですねえ。 ディレイはレインを認めつつもやはり「ライバル」として少し警戒しているんでしょうか? てなると、グランの立場は逆にない感じもしますが^^; …て、感想…
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