表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
楽士伯の姫君は、心のままに歌う  作者: 汐の音
十七歳篇 西国の地下迷宮
168/244

168 その声に、息など要らない

「あっ……こら! やめなさいレイン君っ!?」

「うるさい! 借りますよ、ガザックさん!」


「おっ?」


 松明が揺らめく。

 成り行きを呑気に見守っていた先頭の赤鷲(あかわし)は、十歩以上離れていた。ゆえに、視界は全体的に影が濃い。そんななか、レインがガザックの剣を奪い、一直線に走ってくるのが見えた。


 あろうことか、縄は手放されている。或いは剣を奪った際、どさくさに紛れて切ったのか。


「下郎っ! エルゥ様から……離れろ!!」

「レイっ……、きゃあぁ!」


「へっ、面白(おもしれ)ぇ。来いよ坊主。どうせお前はオマケだし、殺したって構やしねぇんだよ」


「だっ……だめ!! やめて、レイン!」


 どんっ、と乱暴に突き飛ばされ、それまで自分をかき抱いていた片目(かため)が幅の広い大剣を構えたのがわかった。

 鞘から抜かれる音が、ガザックのものとは比較にならないほど重い。空気の密度が増した気がした。


 ――勝負にならない。

 これは、たくさんの命を呆気なく、不当に奪ったケダモノの剣……――!


 ぞくり、といやな予感がよぎった。


 だめ。

 レインが斬られてしまう。

 持ちこたえられる? 無理。今は眺めてるだけの赤鷲という男だって、ガザックだっている。


 でも、かれが。かれが、このままでは。



  ガァン! 


 ()れる心と相反して、硬質な音が現実を突きつける。

 暗くて、何がどうなってるのかまったく掴めない。もどかしさに歯噛みするも、剣戟(けんげき)の音はいっこうに止まなかった。

 永遠にも似た長さ。おそらく数分は続いたのだと思う。



 カンッ、ガッ……  カンッ


「う、ぐっ……」

「ほら、ほらほらどうした。腕が下がってきたぜ。生っ(ちろ)い騎士だなぁ、おい」

「だ、れがっ…………!」



 ――――いけない。いたぶられている。


 確信が閃いた刹那、もう、エウルナリアは()()()()()()()()()()()

 思うと同時。すくっと立ち上がる。

 その時にようやく、突き飛ばされ、ずっと床に座り込んでいたのだと気づいた。




「――じゃあな、『お荷物』。ここでお別れだ。即死にはしてやらねぇよ。大事なお姫さんにメソメソ、お別れでも言ってもらうんだな」


 酷薄な愉悦を含む、非道な声。

 頭が、目の裏側まで沸騰しそうになった。

 だめ。絶対にさせない。



  カァンッ


「しまっ……!」


 レインの手から、とうとう剣が弾き落とされた。カラカラン、ガラン、とけたたましく通路に反響音が(こだま)する。それを、どこか遠いところの出来事のように聞きつつ。


「なっ……?! 危ない! 退()け、女!!」


「?!」


 無我夢中、ものも言わずにエウルナリアはレインめがけて突進した。

 固まる従者の少年を庇いたい。――その心(ひと)つで。




   *   *   *




 レインは目を疑った。

 手の感覚など、とうにない。情けないことに痺れきっている。息も荒い。熱いのか寒いのか、よくわからない汗が額を伝う。指が震えた。


 ――くやしい。たったこれくらいの立ち回りで、と不甲斐なさに。一まとめにされた両手の戒めを、できれば引き千切りたいほどに。


 右目だけ、醒めたまなざしの男が言葉面(ことばづら)は嬉々と大剣を振り上げた。

 やられる、という避けようのない予測。

 なにか特別な思いが去来する(いとま)もない。ぽっかりと空いた空隙(くうげき)だった。


 ――なのに、奇跡のようなタイミングで目の前に滑り込んだ存在を。ずいぶんと久しぶりに感じる柔らかな肢体を。少女の香りと気配を本能が喜ぶ前に、心は恐怖で満たされた。


(だめだ……あいつ、止まらない。振りきる!)


 男の顔は歪んでいた。どうにもならない剣の比重に、自分でも苛立つように。男にとっても斬るわけにはいかない存在だ。迷いが生ずる。

 その剣筋の僅かなブレに。タイムロスに、レインは動いた。



 丸腰なのだ。これしかない。

 すばやく両腕をあげ、括られた手首の内側に彼女を閉じ込めつつ、くるりと身を()()させる。



「えっ」



 ちいさく、こんな時にまで愛しさしか呼び起こさない少女の声を、胸元で聴いた。

 レインは。



「――――!」






 背に、衝撃を受けた。


 熱い。肩から斜めにパッと焼けるような痛みのあと、急激に力が抜けて膝からくずおれる。自然と彼女にすがりつくような姿勢になってしまった。


(~~~~っ……!!!!)

 痛い。痛い痛い痛いもちろん痛い。

 けれど、これを彼女に負わせなくて済んだことに、おそろしく安堵する。

 状況は相変わらず芳しくないが、らしくもない()が告げていた。



 ――そろそろ。

 『かれ』は近くまで来ているはずだ。決まってる。でなきゃ殺す。


 思考が物騒な方向に傾きつつあるのは、意識を失わないための無意識の所作か、本心なのか。レインは辛うじて苦く微笑んだ。


 彼女を安心させないと。

 まだ、何も終わってませんよ、と。



「レ、イ……」

「呼んで……くださいエルゥ。きっと、聴こえます。貴女の声なら届くから。……呼ん、で…………」


 かたかたと震えだすエウルナリア。

 その華奢な首筋に口許を寄せ、ささやいた。


 どうか。




 結局、そこまでだった。

 どうしようもない眠気に襲われ、ふつり、と意識が途絶えた。


 なので、瞬きも息継ぎ(ブレス)もせずに発せられた彼女の超弩級の叫びを、大音声を。

 もっとも近くにいながら、レインは()()()()()()()





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] あら~…。 めっちゃ心配な展開。 切られたレインに残されたエルゥちゃん……どうなるんでしょうか? それにしても、がザックさんの真意とか。わかりませんね。 緊迫したシーンの空気感がぴりぴり伝…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ